第55話 5

 表彰式は、粛々と行われた。体育ホールの前方に作られた低いステージの上に、団体戦と個人戦の上位者たちが集まっていた。もちろん、みぞれもその一人だ。

 全選手が見つめるなか、団体戦の表彰が始まった。日本素数大富豪協会の河野桃子が、四十代の女性にしては落ち着いた威厳のある声で賞状を読み上げた。

「賞状。団体戦優勝。萌葱高校。あなた方は第二十二回全国高校素数大富豪大会、南関東地区団体戦予選にて頭書の成績を収められました。平素の努力を称え、これを評します」

 河野は日付と自分の名前を読み上げると、おめでとう、と言って慧に賞状を、みぞれに楯を手渡した。二人は表彰の喜びと人前に立つ緊張を顔に浮かべたまま、それらを受け取った。

 楯はアクリル製の小さなものだったが、デザインは凝っていた。長方形が斜めに二分割され、左上に「22nd High School QK Tournament」と刻まれ、右下に逆さまになった“スペードのキング”が描かれていた。トランプを模したデザインだった。

 みぞれはそれをじっくりと眺める間もなく、伊緒菜に急かされるように一歩引いた。

 続いて、準優勝した柳高校の表彰が行われた。史は満足気な顔をしていたが、遠野姉妹は不満そうだ。河野が賞状を読み上げているとき、遠野姉妹がちらりとみぞれ達を見た。そして、ステージ下の選手たちに見えないように、「イーっ」と歯を出した。次こそは勝つ、という宣戦布告だった。みぞれと慧は困ったように笑い、伊緒菜だけはいつも通り、胸を張ってにやりと笑った。

 団体戦の表彰が終わると、個人戦の表彰に移った。伊緒菜は勝ち誇りたい気持ちでいっぱいだったが、雰囲気に合わせた真面目な顔で、河野の前に立った。

「賞状。個人戦優勝。宝崎伊緒菜殿。あなたは第二十二回全国高校素数大富豪大会、南関東地区予選にて、頭書の成績を収められました。平素の努力を称え、これを評します」

 河野が差し出した賞状と楯を、伊緒菜は外向けの気持ちの好い微笑を浮かべ、恭しく受け取った。

 続いて、第二位大月瑠奈、第三位吉井史と若山美音にも、賞状が渡された。そして、次に呼ばれたのは、みぞれだった。

「賞状。第五位。古井丸みぞれ殿。以下同文です」

 省略形であったが、みぞれは胸が高鳴っていた。

 自分の名前が書かれた賞状を受け取るのは、生まれて初めてのことだった。津々実が受け取るのを、横で見ていたことはあった。憧れと羨望で見ていたそれをいま、自ら受け取った。クリーム色の紙に書かれた自分の名前を、みぞれはドキドキしながら見つめた。

「――以上で、表彰式を終わります」総合司会の小西が言い、みぞれたちはスタッフに促されて壇上から降りた。「続けて、閉会式を行います」

 再び河野がマイクの前に立ち、長い挨拶をした。そのあと、成田が壇上に立ち、マイクを持った。みぞれは彼女を見るのは初めてだった。へそが見えそうなほどの軽装で、なんだかチャラチャラしている人だなぁ、とみぞれは思った。

「みんな、お疲れ様! 実況部屋で実況していた、成田です。ほとんどの子は、私の顔、見たことあるかな?」

 喋り方までチャラチャラしていた。小西とは正反対のタイプだ。

「疲れているだろうから、手短に。今日はとても良い試合が、たくさん見られました。勘で六枚出しを成功させた試合、無茶苦茶な合成数出しでワンターンキルした試合――そう、ワンターンキルが出たんですよ! 公式試合で! あれは素晴らしかったですね!」

 みぞれの隣で、美衣が「ふっふっふー」と笑っていた。

「あたしは実況された試合しか見てませんが、そこですら色々なドラマがありました。きっと皆さん一人一人に、ドラマがあったことでしょう。三年生は最後の地区予選でしたが、悔いは残ってないかな? 残ってる人もない人も、QKを続けてください。QKの大会は、ここだけじゃありません。我々全日本QK協会は、年に何度も、全国で大会を開いています。今日敗れた人は、そっちに行って、リベンジを果たしてね?」

 成田はウィンクした。宣伝かよ、と誰かが突っ込むと、くすくすと笑い声が起こった。成田は陽気に手を振ってマイクを戻し、ステージを降りた。

 再び小西がマイクを持ち、会場を見渡した。四十人近い高校生たちが、こちらを見ている。

「えー……では、以上で、閉会式を終わります。第二十二回全国高校素数大富豪大会、南関東地区予選、これにて終了です!」


 閉会式が終わると、選手たちはロビーへ出て行った。

「全国おめでと~~!」

 美音を発見し、梨乃は大声を上げながら駆け寄った。前に突き出した梨乃の両手を、美音がぎゅっと握る。

「ありがとう~!」

 手をつなぎあって、二人は飛び跳ねた。梨乃の茶色いセーラーカラーと、美音の藍色のスカートがぴょこぴょこと揺れる。

「あ、そうだ」美音は鞄からスマホを出すと、「連絡先、交換しない?」

「は、はい! 喜んで!」

 梨乃もスマホを出した。交換が終わると、梨乃はスマホを抱きしめながら、

「全国、絶対応援行きます!」

「ありがとう!」美音は晴れやかな笑顔を浮かべた。「待ってる!」


 ロビーの片隅で、黒い集団がソファを占領していた。東京都の烏羽高校QK部のメンバーだった。総勢八名の彼女らは、全員黒いポロシャツを着ている。

 八人のうち全国へ進出したのは、部長の瑠奈ひとりだけだった。残りの七人は――特に陽向は、落ち込んでいた。最後のチャンスだったからだ。

「色々あったが、まずはみんな、お疲れ様」

 部長の瑠奈が、仁王立ちして言った。部員たちは俯いている。瑠奈は小さくため息を吐いたあと、大きく息を吸った。

「これが全国大会だ。皐月も陽向も、部内では上位ランカーだ。それでも苦戦するのが全国だ。何度も言っていることだが、我々の使っている革命戦法は、あくまで初心者用に過ぎない。そこから上へ行くには、さらに実力をつけていく必要がある」

 瑠奈は陽向を見てから、目をそらした。

「一年生と二年生には、まだ次がある。今日の試合は、手の空いている者たちで取れる限り札譜を取った。それを見ながら、月曜からまた特訓だ。来年は、全国枠を我々で埋めるつもりで戦うんだぞ」

「そうだな、みんな来年も頑張ってくれ」突然陽向が話に割り込み、ソファを立った。「私は何か、ジュースでも買って来よう。おごりだ」

 陽向が自販機コーナーへ歩いていく。「待て、私も行く」と瑠奈が後を追った。


「取り繕うなんて、お前らしくないな」

 後輩たちから見えない位置に来ると、瑠奈が陽向の肩を叩いた。

「いや、だってさ……」陽向は肩を落とした。「さすがにカッコ悪いじゃないか。私と瑠奈は、二人でセットみたいな空気だったのに」

「別に良いだろう。みんな、そんなの気にしてないさ」

「そうかもしれないが……あー、くそ」

 陽向は壁にもたれかかり、天井を見上げた。そして、ダン、と拳で一発壁を殴った。

「瑠奈と一緒に全国に行きたかった」

 ぽつりと言った。独り言のような言い方だったが、瑠奈に向けて言ったものだと彼女にはわかった。

「……そういえば、結局、二人そろって全国には行かなかったんだな」

「そうだよ」

 瑠奈もまた、口をつぐんで、床の隅を見た。

「なあ、知ってるか?」

「何を?」

「QKの大会は、ここだけじゃないらしいぞ。私らがやりあえる場所は、他にもたくさんあるってことだ」

「…………」

 陽向は瑠奈を見つめたあと、また天井を見上げた。

「……宣伝かよ」


「なゆたー、おつかれー!」

 小西那由他が実況部屋を片付けていると、のんきにペットボトル飲料を二つ持った成田凜がやってきた。

「はい、これあげる」

 小西の好きなカルピスソーダを差し出したが、彼女は手を振った。

「いま片付けてるから、後にして」

「いいじゃん、ちょっとくらい。少し休んでから片付けようよ、疲れたでしょ。ほら、支部長だって座ってるよ」

 成田は扉の近くの椅子を指差した。河野が、六十代くらいの女性と何やら談笑している。

「あの人は良いのよ。ほら、そこの椅子、隣の部屋に持って行って」

「へいへい」

 成田はテーブルの上にペットボトルを置くと、言われた通り椅子を担いだ。

「この部屋、もとはどういう状態だったの?」

「教室スタイルよ。テーブルと椅子が並んでいる状態」

 いまは椅子ばかりのこの部屋に、隣の部屋からテーブルを運んできて、逆に余分な椅子を隣の部屋へ戻して、綺麗に並べるのだ。

 QKは、所詮マイナー競技である。全国大会の予選の舞台と言えど、場所はレンタルだし、設営と撤収はスタッフの手作業だ。人手はいくらあっても足りない。

 成田は椅子を四つ重ねて運びながら、小西に耳打ちした。

「やっぱり、支部長にも手伝ってもらったら?」

「腕力に期待できるなら、そうしてるわよ」


「や、お疲れ様」

 みぞれ達を見つけた吉井史が、手を上げて声をかけてきた。伊緒菜は礼儀正しくお辞儀をすると、

「お疲れ様です、吉井さん」

「全国、おめでとうございます!」

 みぞれがキラキラした目で言った。

「君を倒して行ったんだけどね……。っていうか、君も全国じゃないか」

 史は頭を掻いた。

「ところで」と津々実が史の後ろを指差した。「珍獣がいますけど」

 史の後ろに、隠れるように遠海姉妹がいた。二人はみぞれ達をじっと睨んだまま、話しかけてこない。

「さっきからずっとこんな調子でね。ほら、二人とも、機嫌直しなって」

 史が二人を前に出そうとすると、双子は抵抗し、

「来年は!」「絶対に!」「「勝つ!!」」

 それだけ叫んで、その場を去っていった。

「なんか、ごめん」

 史はまた頭を掻いた。

「吉井さんは、初の全国でしたっけ」

 気にした風もなく、伊緒菜が尋ねた。

「ああ」双子が走り去った方をちらりと見て、「あの子らのおかげでね」

 それから、照れ臭そうに言った。

「負けるわけにはいかなくなっちゃってね」

 自分の心の中で何が起こったのか、説明するのは気恥ずかしかった。みぞれ達に追及される前に、

「じゃ、あたしは二人を追うから。また、八月に」

「はい。八月に。全国大会で」

 伊緒菜はにこりと笑った。史も笑顔を見せると、振り返って双子を追った。

「さて、と……」

 伊緒菜は鞄を背負い直すと、後輩たちに向き直った。

「改めて、みんなお疲れ様」

 みぞれも、慧も、本当に疲れ切った顔をしていた。津々実すら、緊張感にあてられて疲れているようだ。

「そして、みぞれはおめでとう。全国進出よ。……これから、より強くなるために、さらなる特訓をしていきましょう」

「はい」

 みぞれは顔を引き締めた。ぽやっとした見た目の少女だが、こういう時は真面目な顔になるのだった。

「そして、慧は」と伊緒菜は慧の目を覗き込んだ。「結果は残念だったけど、でも、落ち込む必要はないわ。六位よ、六位。一都三県から集まった、三十五人の中の六位。十分、誇っていいわ」

「上位十六パーセント、ですか」

 慧はさっと暗算した。伊緒菜は指を突き付けて、

「そうよ。ベスト十六と言っても過言じゃないわ」

 過言ではないが、それでは順位が下がっている。慧はくすっと笑った。それを見て、伊緒菜はにやりと笑う。

「元気出たみたいね」

 また“笑わせられた”のだと気付き、慧はそっぽを向いた。

「そんなに何度も落ち込みません」

「そう? ならいいけど」

 伊緒菜は顔を上げると、ロビーを見渡した。

「ところで、石破先生はどこ行ったのかしら。誰か知らない?」

「そういえば、さっきから見てませんね。閉会式のときはいたのに」

 と、津々実もきょろきょろとする。

「敗者復活戦のときもいませんでしたけど」

「いえ、あの時は実況ルームにいたわ」

 伊緒菜が答えたとき、その実況部屋から、石破教諭が出てきた。彼女はすぐにみぞれ達を見つけると、手を上げて近付いてきた。

「ああ、すまない。待たせてしまったか」

「いえ、そんなことはないですが……」伊緒菜は不思議そうに、実況部屋のドアを見た。「あんなところで、何をしていらしたんですか?」

「ちょっと桃子と話し込んでいたんだ」

「桃子?」

「河野桃子だよ。君らに賞状を渡してただろう」

「ああ、あの人……」そういえば下の名前はそんな可愛らしいものだった。「お知り合いなんですか?」

 石破教諭は、おや、という顔をした。

「宝崎も知らないのだったか。あれは、私の従妹だ」

「え……ええっ!?」

 世間は狭い。みぞれ達にとって、今日一番の驚きだった。

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