第52話 開戦前
サングラム王国へ向かう道中ではモンスターとの戦いが幾度か繰り広げられたが、彼らの敵ではなかった。
その一方で魔法王国の兵士などに出くわすことはなく、それを隊長たちは疑問に思っていた。なにかおかしいと胸騒ぎさえする。
「うーむ、これは何かあるかもしれんのう」
「そうですね、修道院での戦いのことを考えると斥候が出ていたりしてもよさそうですが……ここまで近づいているのに遭遇回数がゼロというのは異常です」
イワオの呟きにエリスが答える。彼女は他の隊長、隊員に比べて目に自信があり、彼女の率いる第二隊は斥候をする機会が多いため、いち早い状況把握の為に前方に位置していた。
「おそらくじゃが、全てわかっておるのかもしれんな」
全てわかっている。これは、武源騎士団の残党が魔法王国を攻め込もうとしていることを指していた。イワオはぐっと厳しい表情でサングラム王国のある方角を見ている。
「えぇ、動きが漏れているのか、予想がついているのか……どちらかでしょうね」
姫を救出したことから武源騎士団が国奪還へ動こうとしていると判断されたと考えるのが自然だった。もしかしたら、あのあと修道院が再度攻め込まれたという可能性もあった。
「なんにせよ、敵も準備していると考えたほうがいいじゃろうなあ」
以前修道院でリョウカは八大魔導の一人、大地のフリオンと戦った末、逃してしまった。そこから情報が流れていても不思議ではなかった。
「ですね……」
そう言って、エリスは再度前方に視線を戻す。静かすぎるほどの街道は嵐の前の静けさを感じさせた。
彼らは木々に囲まれた街道を進んでいる。
この街道を抜けた先には彼らの故郷であるサングラム王国がある。
「いよいよじゃな、みなのもの!! ここからは敵の領地じゃ。一層気を引き締めて向かうぞ!」
「おおおおお!」
イワオのかけ声にみんなが反応する。元々正面から向かうつもりでいたため、この時点で武源騎士団が向かっているということを知られても構わないと思っていた。
「そろそろ動いていくかの……」
隊員たちの声が響く中、イワオのつぶやきを聞いていたかのように、リョウカ、ショウ、そしてフランが前にやってきた。
「イワオ隊長、私たちはそろそろ別行動をとるわね」
そっと後ろについたリョウカは神妙な面持ちでイワオに宣言する。
「うむ、頼んだぞ。わしらはなるべく派手にやるから、それを合図にしてくれ」
イワオはにやりと笑ってリョウカたちを見送る。それぞれが果たす役割を精一杯やろうという気持ちを互いの視線で感じ取っていた。
「さてさて、エリスは何人かを率いて潜伏してくれるかの。ここからはわしとガレオスの出番じゃ」
イワオの指示を聞いたエリスはひとつ頷くと遠距離による攻撃を仕掛けていくため、自分の隊の者たちを率いて潜伏していく。
「爺さん、姫さんには何人かつけて隠れてもらったぞ。俺たちの戦いがひと段落したところで来てもらう」
「うむ、みな予定通りの行動ができておるようじゃの。ガレオス、ここからはわしらの働きにかかっておる。気を抜くなよ?」
ガレオスを挑発するようにイワオが言うが、ガレオスは挑発には乗らず深く頷いた。
「お前たち聞いたな? 爺さんが言うようにここからは俺たちの働きが重要だ。リョウカたちの動きがうまくいくようにするには、俺たちが本気で引き付けて、本気で戦う相手だと思わせなければならない。恐らく人数は相手のほうが格段に多いだろう。それでも、俺たちはやらなければならない。だが、俺はお前たちならやれると思っている……やれるよな?」
力強いガレオスの言葉は彼らの胸に強く響く。彼について行けば間違いないとそう信じさせる強さがあった。
「ガレオス隊長、任せて下さい!」
「隊長たちの出番はないかもしれませんよ?」
好戦的な笑顔を見せた隊員たちは次々に声を上げ、一気に全員の士気が高まるのが感じられた。
「わしよりガレオスが率いたほうがよさそうじゃのう……」
盛り上がる隊員をみて少し自信なさげにイワオはそう呟く。
「がっはっは、俺は細かいことはわからんから爺さんが率いるのが正解だ! こうやってたまに声をかけるくらいが性にあってる」
豪快に笑ってみせたガレオスは適材適所だと言いたいようだった。イワオのように毅然と上に立つよりも一騎士として戦場にいるほうが自身には合っているとガレオスは常に思っていた。
「敵わんのう……そら話していたら見えて来たぞ」
イワオが指し示す前方には、懐かしき彼らの母国、そして城の姿が見えて来た。
隊員の中にはその姿を見て、顔を歪ませる者、涙を流す者、笑顔になる者など様々だった。彼らがこの時を何度も夢見たであろうことがその表情から伝わってくる。
「やっと戻ってこられたな」
じっと城を見つめるガレオスの表情は笑顔だった。しかし、彼のそれは戻れたことに対する喜びよりもひしひしと感じる戦争の気配にだった。
「ガレオスは戦いが好きじゃのう。まあ、いつも誰かを守るため、救うために使う力じゃからいいんじゃがのう」
イワオの言葉のとおり、ガレオスは戦いが好きだが決してその力を暴力として使うことはない。あくまでも、今回のように国を取り戻すなどの目的がある場合に限られている。
「どうする?」
いついくのかとガレオスがそわそわして質問をする。その目は闘気に満ち満ちていた。
「まだ相手が動く気配はないみたいじゃの。もう少しこのまま行軍していこう、みな……罠がしかけられている可能性もある。油断せず気を付けて進むんじゃぞ」
口を開かずに隊員たちは頷いた。いよいよ戦いが始まるのだと誰しもが感じ取って独特の緊張感に包まれる。
ここまで何度も真剣な表情になることがあった面々だが、今は緊張の色が濃く最もこわばった表情になっている。
いつもならここで声をかけて緊張をほぐすガレオスだったが、いつになく彼自身も緊張している様子でぐっと口を噤んでいる。
「お主でも緊張することがあるんじゃな」
その様子が珍しいようで、思わずイワオが声をかけた。
「ん、まあな。城が、国が落ちた時、俺は……俺たちは何もできなかった。だが今度はみんながいて、俺もいる。今度こそは何もできないなんてことがないように全力を尽くそうと思ってな」
ぽつりぽつりとこぼしたガレオスの答えは思いのほかまじめだったため、彼でもそんな風に考えることがあるのだとイワオは面食らってしまう。
「……変なことを言ってすまんな、わしも同じ考えじゃ。今度こそは我らの力で国を取り戻し、国を守ろうぞ」
何に対する謝罪かわからないため、ガレオスは首を傾げたが、イワオの後半の言葉に深く頷き、正面に見える城を鋭く見据えた。
豪傑の元騎士隊長~武源の力で敵を討つ!~ かたなかじ @katanakaji
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