第9話 フラックとの別れ

 ゴールたちが洞窟から出てくると、そこには待機を命じられていた騎士たちが待っていた。

「お疲れ様です」

 そのうちの騎士の一人がフラックへと近寄ってきてこそこそと耳打ちをする。

「あの……」

 それを聞き、話が進むに連れてフラックの表情は厳しいものへと変わっていく。


「ゴールさん、まずいかもしれません」

「ん? どうした、何か問題か?」

 フラックが神妙な顔をしているため、ゴールも真剣に聞くことにする。

「問題ですね。元隊長が一人で馬で戻ったそうです」

 いつの間にかいなくなっていた元隊長は一人先に洞窟を出ると、待機組に何も言うことなく馬を一頭奪い、一人で先行して街に戻っていた。


「ふむ、それが何か問題か? ここのやつらにしてみれば、隊長があんたに変わったことは知らなかったわけだし、そもそも元隊長だったらそれくらいの行動の自由はあるだろ」

 それほど神妙になることなのかとゴールが質問すると、フラックは表情を変えずに静かに首を横に振った。

「そこじゃないんです。彼は馬を奪取すると、あのことを報告すればあいつも終わりだ、と言っていたそうなんです。おそらくですが、巨大ゴーレムとの戦いの時のことだと思われます……くそっ、僕があいつを放置しておいたから」

 なにがまずいのか理解しているフラックは悔しそうに言い放つが、一方のゴールの顔は笑顔だった。


「な、なんで笑ってるんですか。これが知られたら、あなたは!」

 慌てた様にフラックはそこまで言って周囲に騎士がいることを思い出して口をつむぐ。

「いや、それだけ真剣に俺のことを考えてくれているようだから嬉しくなったんだ。ありがとうな」

 笑顔のままゴールは右手を突き出すと親指を立てた。

「あなたは、なぜ、そんなに!」

 彼は自分だけが慌てていることに、元隊長の行動を止められなかったふがいなさにフラックは物凄く苛立っていた。


「大丈夫さ、なんとかなるだろ。なんとかならなくても……なんとかするさ」

 そう言ったゴールの表情は笑顔のままであり、その笑顔を見ているとフラックも大丈夫なんじゃないかと思わせられた。

「……あなたなら本当になんとかしそうですね。はぁ、心配した僕が道化みたいですよ」

 彼の笑顔に気が抜けたフラックもここでやっと苦笑して肩をすくめた。

「心配してくれたのは嬉しい。だが、あんまり気にするな。もし何かあっても俺がなんとかする。あんたには迷惑はかけない……もちろん領主様にもな」

「ゴールさん……」


 フラックは領主である父からゴールのことを聞かされていたため、彼のことを認めていた。

 珍しく一緒に酒を飲んだ時に、人の評価には厳しいはずである父がこれまた珍しく手放しで褒めた相手がゴールだった。おそらく父はゴールの正体を知っているのだろう、その上であの評価を下しているのだろうと考える。

「きっと父はあなたを守ることはできないと思います。それは領主だから……でも、父は!」

 そこまで言ったところでゴールはフラックの肩にぽんっと手を置いた。

「大丈夫だ、わかっている。俺みたいなやつを雇って警備隊長にしてくれたことを感謝している。だから何かあっても感謝の気持ちがあるこそすれ、悪く思うなんてことはないさ。そんなことより、そろそろ戻ろうじゃないか。案外何も起こらないかもしれないだろ?」

 しっかりとしたまなざしのまま、ゴールはそう冗談っぽく言った。


「そう、ですね……みんな、隊長権限は彼から僕に移っている。あとは街に戻るだけだが、僕の指揮下に入ってもらうぞ!」

 元々最初の隊長に対して不満があった彼らはそれに対して異を唱えることはせずに頷いて、街に戻る準備に入っていた。

「やはり騎士団はしっかりと統率がとれているようだな。あんたが信頼されているというのもあるんだろうな」

「い、いや、そんなことはないですよ。僕は領主の息子だから言う事を聞いてくれているんだと思います」

 それは彼の思う真実だった。しかし、実際の現場の騎士たちからすれば驕った態度がなく下っ端のことも考えて行動する彼の評価は高かった。


「あんたは自分の魅力に気付いていないだけだと思うがな。まあ、自分で納得しないで上を目指して研鑽を積むのもいいことだ。がっはっは」

 ゴールは豪快に笑うと、準備運動をして走る支度を始めていた。

「あっ、そうでしたね。ゴールさん用の馬がいないんだった……弱ったなあ」

 その姿に気付いたフラックは、出だしに失礼なことをしたと考えながら打開策を思案する。

「いや、帰りも走るから構わんぞ。さっさと戻ろう」

 その場で腕を振り、走る身振りをしてゴールは言った。


 洞窟の中であれだけの戦いを繰り広げておいて、一体どこにそんな元気があるのかと考えたフラックだったが、ここに来るまでを思い出してそういうこともあるのだなと納得することにする。

「そ、そうですか。それでは遠慮なく向かいましょう……みんな行くぞ!」

 フラックの掛け声に一同は馬を走らせ、ゴールはそれに並走してついて来た。



 ゴールは息を切らして汗をかいてはいたが、それでも馬に遅れることなく街まで走り切った。

「お疲れさまでした、そろそろ街が見えますよ」

「おう、いい運動だったぞ」

 自分たちが馬で移動する距離をいい運動だったで済ますゴールにフラックは頬をひくつかせていた。

「そ、それはよかったですね。とりあえず街に向かったら我々は父のところに向かってみます」

 徐々に街の入口へと近づいてきたが、そこは何やら騒がしい様子だった。


「あれは……父さん?」

 そこには領主が騎士団を率いて馬上で待機していた。その近くには元調査隊長がおり、ゴールの部下の警備隊の面々も離れた場所に揃っているようだった。

「うちのやつらもいるみたいだな。これは、もしかしたら最悪のパターンかもしれない……なあ、あんたに頼みたいことがある」

 徐々に街が近づいてくる中、ゴールは声をひそめながらフラックへと話しかける。

「なんでしょう」

 すぐに状況を理解したフラックも視線を前から動かさずにゴールに応える。


「もし、俺に何かあったとしても警備隊のやつらは悪く扱わないでやってくれ。あいつらは俺のことは何も知らないんだ、ただの警備隊の隊長として慕ってくれているだけだ。だから……」

「わかっています。彼らのことは任せて下さい」

 ゴールが何を言いたいか、フラックにはわかっていたため、力強くうなずき即答する。その目にはうっすらと涙が浮かんでいるようだった。父から話で聞かされていたゴールは英雄であり、それに彼はあこがれを抱いていた。

 初めて直接会った時はこんな男が本当に? という疑念を持っていたため、馬と並走させようなどと無茶なことをさせたが、今日の戦いを通してやはり彼は英雄であると、自分が憧れるに足る人物であると考えていた。


 ゆえに、その彼の力になれない自分がふがいなく、自然と涙があふれていた。

「泣くな、お前は隊長なんだから堂々として戻るんだ。俺はその気持ちだけで嬉しいからな」

 ぐっと涙を乱暴に拭ったフラックは勢いよくゴールへと振り向いた。

「大丈夫だ!」

 親指を立てたゴールの顔はいつものように笑顔だった。

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