第33話 炎獄

 八大魔導の男は、手をかざすと巨大な炎の玉を放った。

 大きさはガレオスを丸のみにしても余裕があるくらいのサイズで、周囲に転がった兵士たちをも燃やしながら真っすぐにガレオスに向かっていく。

「はっはっは! どれだけ強くても俺の足元にもおよばねーな」

 この炎で生き残った者は今までいなかったため、男は結果を見ずに砦に戻ろうとする。


「おいおい、あれくらいで終わりだと思わないでくれるか?」

 その声を聞いた男は驚いて勢いよく振り向いた。

「確かに少し暑かったが、あんなもんじゃ終わらんぞ」

 そこには何事もなかったかのように悠然と二刀を構えたガレオスが立っていた。

「お、お前なんで!」


 男は慌ててガレオスを問いただそうとするが、気配が変わったことに気付いて咄嗟に構えた。

「お前、いつから八大魔導になったんだ?」

 ガレオスは単純な疑問を質問する。

「い、一年前だ!」

 その返事を聞いてガレオスは得心がいった。

「だったら、俺が知らなくて当然か。俺が知ってるのは十年前くらいの八大魔導だからな」

 八大魔導はそうそう入れ替わるものではないが、年齢や怪我などで代替わりすることはままあることだった。


「俺のことを八大魔導だとわかって、さっきの魔法をくらって、それで平然としているお前は一体何者なんだ?」

 ここにきて男は冷静さを取り戻し、探るような眼差しを向けてガレオスに質問をする。

「俺か……俺はただの元騎士だ。だが一つ教えておくと、肩書きに関係なく強いやつっていうのは世の中いるもんだってことだ。そういえば、お前名前はなんていうんだ? 俺の名前はゴールだ」

 ガレオスはここにきて、念のためにと仮名を口にする。


「……俺は、バーデル。八大魔導第八席、炎獄のバーデルだ」

 彼、バーデルは先ほどまでのように自分自身の肩書きを振りかざすわけではなく、名乗るべき相手だと考え、自己紹介をする。

「炎獄とは大層な名前だな。先ほどの魔法とその二つ名を聞く限り、炎が得意な魔法使いということか」

 二つ名とは、周囲が力を認めてつけるものだが、それだけに能力がばれやすいという欠点があった。

「それが分かったところで俺が不利になったことは、ない! くらえ、炎獄の百撃!」

 バーデルは自分が冠する二つ名と同じ炎獄の名を持つ、彼が最も得意とする魔法を放った。広大な範囲を焼き尽くすような炎、それが何度も連続でガレオスに向かっていく。


 それは先ほどの炎の玉などとは比べ物にならないほど強力な魔法で、周囲に転がっていた兵士たちは炎に焼き尽くされて既に蒸発していた。

「おうおう、こいつはすごい魔法だな。なら、俺も本気を出さないときついか……武源開放!」

 ガレオスは既にその手に紅蓮と疾風の二刀を持っていたが、更に武源解放と口にしていた。

「これでいくか」

 次の瞬間、ガレオスが手にしていたのは武器屋で譲り受けた大剣とほぼ同サイズの剣だった。


「どこから取り出したか知らんが、そんなものでどうにかなると思うなよ!」

 次々と魔法を繰り出す中、バーデルは百発目の一撃に特に大きな魔力を込めていた。

「ふむ、やはり魔法以外は門外漢といった様子だな。これの力を理解することはできないようだ」

 ガレオスは手にした大剣を地面に突き刺すと、武器の銘を口にする。

「全てを凍らせろ『永久凍土』」

 その大剣の銘は『永久凍土』。その名のごとく氷の属性を持つ武器だった。ガレオスの言葉に応えるように大剣は力を発動していく。


「な、なんだその武器は! まさか、魔剣!?」

 魔法の力を持つ剣のことを魔剣と呼ぶ。ガレオスが手にしている剣はまさにそう見えたが、世の中に存在する俗にいう魔剣とは一線を画すものだった。

「魔剣? これは俺の武器だ、俺の武の根源が生み出したただの剣だ! ちょっとばかし強いがな!!」

 大剣を中心としてみるみるうちに大地は凍り付いていく。それはバーデルの放った炎獄の百撃もろともだった。

「こ、凍っていく!?」

 その凍結は大地と魔法だけにとどまらず、そのまま襲いかかるようにバーデルへと伸びていく。


「お、おい! なんだこれは、くそっ! 逆巻け、炎獄の障壁!」

 氷ならば融かしてしまえばいいとバーデルは強力な炎の壁を生み出そうとするが、生み出したそばから凍っていく。彼の二つ名、炎獄の名がつく魔法はかなりの高熱の魔法であり、通常の氷など存在することすらできず一瞬で蒸発してしまう。

 しかし彼の魔法は一切通用せず、全て凍らされていた。

「それくらいの魔法程度で俺の永久凍土の氷を突破できるわけがないだろ? お前……本当に八大魔導か? もしかして誰かにマントをもらっただけじゃないのか?」


 その質問は本来ならバーデルを怒らせるに十分な言葉だったが、彼はそれどころではなかった。

「くそっ! 炎獄の息吹!」

 できうる限りの手を打とうと口から炎のブレスを吐くが、それもまた凍らされていく。慌てていたバーデルは即時に発動できる魔法を選んだが、この選択は失敗といわざるをえなかった。放ったブレスの先から猛烈な速さでブレスは凍っていき、ついにはその口元までたどり着く。

「待て! 降伏す」

 その言葉を最後にバーデルの全身は凍り付いてしまった。


「ふう、寒くなったな。解除するか、こいつ以外のところは解除しろ」

 永久凍土に命令してガレオスはバーデル以外の氷を解除していく。まるで氷の彫刻のように氷漬けにされたバーデルを残して周囲は元の土が顔を見せていた。

 転がっていたはずの兵士たちはバーデルの魔法によって燃やし尽くされ、その炎もガレオスによって消されたため、まるで最初から何もなかったかのような静けさがこの場を支配していた。


「これは……一体」

 砦の頭を倒したことを知れ渡らせていくと、外から逃げ帰って来た魔法兵士たちは次々に投降していた。それをひと箇所に集め、監禁をしていく。それを終えたフランとリョウカはガレオスのもとへと向かって砦の正面にやってきていた。

 だが予想していた者とは違う光景が二人の目の前に広がっていた。

「相当な戦場だと思っていたけど、なんか……なんにもないわね」

 リョウカはあたりを見渡して、ゴロゴロ兵士たちが転がっているかと思っていたのでこの現状に肩透かしをくらったような顔をしていた。


「あぁ、八大魔導だって名乗るこいつがやってきてな。少しばかり本気で戦った結果がこのありさまだ」

 何もない中で一人立つガレオスがコンコンと叩いた氷の彫像がなんなのか気付いたフランとリョウカは目を見開いて驚いていた。

「「は、八大魔導!?」」

 二人のその驚いた声は砦の中にまで響いていた。 

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