第10話 追放されるゴール

 街の前にたどり着くと、領主が一歩前に出る。

「フラック、調査ご苦労だったな。お前は下がっていなさい」

 威厳のある声音でそう声をかけられたフラックは、何か言おうとしたがぐっと言葉を飲み込んで領主の後ろへと移動した。

「さて、ゴール。私がなぜこうやって騎士団を率いてここにいるか、わかるか?」

 領主は毅然とした態度でゴールへ問う。


「あぁ、おおよそのところはな。俺の正体がばれたんだろ?」

 ゴールはわかっていると、頷きながら返事を返した。

「わかっているなら話は早いようだな。ゴール、いや東方の王国サングラムの武源騎士団第七部隊元隊長ガレオス!」

 今まで偽名を使っていたゴール、いやガレオスの本名が明らかにされた。

 その名前を聞いて領主の部下たちや、様子を見に来ていた住民、そして警備隊の隊員たちもざわめいていた。


 東方の王国サングラムとは、その王国に所属する騎士団の強さで勇名を馳せている国だった。だった、と過去形なのはこの国は今では北の魔法王国ベースクレフの支配下になっているためだった。

 国を転覆させるために武源騎士団の各隊の隊長七人を中心にクーデターが起こったと言われている。騎士団が戦力の中心であるため、国は滅びの一途を辿るかと思われた。それを阻止したのが魔法王国ベースクレフだった。


「その名に間違いはないな?」

 領主の問いにゴールは真剣な表情で頷いた。

「その通りだ、俺はサングラムの騎士団の元隊長であり、本当の名はガレオス。今まで名乗っていたのは偽名ということだな」

 彼が肯定したことで、ざわめきは更に広がっていく。

「ま、まさか隊長が……」

 警備隊の隊員たちは誰もそれを知らされておらず、あまりの衝撃に言葉が出ないでいる。


「た、隊長さんいい人だと思ったのに……」

 住民たち、特に男性は彼に好意的な印象を持っているため、クーデターを起こした人物だったということに強いショックを受けている。

「いいえ、あの見た目ならそれくらいやりかねないわよ」

 住民たち、反対に女性は彼にいい印象を持っていないため、憎い敵を見るようなまなざしを向けて悪意を持った言葉を放つ。


 この場には領主の騎士団のほとんどの人間が集まっている。そこには部隊長のゼンタスや街の片づけをガレオスと共に行った小隊長のカルンの姿もある。

「ゴール……お前そんなでかい秘密を抱えていたのか」

 誰にも話せない大きなことだったが、それを話してもらえるほどの信用を得られなかった自分にゼンタスはふがいなさを感じていた。

「あいつ、一生懸命だったんだがなあ」

 カルンは彼のことを気に入っており、呆然とそれだけ呟いた。


「お前たち七人の部隊長は最重要犯罪者としてベースクレフより指名手配されている。本来ならばここで捕らえ、ベースクレフへと差し出すものだが、お前はこの街の平和を守るため尽力してくれた。そしてわが街はどこの国にも属していないため、それを守る義務はない。よって、我々はお前を見なかったことにする。それがせめてもの恩赦だ。すぐにこの街から立ち去れ!」

 領主は厳しく言い放ち、それを聞いたフラックは目を見開いて驚いていた。

「と、父さん! それはあんまりじゃ! 彼はっ……」

 彼は何とかしてもらえないかと詰め寄ろうとする。

「お前は黙っていろ」

 領主の言葉は決して大きいものではなかったが、低く唸るようなその声はフラックを黙らせるに足る迫力があった。


「ガレオス、いいな?」

 領主の問いにガレオスは大きく頷いた。

「もちろんだ、あんたには色々と迷惑をかけて悪かったな。……あぁそうだ、あんたの息子は度胸もあるし、剣の腕も悪くない。状況に対する判断力も十分ある。優秀な指揮官になりそうだ。フラック、がんばれよ」

 彼はそれだけ言うと、踵を返して街から離れていく。

 その彼を追いかける者が一人だけいた。それは警備隊副長のフランだった。

「隊長、お待ちください、これ隊長の荷物です。それと、私もお供します」


「……悪いな。お前にも迷惑をかける」

 彼女はそっと首を横に振ってガレオスの隣を歩いていく。彼女は武源騎士団にいたころからずっと彼の部下であり、今も彼の右腕的存在であった。

「これからどうしましょうか?」

 街が見えなくなったころ尋ねた彼女の言葉はどこか楽しげである。ずっと抱えていた秘密がバレてしまったことで吹っ切れたものがあったのだろう。

「そうだな、金はあるから適当にふらふら……というわけにもいかないか。フランのほうで集めてた情報はどうなってる?」

 ガレオスは彼女に空いている時間を使って仲間の足取りを調べるよう指示をしていた。


「何人かは噂程度ですが居場所の情報が入っています。上位の方々はなかなか難しいです、実家の情報などはおさえていますが戻っているかどうかまでは……」

 彼女の情報網は騎士団時代から信頼できるものであり、その精度も高かった。

「じゃあ、その噂程度ってやつのほうから向かおうか。どこの街だ? というかこっちの方向であっているのか?」

 ガレオスはあてもなく適当に歩き始めていたため、ここでフランに確認する。

「そう、ですね……街を挟んでちょうど反対の方向ですね。戻りましょうか」

 フランは次の目的地を確認すると歩く向きを変え、ガレオスもそれに続いた。


 彼らの次の目的地は、この場所から見て東にある大きな商業都市だった。



 領主の館


「父さん、なぜあんなことを言ったんだ!」

 ゴールとフランを何もできずに見送らざるを得なかったフラックは未だ怒りが冷めやらず、領主を問いただす。

「ふう……彼についていって何か変わるかとも思ったがお前は相変わらずようだな……」

 そんな息子に対して領主はため息をついて肩を落とす。

「えっ? ど、どういうことだい?」

「はあ、やはりわからんか。私は彼の正体は知っていた。彼の肩書きはおいておき、人柄と実力を見てここで働いてもらうことにした。そして彼との約束で、もしも正体がばれるようなことがあれば、私には毅然とした態度で対応してほしいと彼に言われたんだ」

 その言葉にフラックは再度驚く。


「自分からってどういうことだよ。自ら街から追い出されることを望んだっていうのかい?」

「……ここに戻ってくる間の彼の様子に疑問を持たなかったのか? 彼のことだから、何か言っていたと思うが……なんにせよ、最初から二人で決めておいたことだ。彼は私に迷惑をかけないようにとのことだった、だから私は表向きには彼の正体について何も知らなかったことにしている」

 父とガレオスの間にこんな密約があったことにフラックは言葉が出なかった。

「彼は私に迷惑をかけないと言っていた。今回正体がばれたのも、自分の秘密よりも優先したいほどのことがあって何か自分の正体がばれるようなことをやったのだろう? 彼らしいさ」

 尊敬できる相手を見つけたと思った矢先、何もできずにその相手が街から追放された。そして、父はその彼の正体を知っていた。色々なことが一度に起きたため、フラックはいまだ混乱の最中にいた……。

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