第11話 新たなる街

 いま、二人の姿は馬車の上にあった。ガレオスが手綱をとり、フランは馬車内にいる。

「それにしてもフランには迷惑をかけるな。俺がうかつにこれを使ってしまったからな」

 その大きな体をしょんぼりと縮みこませたガレオスは左手の包帯を手でたたきながら頭を下げる。

「あぶなっ! もう気を付けて下さいよ……腕輪のほうは気にしないで下さい。使う必要があったのでしょう?」

 手綱を握ったまま後ろを向こうとしたため、引っ張られた馬が驚いてしまう。

「おう、すまんな」

 彼は再度頭を下げるが、今度は手綱を引っ張らないように気を付けた。今度は馬は穏やかに歩を進めている。


「洞窟で巨大なゴーレムが現れてな。いつも使ってる大剣が壊れてしまったんだ。同行してたやつらじゃあのゴーレムは倒せなさそうだったし、あいつらの持っていた武器もゴーレムに傷をつけられるだけのものがなかったからな」

 気持ちを切り替えたガレオスは腕を組んで洞窟での出来事を思い出していた。

「それなら良いのです。隊長が必要だと考えたのであれば、問題はありません」

 彼女のいう隊長というのは、サングラムの武源騎士団第七部隊隊長としての呼び名であった。


「それで、かれこれ出発してから二週間ほど経つがまだ街には辿りつかないのか?」

 二人は街を追い出されてから野営をしながらここまで進んで来た。テントなどはないため、途中で購入した馬車の中と外で休み、夜間は交代で見張りにたつ。身体を洗う水に関しては、魔道具の水の出るナイフを持っていたため、その水を使用していた。

「もうそろそろ見えてくるはず。この森を抜ければ……あ、見えてきましたよ」

 森の出口は少し小高い位置にあり、遠くを見ると大きな街が見えて来た。


「あそこにいるのか……」

「おそらくですが」

 ガレオスたちは警備隊をやりながら、各地に散った仲間の情報を集めていた。クーデターが起こった当時、武源騎士団は追手に追われてバラバラに逃げるしかなかった。中には捕らえられた者やその命を奪われた者も少なくなかった。

「誰がいるのか楽しみだ」


 どんな状況でもガレオスはいつも前向きな考えであり、フランたち部下が迷わずについていけたのもこういう部分があったからだった。

「情報では別の隊の副長が名前を隠しているとのことです」

 全七部隊あり、そのうち七番隊の副長はフランであるため、一から六のいずれかの副長がいるということになる。だが誰がいるのかどんな偽名なのかわからないため、それを探すのは途方もない作業にも思える。

「ふむ、副長くらいになればお互いに顔を知っているから大丈夫だろう」

 もちろん今の数少ない情報しかない状況でも楽観的な隊長。

「もう、全く隊長はお気楽なんですから。一応隠れ家の居場所までは突き止めていますので、とりあえずはそこに向かいましょう」

 そしてそれに付き添う、冷静で情報収集に余念のない副長。

 これが彼ら第七隊のバランスをとっていた。


 そうこう話していると、街が近づいてくる。

「隊長は念のため変装をしておいて下さいね」

 彼は荷物から変装セットを取り出すと装着する。彼には似つかわしくない眼鏡とあごひげをつけることで変装完了。違和感は強かったが、これまでこれで正体がばれることはなかった。

 警備隊長をやっていた前の街くらい離れていれば手配書が出回っていることは少ない。更にガレオスを気に入っていた領主が手をまわしてくれたおかげで前の街では長期間落ち着くことができていた。


 この街も場所は遠かったが、念のため変装をすることにする。

 フランの手配書は出回っておらず、変装の必要はなかった。城に残った第七部隊の面々が情報操作をし、フランは既に死亡しているということになっていたからだ。

「ふふっ、似合ってますよ」

 馬車から顔を出したフランは変装したガレオスを見て面白いと笑っていた。

「そうか? 見えんからよくわからんが、相変わらず馬鹿にされているような気分になる……フランは死んでるからいいな」


 物騒なことを言っているようにも聞こえるが、フランは笑顔のままだった。

「あれは本当に助かってます。本当にみんながうまくやってくれましたよ……」

 そこまで言うと少し憂いを帯びた表情になる。城に残った仲間の数人は人柄も腕前も信頼に足る者たちだったが、それでも現在の状況がどうなっているのかまでは掴むことができず、彼らの安否は分からないままだった。

「さて、それじゃあ入場チェックだな」

 商業都市へ入りたいという大勢の待機列に並ぶと、フランは緊張した表情になる。


 順番が回ってくると二人は馬車から降りた。

「ふむ、名前はフランと。ほれ、その石板に手を乗せてくれ……うむ犯罪歴はなしだな。通って良し」

 その石板は過去の犯罪歴をチェックする機能を持った魔道具で、その精度は高い。どこの街でも入場にはこの石板を使用するところが多い。

「つぎ……うお! でかいなお前。名前は?」

「俺の名前はゴールだ。よろしくな」

 ガレオスは偽名を告げてにかっと笑顔になる。しかし、立派なあごひげとその大きな体躯に威圧感があるため、衛兵の男は後ずさりしそうになる。


「あ、あぁよろしく……まあいい、お前もこの石板に手を乗せてくれ」

 石板から手がはみ出したがガレオスだったが、それでも魔道具は正常に機能するようだった。

「ふむ、お前も問題なし。通っていいぞ……一応言っておくが、街で騒ぎを起こすなよ」

 衛兵はその巨体から危険かもしれないと考えて、念押しの一言をガレオスに言った。

「おう、任せておけ」

 再度笑顔で返事をする。今度は彼の人の良さを感じ取れたのか衛兵は苦笑して二人を通した。


 馬車に乗り込んで入場し、衛兵たちから離れたところでガレオスが口を開く。

「今回も大丈夫だったようだな……」

「えぇ、やはり予想した通りだと思われます」

 二人は石板での犯罪歴のチェックにガレオスが引っかからない原因を以前も話し合っていた。

「犯罪者として指名手配されていても、実際に犯罪行為を行っていないからクリアってことか」

「おそらくは」

 この予想はフランが考えたものであったが、裏ルートで手に入れた石板で試した時も、他の街に入った時も問題は見られなかった。


「やはりフランはすごいな。お前が副長で助かるよ」

 ガレオスは素直に彼女のことを褒める。

「いえ、私こそ隊長が拾ってくれなければあのままくすぶっていましたから」

 彼女は柔和な笑顔でそう返す。

 この言葉は本当のことであり、彼女は以前は別の隊にいて、その時は一隊員として埋もれていた。そこをガレオスが引き抜いたため、副長という座にまで上り詰めることができた。

「本当に、ありがとうございます……」

 改めて感謝の気持ちでいっぱいになったフランはガレオスに聞こえないように小さな声でそう呟いた。その呟きは彼の耳には届いていたが、あえて聞こえていないふりをして手綱をとった。

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