第6話
【ジジイの課題その2】
「次にお前が売る商材はこれだ!」
ジジイがそう言って示したものは、いわゆる“ダッチワイフ”だった。
ダッチワイフが何かわからないという読者は、ネットで調べたりせず、密かに想いを寄せている異性などに聞くと良いだろう。
きっと忘れられない一生の思い出ができるだろう。
「このダッチワイフ、なんか、でかいっすねえ。大林素子ぐらいありますやん」
「そうやねん。それがポイントやねん。そのダッチワイフ、チャックついてるねん。あけてみろ」
言われた通りにすると、中から同じようなダッチワイフが出てきた。
ロシアのマトリョーシカのように、ダッチワイフの中から少し小さなダッチワイフが出てきて、さらに、そのダッチワイフの中からもうワンランク小さいダッチワイフが出てくる。値段は80万円。交渉の段階で15万円まで下げていいとのこと。
「このダッチワイフは、小柄な女性がタイプな人も、大柄な女性がタイプの人も、みんなが楽しめるんや。そこが売りやわな。よし、電話かけていけ!」
まさおは、頭の中で戦略を立てていった。
いきなり、ダッチワイフを買うか買わないかという論点では勝てない。そこはジジイから学んだ。
ここは、教えてもらった二つのテクニックのうち、“相手に選ばせる”を使おう。
「もしもし、エヌチッチコーポレーションの吉永と申します。お忙しいところ失礼いたします」
「はい。どういうご用件でしょうか」
「マトリョーシカという商材の件で、この度、お電話いたしました」
「営業電話?それやったらいらんよ。切るで」
「あ、ご主人様、違います。今回は無料で、マトリョーシカのほうを、お届けさせてもらってるんです。マトリョーシカはご存知いただいてますか?」
「うん。ロシアの人形やろ。中から同じ人形が次々と出てくるやつ」
「さようでございます。ご主人様、マトリョーシカを手に入れるために、わざわざロシアに行って、寒さで命を落とすのと、日本の暖かいお家にいながら、マトリョーシカが送られてくるのとなら、送られてくるほうが、お得ですよね?」
「それはそうやねえ。でも、別にマトリョーシカいらんけど」
「そういうお客様に、今回は普通のマトリョーシカではなく、スペシャルなものをご用意しておりますので、良かったです」
「スペシャルなマトリョーシカってどんなやつ?」
まさおはここで、用心した。ダッチワイフという言葉にアレルギーを起こされてはたまらない。
「今回のマトリョーシカは、ダッチワイフィーな仕上がりになっておりまして、主に男性の方から指示を得ております」
「ダッチワイフィー?なに、それ」
「ダッチワイフです」
「切るで」
ガチャン。
くそ、切られてしまった。
その時、ジジイが飛んできた。
本当に飛んできたのだ。
パソコンのガシャーンという凄まじい破壊音とともに、まさおはジジイの下敷きになった。
馬乗りになりながら、ジジイはまさおをここを千度と殴った。
「ダッチワイフィーな仕上がりってなんや!そんな言葉あるか!ボケ!」
「い、痛い!な、なんや!がんばったほうやろ!そもそも売れるか!こんな気色悪い商品!」
まさおはなんとか半身を翻し、ジジイのパンチを逃れながら、立ち上がった。
「売れるか!マトリョーシカみたいなダッチワイフなんか!マトリョーシカ買う人も買わんわ!ダッチワイフ買う人も買わんわ!マトリョーシカみたいなダッチワイフはな!マトリョーシカでもなければ、ダッチワイフでもないねん!ただのゴミや!」
その時、ジジイの両目から、玉のような涙がこぼれた。
「ひどーい。ひどーい」
ジジイはうずくまって泣き出した。
「し、師匠、売り言葉に買い言葉とはいえ、す、すまなかったよ。お、俺の、やり方が悪かったのを、棚にあげてしまって、ほ、ほんまに、申し訳ない」
ジジイはそれを聞くと立ち上がって、「くきききき!今の言葉、録音させてもらいやしたあ!」と叫んだ。
まさおは、思った。
この男には勝てねえ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます