第54話 ×11

 慧は配られた手札を見て、眉をひそめた。同じカードが多いことにまず気付いたが、それよりも……。

 A、A、2、2、3、3、5、7、7、9、ジョーカー。

 なんと、二桁カードが一枚もない! ジョーカーがあるのがせめてもの救いだが、たった一枚のジョーカーで何ができるだろうか。

 またカマトトをしようか。今度は慧が先攻だから、何枚出しでもできる。八枚くらいペナルティを引けば、何枚かは二桁カードが来るだろう。

 しかし、みぞれ相手にこれ以上のカマトトは危険かもしれない。さっきの試合でも、惜しいところまで行ったが結果的に負けてしまった。それに、せっかく先攻なのだ。得意の二枚出しや三枚出し合成数を駆使する場面ではないか? 例えば、3^3=27などが出せる。

 実際には、それを出すのは危険だろう。57でカットされかねない。それに、こちらに二桁カードが少ないということは、みぞれに二桁カードが多い可能性がある。二枚出しをした結果、QKを出されでもしたら一巻の終わりだ。

 シンキングタイムはとっくに終わっていた。慧は、祈りを込めて一枚引いた。Jだった。慧はホッとため息を吐く。なんとか、二桁カードを一枚手に入れた。

 11倍の計算は簡単だ。一桁ずらして足せばいい。例えば3A×Jは、3A0と3Aを足して、34Aとなる。ジョーカーを4にすれば、これは出せる。

 だがいま、ジョーカーは頼みの綱だ。それに、唯一の二桁カードをいきなり使ってしまうのも、もったいない。

 カードをあれこれ並べ替えているうちに、慧はA729があることに気が付いた。いきなり革命してしまうのはどうだろう。二桁カードがない今、それは良い手のはずだ。

 慧は散々悩んだ結果、それとは若干違う手を出した。

「57」

「え、いきなり?」

 慧は、みぞれが自分と同じ反応をしたので、くすりと笑った。鳥の子高校のボドゲ部の人にやられた戦法だ。いきなりグロタンカットをして手札を二枚入れ替える、名付けてグロタンチェンジ。

 手番を得ると、慧はまたカードをドローした。そして、目を丸くする。引いたカードは、またしてもJだった。それを手札に加えると、慧はすぐにあることに気が付いた。

 慧は、A729を手札の左に寄せていた。残り七枚のカードが、右に並んでいる。ジョーカー、A、3、3、J、2、J。

 11倍の計算は、簡単にできる。一桁ずらして足せばいい。従って、その結果はとても規則的になる。だから、慧も覚えていた。11の二乗は121、11の三乗は1331、11の四乗は14641。これらのうち、出せるものは?

 革命を起こしたとすると、J^2=A2Aは出せない。ジョーカーを使っても、カードが足りないからだ。J^3=A33Aも同様だ。J^4は端から出せない。

 しかし、別の出し方なら可能だ。ジョーカーをAとして、こうすればよい。

 A33A=J^2×J。

 QKにおいて、素因数分解の一意性は成立しない。A33Aの素因数分解は、J^3でもあるし、J^2×Jでもあるのだ。

 これは四枚出し合成数であり、しかも1729より小さい。だから、まず革命をしたあと、みぞれが148石破素数を返してきたら、この合成数を出して、慧の勝ちだ。

 慧は頭の中でもう一度確認してから、四枚のカードを出した。

「A729!」

「1729はラマヌジャン革命です」

「革命……」

 みぞれはまた驚かされた。慧が革命をするなんて珍しい。どういう意図だろうか。

 幸い、みぞれの手札にはAがある。カウンターは可能だ。だが安易にカウンターして大丈夫だろうか。みぞれは烏羽高校との試合を思い出していた。革命されたとき、カウンターすれば良いとも限らなかった。敢えてカウンターせず、カードを温存した方が有利に働いたこともあった。

 悩みながら、みぞれはカードを一枚ドローした。そして自分の強運に驚いた。

 引いたカードはジョーカーだった。みぞれが手札を眺めると、考えなくても、自然とカードが脳内で分けられた。

 A2A31213、57、QK、ジョーカー、729。ジョーカーをAとすれば、最後の四枚は1729になる。特殊カードと基本的なカードだけで構成された手札だった。

 これをどの順番で出せば勝てるだろうか。ここでカウンターするなら、やはりA2A3を出すべきだろうか。それとも、1729を並べ替えた1279だろうか。

 もし、1279を出したあと、慧がカウンターして来なければ、A2A3を出してもカウンターされないだろう。そうすれば、57からのQKで勝てる……が、本当にカウンターされないだろうか? それに……。

 みぞれはカードを並べ替えた。A2A3は、並べ替えたAA23の方が小さな素数だ。むしろ、こちらを出すべきではないだろうか。あるいは、ジョーカーを0にして、A0A3を出してもいい。すると残りのカードは、57とQKと、2、2、7、9だ。この四枚は、例えば9227が素数になる。しかし今は革命中なので、これらを出し切れる自信がない。QKを出したあとに57を出せればみぞれの勝ちだが、慧が先にそれより小さい素数を出さないとも限らない。

 やはり分け方は、AA23、57、QK、1729だ。みぞれの頭には、これ以外思い浮かばなかった。あまりにも見慣れた数ばかりなので、他の発想がなかなか引き出せない。そして出す順番は、1279、AA23、57、QKだ。1279でカウンターされなければ、AA23でもカウンターできないはずだ。

 そう考えてから、みぞれは、そうとも限らないな、と思った。また烏羽高校との試合を振り返る。カウンターできるところで敢えてカウンターせず、相手に手札の内訳を勘違いさせたのだった。慧もあの作戦は覚えているだろう。もし慧がジョーカーを持っていたら、1279に敢えて返さず、AA23に対して何かを返して来るかもしれない。この時点で、みぞれの手札は57、QKの四枚。慧は残り三枚になっているので、一発で上がるかもしれない。

 みぞれは大きく深呼吸した。なにか、なにかうまい方法はないか。他の分け方は。別の出し順は。

 そのときみぞれは、あることに気が付いて目を丸くした。ある特徴的な素数が、手札にある。どうして今まで気付かなかったのだ。これは、使える。

 意を決して、みぞれはついに、カードを出した。

「AA23」

「1123は素数です」

 慧は唇を噛んだ。慧が狙っていたのは、A33Aの合成数出しによるカウンター。だが、1123にはカウンターできない。

 慧の手札にはジョーカーもある。これを0として、A033を出すことが可能だ。それをすべきかどうか、慧は考えた。A033を出すと、残りの手札は2、J、J。革命中なので2は一枚出し最強のカードだ。つまり、J、2、Jの順番で出せば勝てる――みぞれが2もジョーカーも持っていなければ。

 みぞれは持っているだろうか。慧には判断できなかった。いま焦ってAやジョーカーを消費するより、これらを温存した方が有利なのではないか、という考えが浮かぶ。それに、もし次にみぞれが四枚出しをすれば、慧が確実に勝てるのだ。

「……パスします」

 慧が宣言すると、みぞれの目がきらりと光った。みぞれは興奮したように頬を上気させた。いや、実際に興奮しているようだった。

「……みぞれちゃん?」

「あ、ご、ごめん」

 ぼんやりしていたみぞれは、頭を振ると、カードを二枚出した。

「57」

「57はグロタンカットです」

 場が流される。慧は嫌な予感がした。みぞれの手札は残り六枚。みぞれが四枚出しをすれば慧の勝ちだが、彼女の表情がその予測が外れることを物語っていた。

 みぞれは、場に六枚のカードを全て並べた。

「ジョーカーを1として、!」

「あっ!!」

 さすがの慧も、この素数は覚えていた。ラマヌジャン革命1729と、二枚出し最強素数QKを並べた数は、素数になるのだ。QKプレイヤーにとって、これほど覚えやすい素数は他にない。

 慧はカードをテーブルに伏せて、目を閉じた。素数判定員がタブレットを叩く音がする。

 そして、最後の宣言が下された。

「17291213は素数です。よってこの試合、古井丸選手の勝利です! またこれにより、古井丸選手が二本先取となるため、この勝負、古井丸選手の勝利となります!!」

 体育ホールに残っていた選手とスタッフ達が、歓声をあげ拍手した。津々実や遠海姉妹も、拍手していた。

「負けちゃったか……」

 そう言いながら、慧はカードを表にした。みぞれはそれを見て、小首を傾げた。

「それ、どうやって出すつもりだったの?」

 慧はカードを選り分けた。

「J^2×J=A33Aなの。みぞれちゃんがこれより大きい四枚出しをしてくれれば、私の勝ちだったんだけど……」

「そっか、こんな出し方もできるんだ」みぞれは感心していた。「すごいね、慧ちゃん」

 慧は苦笑した。

「なに言ってるの、すごいのはみぞれちゃんでしょ。全国だよ。全国進出だよ」

「うん……」

 みぞれは恍惚しながら頷いた。

 全国! わたしが! なんでもできる津々実に比べ、何もできないわたしが、まさか……。

 喜びと同時に、みぞれは急に、後ろめたさを感じた。わたしのような人間が、全国なんて大舞台に行っていいのだろうか。

 みぞれのその気持ちに、慧は気付かなかった。慧の中で沸々と悔しさが生じ、自分の感情を制御するのに精いっぱいだったからだ。慧は全力を出していた。そして負けた。いつぞやの練習試合で、遠海美衣に負けた時の比ではなかった。あの頃は、まだ自分は練習不足だと言い訳ができたが、今は違う。みぞれにだって勝てるつもりでいた。

 慧はみぞれの顔をちらりと見た。みぞれは唇を真一文字に結んで、テーブルを見つめていた。悔しいが、負けは認めないといけない。そして、この仲間を……いや友人を、応援しよう。

「みぞれちゃん」

「な、なに?」

 みぞれは顔を上げた。悔しそうな顔をした慧は、目が合うとそっぽを向いた。

「わ、私を倒して全国へ行くんだから、私の分まで、絶対に、勝ってよね」

 その言葉に、みぞれははっとした。伊緒菜も同じことを言っていた。負かした相手に罪悪感を覚えるなら、勝ち続けるしかないと。その言葉の意味が、ようやくわかった気がした。

 そうだ、後ろめたさを感じる必要はない。わたしは勝ったのだ。わたしの両肩には、今まで戦った人たちの想いが乗っている。みぞれは今まで、自分のためだけに戦っていた。今度は、彼女たちのためにも戦えばいい。ただそれだけのことだ。

 みぞれは体育ホールを見渡した。津々実が笑顔で手を振った。みぞれもくすりと微笑み、席を立った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る