第23話 イワオ=コンゴウ

 筋骨隆々の男たちにより連行された二人はカウンターの奥の扉の先でロープでぐるぐる巻きにされる。

「人前でこうするのは忍びないですからね」

「お気遣い感謝します」

 こんな時でも冷静なフランはあの場で拘束することもできたのに、人目を避ける気遣いを見せた受付嬢に頭を下げて感謝する。

「い、いえ、当然のことです」

 その対応に受付嬢は戸惑ってしまう。拘束を決めたのは自分だったが、こうも大人しくされしかも感謝さえされるとどうしていいか分からなかったのだ。


「そ、それではギルドマスターのところへ連行します。この状態ですから心配はないかと思いますが、無駄な抵抗はしないで下さいね」

 彼女の言葉に頷いた二人は大人しく連行されていく。そうやって扉の奥をしばらく歩くことになった。

 二人の左右後方は先ほどの男たちにガッチリガードされている。

「こ、こちらになります」

 ほどなくしてとある扉の前に辿りつくと、彼女は深呼吸をし、控えめにドアをノックした。


「開いておる、入りなさい」

 中から返事が聞こえてきたため、彼女はゆっくりと扉を開けて入室する。

「し、失礼します。怪しい二人組を連行しました」

 部屋にいたのは初老の男性だった。やや小柄だが、眼光鋭く睨み付けられれば胆力のない者であれば卒倒してしまうであろう迫力がある。彼は怪しい二人組と聞いて構えていたが、入ってきたガレオスとフランを見て破顔した。

「おうおう、これは懐かしい顔ぶれじゃのう、怪しい……というのもまあわかるか。フラン嬢ちゃんには失礼したのう」

 ガレオスたちの顔を知っている彼はすっかり警戒を解いた口調でフランに謝罪する。


「ふむ、ロープを外してやってくれるか。この二人なら大丈夫じゃ」

 穏やかなギルドマスターの言葉に受付嬢や連行してきた男たちは驚いて固まってしまっていた。

「ん? 自分で外した方がいいか? よっと」

 戸惑っている彼らがなかなかロープを外し始めないので、特に気にする様子もなくガレオスは自分の力でロープを引きちぎった。

 拘束用の強度の高いロープを使っていたのにあっさりと引きちぎられたことに、受付嬢たちは口をぽかんと開けて驚いていた。


「あまりきつくしなかったので抜けやすかったですね」

 フランはというと縛られる際に力を入れており、その筋肉を弛緩させることでロープからするりと抜け出していた。

「ほっほっほ、二人とも相変わらずのようで安心するのう」

 ギルドマスターは二人がロープから抜け出るくらいのことはやってのけて当然と思っているので、驚きはないようだった。

「じいさんも元気そうでよかったよ。まさかあんたがギルマスになっているとは思わなかったぞ」

「お久しぶりです。お元気そうで安心しました」

 二人はロープからあっさりと抜け出たと思ったら、今度はギルドマスターと親し気に話し始める。


「あ、あの、お二人は一体ギルドマスターとどういう関係で……」

 この状況を理解できずにいた受付嬢が質問したため、彼は少し考えてから答える。

「うーん、そうじゃのう……昔馴染み、ということで理解しとくれ。あー、お前たちはもう行って構わんぞ」

 ギルドマスターの命とあっては退出するしかなく、部屋から追い出された受付嬢たちはどこか納得のいかない表情だったが渋々退室した。

 彼らの気配が遠ざかっていくのを確認してからゆっくりとギルドマスターが口を開いた。


「ガレオスにフラン嬢ちゃん、本当に久しぶりじゃのう。二人とも無事でよかった……いや、ガレオスは殺しても死なんじゃろうがのう、ほっほっほ」

 昔ながらの知り合いに会えたことで、彼は心から喜んでいる様子だった。

「じいさんこそまだまだ長生きしそうで安心したよ」

「イワオ隊長、ご無事で何よりです」

 初老の男性の名はイワオ=コンゴウ、武源騎士団第五隊の元隊長だった。


「立ち話もなんじゃ、そこにかけとくれ」

 二人は勧められるまま、部屋の中央のソファに座る。

「それで、わざわざ会いに来たということは何か用があって来たんじゃろ?」

「あぁ、そろそろ動こうと思ってな」

 端的なガレオスの言葉にイワオは嬉しそうに頷いた。この男ならきっとそうするであろうとイワオはわかっていたのだ。


「うむ、城をあのままにしておけんからのう。しかし……」

 そこで彼の表情が曇った。

「えぇ、難しいでしょうね」

 フランは彼の言葉の続きを口にする。

「一つ目に戦力が足りません。我々武源騎士団は個々の戦闘力が高いとはいえ、少人数で取り戻せるほど簡単な相手ではないです。二つ目として、お二人は国家の転覆を図った罪人として指名手配されています。仮に国の奪還に動いて、敵を倒すことができたとしても国民に受け入れてもらえない可能性があります」


 表情を固くしたままイワオはフランに頷いて見せる。

「その通りじゃ、やはりフラン嬢ちゃんは良くわかっておるのう。まず、戦力に関してじゃがわしのほうでも声をかけておる、お主たち以外に隊長二人、副長三人、三位以下の騎士数十人は国を取り戻す策に参加してくれる確約をとれておるよ」

 今までの状況を考えればいい話ではあったが、それを聞いてもフランの表情は優れなかった。

「少ない……最低限、隊長格は全員揃えたいところだな」

 ガレオスがフランの考えたことを代弁する。彼らの国は今では北の魔法王国によって占領されている。そして過去に何度も魔法王国と争っていた経験上から、その力は生半可な戦力では太刀打ちできるものではなかった。


「わしもそう思っておる。……おるんじゃが、現実はなかなか厳しくてのう……残り三人の居場所がなかなか掴めんのじゃ。それに二つ目の問題のほうがのう……」

 結果的に例え国を取り戻したとしても、彼らの正義が認められなければ意味がなかった。ただ取り返しておしまい、という話ではないのだ。

「それなんですが、私に一つだけ解決策の心当たりがあります」 

 フランの策にイワオは身を乗り出す。


「ほほう、聞かせとくれ」

「はい、我々の正当性を主張するには今のままでは難しいです。であるならば、こちらが正当なものだという旗印を立てるしかないと思われます」

 イワオはフランの言葉から何をさしているか察する。

「……姫嬢ちゃんか。やはりそこにいきつくよのう」

 二人の脳内には一人の女の子の存在が浮かんでいた。魔法王国に攻め込まれた際に、王は亡くなったと言われている。しかし、第二王女はその時に別の国にいたため、無事だったのだ。

「えぇ、でも今はどこにいるのかわかっていません……」


 国が堕ちたという情報は即座に各国に流れたため、その身を守るために第二王女は同行している騎士と共に身を隠していた。少しでも危険を減らすためにそれがどこであるのかは、他の騎士団員にも知らされていなかった。

 それゆえに彼女の身は安全であると言えたが、同時に探すことを困難にもしていた。

「嬢ちゃんの行方、いくつかあてはある。じゃが、今は動かせる人員がなくてな……」

「素直に俺たちに行けと言えばいい。それくらいならお安い御用だ」

 どんと構えたガレオスの言葉にイワオはにやりと笑った。

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