第25話 大王蛇との戦い

 二人が最初に向かったのは修道院へ向かう道にあるモンスターの巣窟と言われている森だった。

 周辺には村や街などはなく、冒険者や騎士などもこの森は避けており、整備されていないそこへ入るのは自殺行為ともいわれていた。

「ここが魔の森とかいわれているとこか」

「はい、ここを通るのが一番早いですね。しかし、噂通りの雰囲気ですね」

 人を寄せ付けず、木々が鬱蒼と茂っているせいで光もあまり差し込んでいなかった。昼間でも薄暗い森の中では木々が風に揺れてどこか物々しい雰囲気すらある。


「危ない橋を渡ることになるかもしれないが、行くぞ。この森の中だったら他の者に出くわすこともないだろうから、いざとなったら腕輪の力を使え」

 真面目な顔で言うガレオスの顔は第七隊の隊長の顔になっていた。

「了解しました」

 フランは左手の包帯にそっと手をあてて頷いた。


 森を抜けた先でも馬車を使うため、ここに乗り捨てるわけにはいかず、ともに進むことにした。御者台ではフランが手綱をとり、ガレオスはどんな状況にも対処できるように馬の隣を歩いていく。

「隊長……」

 しばらく進んだところで、あることに気付いたフランが声をかける。

「あぁ」

 ガレオスの返事はたったそれだけだったが、二人は意思の疎通ができていた。ぴたりと馬車を止めて二人は意識を前方に向ける。


 じっと見据えていた前方からモンスターの気配が向かってきていた。それもかなりの速度だった。

「見えた!」

 だがガレオスの目はそのモンスターを既に捉えていた。素早く背から大剣を取り出して飛び出すその瞬間を待ち構える。

 相手は狼タイプのモンスターであり、それは群れを成しているようだった。草をかき分けるように走ってくる音が辺りに響く。

「多いですね……あれはリスキーウルフ、全部で十二頭います」

 フランも同様に敵を捕捉しており、馬車から降りて片手剣を抜き戦闘態勢になっていた。徐々に近づいてくる音に二人の周囲には緊張感が漂う。


 時が満ちたとガレオスは狼たちの動きに合わせて一歩踏み込み、飛び出してきたそれに向かって大剣を振りかぶった。

 先頭を走っていたリスキーウルフは大剣の直撃を喰らい、そのまま後方へ吹き飛ばされる。その際に仲間の二頭を巻き込んでおり、一気に数を減らしていた。

「きゃうううん」

 吹き飛ばされたリスキーウルフは、子犬のような鳴き声をあげてそのまま気絶した。


「さすがですね、隊長」

 フランはガレオスに声をかけつつ、自分も迫っていた一頭を片手剣で倒していた。

「そういうフランも、な!」

 最初の仲間がやられたにも関わらず次々と襲いかかってくるリスキーウルフたちを大剣で薙ぎ払い、その中でも一匹飛び出してきた次のリスキーウルフをガレオスは一刀両断にする。

 通常ウルフ種は動きが速い。そのためその姿を的確に捉えるのは難しく、リスキーウルフはウルフ種の中でも特に動きの速い部類である。それも大振りになりやすい大剣ともなると、タイミングがあわないと触れることもかなわない。


「ほれ、いっちょ上がり! 次だ!」

 しかし、彼が振るう速度はリスキーウルフのそれを超えており、大剣は次々に迫りくるモンスターを倒し、残り一頭となる。周囲には彼らに倒されたリスキーウルフたちがぐったりとあちこちに横たわっている。

「グルルル……ガウ、キュルルウ」

 最後の一頭はガレオスを睨んでいたが、突然何かに怯え一目散に逃げていく。

「隊長、次が来ます!」


 フランが叫んだその瞬間、馬車の横からやってきたのは巨大な大蛇だった。名前を大王蛇という。大蛇の王という名の通り、何匹もの大蛇を束にしたような太く長い体躯をうねらせ、周囲の木々をなぎ倒している。

「これはすごいのがやってきたな。かなりの大物だ」

 ガレオスの顔には好奇心にも似た笑みが浮かんでいた。自分の力を振るう相手として不足がない、彼の顔はそう語っている。

「これが相手では私の剣は通用しません。隊長、お願いします」

 未だ腕輪の力を使うことに躊躇っている彼女は、大王蛇の相手をガレオスに任せることにした。


「任せておけ! くらえええ!」

 かけ声とともに大剣が大王蛇へと振り下ろされる。

 しかし、それは大王蛇の表皮のぬめりによってずるりと滑らされることとなった。

「ぬお!」

 それによってガレオスは姿勢を崩されて、振り払われた大王蛇の尻尾の一撃をくらってしまう。


「隊長!」

 ガレオスのダメージはそれほどでもなかったが、吹き飛ばされた距離が長く、フランたちから離れてしまうことになった。

「シャアアアアアッ!」

 大王蛇の牙はフランと馬を狙っている。大王蛇は腹が減っているのだろうか、よだれをだらだらと垂らしてこちらを見ている。

「くっ、こうなったら! ……武源解放!!」

 ここで手をこまねいていては王女の救出すら困難になってしまう。覚悟を決めた彼女の声に反応し、腕輪がはめられた左手が光を放ち、彼女の手には武器が握られる。


「いくわよ! ユーリカ!」

 それが彼女の武器の銘だった。

 小柄な彼女に似合わず巨大なその戦斧は大王蛇が大きく開いた口からむき出しの牙と真っ向からぶつかりあった。

「シャアアアア! グゥオオオ!」

 ぶつかり合った場所からヒビが生まれ、牙はユーリカによって砕かた。そしてその勢いのまま振るわれた戦斧によって大王蛇の顔はそのまま潰されることとなる。


 それでも大王蛇はまだ生きており、先ほどのガレオスにしたのと同じように尻尾でフランを薙ぎ払おうとする。

「甘いです!」

 フランはユーリカを地面に強く突き立て盾のように構えると、尻尾の攻撃を受け止める。小柄な彼女が微動だにしないことに大王蛇は混乱していた。

「その思考の乱れは命取りですよ!」

 素早く地面から引き抜いたユーリカを振り下ろして大王蛇の胴を真っ二つにした。ユーリカの刃は強烈な熱を放っており、表皮の滑りを蒸発させながら切り裂いた。


「相変わらずフランの武器はすごいな……俺の大剣じゃ全く斬れなかったぞ」

 どすんと倒れた大王蛇を見ていたフランのもとへガレオスはゆっくりと歩いて戻って来ていた。

「あの一撃をくらっていながら、ピンピンしている隊長のほうがすごいと思いますが……」

 ユーリカを腕輪に戻したフランは、葉っぱがあちこちについているものの体に傷一つないガレオスを見て驚いている。

「ビックリしたけどな……それより、まだ生きているぞっと!」

 ガレオスは二つに分かれた胴の動いているほうを持ち上げ、背負い投げるように森の奥へと投げ放った。


「もう一つのほうは大丈夫そうだな。カバンにしまえるか? 大王蛇はなかなか美味いんだ」

 蛇種は通常食用ではないが、肉厚な大王蛇だけは珍味として好んで食べるものもおり、市場でも高値で取引されている。

「了解しました。調理してくれる人がいるといいんですが……」

 しかしその調理方法も難しく、家庭料理レベルでは到底料理できるものではなかった。

「あぁ、あいつがいればいいんだが……」

 ガレオスの言うあいつとは第七隊のメンバーの一人で、料理が得意な者だった。騎士隊の遠征の際にはその腕を存分に発揮して隊員たちの腹を満足させていた。


「無事だといいんですけどね……収納終わりました」

 大王蛇は吸い込まれるようにフランのカバンにしまわれた。それなりの値段を支払って手に入れたカバンの収納量はかなりのもので、巨大な大王蛇の半身をいれてもなお余裕がある。

「こいつを倒したことで周囲のモンスターの気配も消えたようだ。さっさと進もう」

「わかりました」

 軽く身支度を整え、フランはすぐに馬車に戻り手綱をとった。

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