第30話 0507
合宿の二日目は、朝からひたすら実戦練習だった。大会準拠のルールで、ペアを変えて何度も試合を行う。練習に参加した津々実は、みぞれから一本取ったとき、真剣な顔で言った。
「なんとなくコツを掴んだ気がする」
「ホントに?」
津々実は大きく頷いた。
「最初に小さい手を出して、次にほぼ最強の素数を出せばいいんだ。そうすれば、常に親を取れる。ですよね?」
確認するように、判定員をしている伊緒菜を見た。伊緒菜は眼鏡を押し上げると、
「まあ、そういう戦略をとる人もいるわね」
とだけ言った。
「じゃあ、次はあたし、それで行きます」
津々実に配られたカードは、A、A、2、3、3、5、6、7、J、Q、Kだった。
シンキングタイムが終わると、親のみぞれが三枚出した。
「653」
津々実は作戦通りに札を出した。
「673」
「Q10K」
「ありゃ?」
津々実は自分の手札を確認した。
121013に勝つためには三枚とも二桁カードでないといけないが、津々実の手札にはJ、Q、Kが一枚ずつしかない。この三枚はどう並べ替えても三の倍数だ。
山札から一枚引いたが、出てきたのは二桁カードではなく、5だった。
「パス」
伊緒菜が場を流すと、みぞれも一枚引いた。そして、三枚カードを出す。
「A109」
「えっと……」
1109を超えるなるべく小さい素数は……。津々実は三十秒足らずで素数判定をした。
「AJ7」
津々実の出した札に、みぞれはやはり、瞬時に返した。
「JJ9」
「……あれっ、上がりか!」
みぞれの手札がなくなっていた。みぞれはくすくすと笑う。
「だってつーちゃん、自分の作戦話すんだもん……それじゃ勝てないよ」
「た、たしかに」
トランプをシャッフルしながら伊緒菜は言った。
「でも、今の、練習には良いかもしれないわね。つまり、私と津々実はあらかじめ自分の作戦を話しておいて、二人はそれにどう対抗するか考えながらやる、という練習よ」
早速四人は、その方法を採用した。
「どんな戦術が良いですか?」
「そうね、ちょっと待って」
伊緒菜は考察ノートを開いた。そこには、これまで戦った他校の生徒たちの戦術が記録されている。伊緒菜はそれを見ながら説明した。
「色々あるわね。二枚出しを中心に攻める戦術、反対に五枚出しで攻める戦術、57を軸に組み立てる戦術……」
二人は順番に、それらの戦術を試していった。
意外にも、慧は二枚出し戦術や三枚出し戦術に対して、圧倒的な強さを見せた。合成数出しで一気に枚数を減らすからだ。
「10K」
場にカードが積みあがっていく。ここで慧がパスすれば、伊緒菜は57からの3Aで上がれる。慧はまだ六枚も手札を残しているが……。
「7×A73=QJ。上がりです」
「うわ、またかぁ」
伊緒菜は念のため判定した。
「合ってるわね」
みぞれが目を輝かせて見つめてくる。
「どうやって計算したの?」
慧は照れて髪をいじりながら答えた。
「QJが素数じゃないことは覚えてたけど、じゃあ素因数は何かなって考えたの。1211から1001を引くと210だけど、1001は7×143で、210は7×30だから、1211=7×143+7×30=7×173だとわかる」
慧はホワイトボードを使って説明した。
「ね?」
「『ね?』って……」津々実は呆気に取られながらツッコんだ。「天才か」
昼食を食べ、午後も実戦練習を続けた。
朝から既に三時間はやっている。さらに夕方まで五時間近く、四人はQKをやり続けた。
終わる頃には、みぞれは頭がくらくらしていた。集中力も限界に近い。
「今日はここまでにしましょうか」
伊緒菜が言うと、三人から一斉に力が抜けた。
「つ、疲れた……」
津々実が天を仰ぐ。
「大会はこんな感じなんですよね」
「ええ。これに緊張がプラスされるからね」
怖がらせるように伊緒菜は言った。
「じゃ、これで合宿は、終了ね」
伊緒菜はバス停まで三人を案内した。バスが来ると、
「あれに乗れば、終点が駅だから。それじゃ、また明日ね」
と言って、三人を見送った。
「そうだ、明日誕生日なんだった」座席に着くと、津々実が他人事のように言った。「すっかり忘れてた」
慧が妙にそわそわしながら、
「ちゃんとプレゼント、用意してるから」
「サンキュー。楽しみにしてる」
津々実は歯を出して微笑んだ。
「帰りにケーキの材料買わないとな」
「えっ、津々実が作るの?」
「うん」
「自分の誕生日なのに?」
「まぁね」
「つーちゃんのケーキ、売ってるやつより美味しいんだよ」
みぞれが得意気に言う。
「買うより作った方が楽しいし」
「そういうもの?」
津々実は何も不思議なことはない、とばかりに頷いた。
「そして出来上がったものがこちらです」
作り方を滔々と解説したあと、津々実はチョコレートでコーティングされたロールケーキをテーブルに出した。長さ20cmはある大きなケーキだ。渦を巻いたチョコ色の生地で、生クリームと細かく切ったイチゴが包み込まれている。
「ケーキ作りって大変なのね」
伊緒菜が感想を漏らした。
パーティは、倉藤家のダイニングで開かれていた。津々実の部屋は四人集まれるほど広くなかったからだ。みぞれ達のほか、津々実の両親と弟の
「でも作ってから気付いたんだけど、ロールケーキだとロウソクが立てられないんだよね。こうするしかない」
言いながら、ケーキの上に16本のロウソクを突き立てる。どことなく不格好になった。
「ま、これはこれでいっか」
「火つけるわね」
母親がライターで火を灯す。それからみんなで、『ハッピバースデートゥーユー』を歌った。みぞれと小学六年生の七海はノリノリで、伊緒菜と慧は少し照れくさそうに。
歌が終わると、津々実はフッと一息で一列に並んだロウソクを消した。
「つーちゃん、お誕生日おめでとー!」
「おめでとー」
みぞれと七海がパチパチと拍手する。伊緒菜と慧もつられて拍手した。
「何歳になったんだっけ?」と津々実の父親が聞く。
「娘の年齢忘れないでよ。16だよ」
母親がケーキを切り分ける。全員で「いただきます」と言ってケーキを食べ始めた。
「美味しい」伊緒菜が目を丸くする。「作り方を聞いたあとだと、より深く味わえる気がするわね」
「ですよね?」津々実は得意気だ。「作り手のこだわりを知れば知るほど、どこに注目すれば良いかがわかって、より一層楽しめるんです。これは料理に限らず、なんにでも言えるんですよ」
「へぇ」
ケーキを食べたあとは、プレゼントが贈られた。
「まずはわたしね」
みぞれが小さい箱をプレゼントした。両手で持てるサイズだが、少し重いようだ。津々実が開けると、底の深い陶器が出てきた。レンガや窓の絵が描かれていて、家をデザインしたものだとわかる。伊緒菜と慧は、なんだあれは、という表情で見ていたが、津々実には当たり前のようにわかった。
「プランターだ! ありがとう!」
「プランター……って、植木鉢?」
みぞれも津々実もニコニコしている。
「なんで植木鉢?」
「つーちゃん、ガーデニングも好きなんです」
「ガーデニングっていうか、自家栽培ですけどね。部屋でトマトとか作ってます」
「料理が好きなのは知ってたけど、材料から作ってるとは……」
いずれ畑でも持つんじゃなかろうかと伊緒菜は思った。
次に慧がプレゼントを渡した。こちらは反対に、大きな袋だ。しかし軽い。
「と、友達に誕生日プレゼント渡すなんて初めてで、どんなものが良いのかわからなくて……」
言い訳しながら、袋を開ける津々実を見守る。
「これは、服? ……あ、スポーツウェアか!」
慧は髪をいじりながら、
「私、てっきり津々実ちゃんはスポーツが好きなんだと思ってて……。もしかしたら使う機会ないかもしれないけど……」
「いやいや、走るのとかも好きだし、ちょうど買おうかなって思ってたんだよ。ありがとう」
立ち上がって体に合わせてみる。ちょうど良さそうだ。
「カッコいい!」と弟の七海が手を伸ばした。
「あんたには貸さないけどね」と津々実はニヤニヤ笑った。
最後は伊緒菜だ。
「料理が好きだって言うから買ったけど、もしかしたらもう持ってるかしら?」
みぞれのプレゼントより、一回り大きい箱だった。包装を解いてみると、なんと鍋が出てきた。
「あっ、もしかして電子レンジ鍋ですか!」
「そう」
「なに、それ?」
慧が首を傾げる。
「電子レンジで使える鍋だよ。カレーとか煮物とかが、電子レンジで簡単に作れるっていう……高くなかったですか、これ?」
「高いのもあったけど、それは小さいやつだからそこまででもなかったわ」
「ありがとうございます! 一回使ってみたかったんです!」
プレゼントはどれも、好評のようだった。
「あと、これはプレゼントじゃないんだけど、こんなものも持ってきたわ」
バッグの中から、伊緒菜は小さな青い箱を出した。
「ちょっとした余興になるかと思って」
全員で箱を見る。『犯人は踊る』と書かれている。
「これもボードゲームですか?」
「そう。誰が犯人になるか最後までわからない推理ゲーム、『犯人は踊る』。8人までプレイ可能なパーティゲームよ」
いまテーブルには、合計7人座っている。津々実の家族が何人かわからなかったので、プレイ人数に融通の利くゲームを持ってきたのだが、その読みは正しかった。
「ゲーム??」
七海が興味を示し、箱を開けた。ルール説明書と、トランプ大のカードが入っている。カードにはそれぞれ、コミカルなイラストとともに「探偵」「犯人」「第一発見者」などと書かれている。
「ゲームといっても、テレビゲームじゃないわ。カードを使い、対面で勝負するアナログゲームよ」
伊緒菜はルールを説明した。
『犯人は踊る』は、ランダムに配られたカードの中で、誰が犯人カードを持っているかを推理する会話型ゲームだ。しかしゲーム中、手札は頻繁に交換される。つまり、犯人が
犯人の勝利条件は、犯人カードを場に出すことである。ただし犯人カードは手札が残り1枚(つまり犯人カードのみ)になるまで出すことができない。それまで、なんとかして探偵から逃げ続けないといけない。
犯人以外の勝利条件は、犯人カードを持っている人物を当てることだ。ただしその指摘をできるのは、探偵カードか犬カードを持っている人物のみである。しかし当然ながら、探偵カードも移動する。誰が犯人かわかっても探偵カードがなければ指摘できないし、あまつさえ犯人が探偵であることさえある。
「ゲームはターン制で、自分の手番のときに手札を1枚場に出すわ。そのとき、場に出したカードの効果が発動する。犯人を指摘できるのも、自分のターンで探偵カードを出したときよ」
「面白そうだな」
津々実の父親が言った。
「パパ、こういうの好きそうだもんね」
「じゃ、とりあえず一回、やってみましょうか」
『犯人は踊る』は全部で32枚のカードがあるが、使うのは人数×4枚までだ。残りは裏返しのまま箱にしまう。
伊緒菜は手早く、28枚のカードを配った。
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