第26話 急襲される修道院

 どうやら先ほど彼らが倒した大王蛇はこの森でも上位の存在であったらしく、しばらくはモンスターに出くわすことなく進むことができた。

「強敵だったが、他のモンスターが近寄ってこないことを考えると戦っておいてよかったのかもな」

 時折小型のモンスターに出くわすことも何度かあったが、薙ぎ払われた際についたのかガレオスから大王蛇の臭いを嗅ぎ取ると慌てて逃げていった。

「俺、臭いか?」

「い、いいえ、私には何も感じませんが」

 その臭いは動物やモンスターなどの嗅覚が鋭いものであれば気付くものであり、人の鼻ではかすかに臭うか? 程度のものだった。

「ふーむ、それならいいが」

 そう言いながらも、ガレオスは首をかしげながら自分の服のにおいを嗅いでいた。


 道沿いには水辺がないため、二人はそのまま進むことになった。

 あまりにモンスターが逃げていくのでガレオスを気にかけたフランによって服だけは着替えたが、脱いだ服はモンスターよけのためにガレオスが手で持っていくことになった。

 森では少し歩けばすぐモンスターが出てくるため、野営はできず夜通し進むこととなったが、これといって問題は起こらずに順調に森を抜けることとなる。

「やっと抜けられましたね」

 外に出た頃にはまだ明け方であり、日は上り始めたところであった。意識を張りながら薄暗い森を歩き続けた二人には陽の光がまぶしく感じられた。


「あぁ、さすがに夜通し神経を張り詰めていたから疲れたな。もう少し進んだところで休憩をしよう」

「そうですね……」

 騎士団で鍛えていたとはいえ、フランの疲労も濃く、疲れた表情をしていた。

 大きな木の傍まで行くと、馬車を停車させて二人は休憩をする。

「それで、どうだ?」

「どう、と言いますと?」


 フランはバッグから取り出した飲み物に口をつけながらガレオスの質問に首を傾げていた。

「ユーリカだよ。久しぶりに使っただろ?」

 警備隊時代は二人とも、身分がバレることを危惧して自分の武器を封印していたため、ガレオスは洞窟でのゴーレム戦、フランは大王蛇戦が久しぶりの武源開放となった。

「久しぶり、という感覚はないですね。取り出した瞬間から自分の一部であるかのように自然に使えました」

 すでに包帯の下に隠れた腕輪をそっと撫でて見つめたフランは柔らかい表情を浮かべている。 

 自らの武の源を呼び出して、武器という形にするこの腕輪は、魂に紐づく戦う力を具現化するものだった。そのため、彼女の言うように自分の一部であるというのは決して言い過ぎではなかった。


「そうか、それならよかった。というか、ここで一度開放できたのはよかったかもな。この先の相手には手の内を隠したまま戦うのは難しいかもしれん」

 ガレオスは街で買っておいた食事に手を付けながら、修道院がある北の空を睨み付けていた。

「隊長?」

 フランが同じ方向へと視線を移すと、空に一筋の黒い煙が見えた。

「隊長!!」

 その煙が示すことを察知したフランは勢いよく立ち上がり、ガレオスへと視線を戻す。


「行くぞ、あの方向は修道院の方向のはずだ!」

 彼女と同じことに思い至ったガレオスは既に馬車に乗り込んでおり、御者台で手綱を握っていた。

「わかりました!」

 フランは、その場に出ているものを急いで自分のカバンにしまうと馬車に飛びのった。

「ただのボヤ騒ぎならいいんだがな」

 彼女が乗ったことを確認するとガレオスは手綱を強く握ると馬を走らせる。

 そんなことは絶対にないとわかっていながら、ガレオスは想像しうる中で最も問題にならないであろうものを口にしていた。


「そうならいいんですが……戦いの気配がします」

 もちろんガレオスもそれを感じ取っていた。進む先からは戦場独特の戦いの気がひしひしと伝わってくる。距離が離れていても感じとることができるそれは戦いの規模が大きいことを示していた。

「あぁ、急ぐぞ」

 自然とガレオスの手綱を握る手に力が入り、馬に先を急がせる。


 全速力で向かっていくと徐々に煙が近づいて、修道院が見えてきたころには次第に戦闘の声が聞こえてくる。

 そこで街道から外れたところへと馬車を移動して、二人は降車する。

 視線の先に広がる戦い。それは戦争ともいえるものだった。修道院は、修道院という名前だが実際にところは城塞都市のようなものであり外から攻撃を防ぐに適した造りになっている。

 しかし、修道騎士が戦っている相手は事前の予想の通り魔法王国の兵士だった。

「これはまずいな」

「確かに、このままではいずれ修道院が……」

 修道騎士は強くその身に特別な加護を宿しているため、魔法使い相手でも対等以上に戦えている。だが、魔法王国の兵士はその実力差を補って余りあるほどの数で攻めこんでいた。魔武具を身に着けた魔法王国の兵士もいるようで優勢を保っている。


「いや、そうじゃない」

 ガレオスが心配しているのはそこではなかった。

「俺たちは姫さんの奪還が最大の目的とはいえ、修道院に落ちてもらっては困るから当然修道騎士側につくことになる。しかし、あそこは戦場だ」

 混乱に満ちており、味方だと主張してもそれを信じるまでの判断ができないことは容易に想像ができる。

「急に現れた我々は敵と認識される可能性が高いですね……」

 何を問題視しているのか理解したフランはどう現状を打破するか頭をフル稼働させている。


「フラン、お前は女だ。修道院の方でもお前の話なら聞いてくれるかもしれん。お前はあちらに向かって話をしてきてくれ」

 だがガレオスの指示はフランが考えていたどの案とも違った。確かにフランのような小柄な女性であれば話を聞いてくれる可能性はある。

「隊長はどうなさるんですか?」

 自分への指示だけ口にしたガレオスに質問する。

「俺は、あっちに行ってくる」

 そう言って彼が指差す方向は魔法王国の陣営だった。単身で本来彼らが打ち倒していかなければならない敵陣に飛び込むということは危険極まりない行為だ。


「そんな! 無茶です!」

「本当にそう思うか?」

 武源騎士団での隊長という地位はただのまとめ役というものではなかった。その実力は他の騎士をはるかに凌駕したものであり、まさに一騎当千という言葉がふさわしい。

「しかし!」

「どうなんだ?」

 それでも言葉を重ねてくるフランに対し、自分の案が本当に現状、無茶なのかどうか。他に案があるのか? 彼はそう質問している。


「くっ……ここは隊長にお任せします。この状況を打開するにはそれしかありません。私の方でも話がつき次第、すぐにそちらに向かいます」

「いや、お前は……」

 来なくてもいい、そう言おうとしたが既にフランは馬車をおりて走り出しており、ガレオスの声が届かない距離にいた。

「俺の返事を聞かないために急いで行ったな。俺の性格をよくわかってるじゃないか……ははっ」

 一瞬あっけにとられた後のガレオスの顔は笑顔だった。それはフランのとった対応に対してのものなのか、それとも久しぶりの戦場に向かうことで気分が高揚しているのか、誰にもわからなかった。

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