第31話 7×4=28
ランダムに配られたカードを順番に使用し、誰が「犯人カード」を持っているかを推理する会話型ゲーム、『犯人は踊る』。ただしゲーム中、手札は頻繁に交換されるため、「犯人カード」も次々とプレイヤー達の手を渡る。「踊る犯人」を論理と勘で追い詰めるゲームである。
プレイ可能な人数は3人から8人。今回のプレイヤーは、みぞれ達4人と津々実の両親、そして津々実の弟の七海の、合計7人だ。
「第一発見者のカードを持っている人からゲームを始めるわ。第一発見者はカードを出して、事件のあらましを話してください。……と、私だったわ」
伊緒菜は第一発見者カードを出した。
「誰かが津々実渾身のケーキを全部食べてしまったようだわ。みんなで犯人を推理しましょう」
「それは許せないな、みんなで食べたかったのに」
津々実が話にノり、目撃者カードを出した。
「ちょっとみぞれ、あんた犯人なんじゃないの?」
と言いながら、みぞれのカードを「目撃」した。
「わたしじゃないよぉ」
と津々実だけにカードを見せる。
「まずは情報が必要よね」
津々実ママが情報交換カードを出す。全員左隣、つまりターンの順番と同じ方向の人に、1枚ずつカードを渡した。
「たしか、七海がケーキを食べたがっていたという噂を聞いたんだがな?」
津々実パパがうわさカードを出した。全員右隣、つまりターンの順番とは逆の人から、1枚ずつカードを引いた。
「私は犯人じゃありません。アリバイがあります」
慧がアリバイカードを出した。このカードは、場に出したときはなんの効果もない。犯人カードとともに手に持っているときだけ、探偵に指摘されても「犯人ではありません」と嘘の申告をできるカードだ。初手でアリバイカードを捨てるということは、犯人カードを持っていない可能性が高い。
「では皆さん、目をつぶってください」みぞれが少年カードを出した。「誰にも言わないので、犯人さんは目を開けてください。――ありがとうございます、目をつぶってください。――皆さん目を開けてください」
「何そのカード、最強じゃん」
津々実が少年カードの説明を読んだ。
「でも初手で使うのは賢くないわね」と伊緒菜。「犯人カードはどんどん移っていくから……。それとも、みぞれが犯人なのかしら?」
「さ、さぁ?」
「僕は……じゃあ、たくらむ」
七海がたくらみカードを出した。このカードを出したプレイヤーは、犯人が勝利したときに一緒に勝利する。逆に犯人が負けたときは一緒に負けるので、犯人が勝ちそうだと思ったときに出すべきカードだ。
ターンが一周し、次は伊緒菜の番だ。残り手札は全員3枚である。
「慧は本当に犯人じゃなさそうだし、ちょっと取り引きしましょうか」
伊緒菜が取り引きカードを出した。指定した相手と手札を一枚交換するカードだ。
「じゃあ……私からはこれをあげます」
慧は犬カードを渡した。指定した相手の手札から一枚選び、それが犯人カードなら勝利となるカードだ。自分で使うのは難しそうだが、伊緒菜なら有効活用できるだろうという判断だ。
伊緒菜から渡されたカードを見て、慧は顔を引きつらせた。犯人カードだった。伊緒菜は自分が犯人なのに、すっとぼけていたのだ。しかもいま伊緒菜の手札には犬カードがある。次の伊緒菜の番で、自分の持つ犯人カードを引かれてしまったら負けてしまう。早いところ犯人カードを誰かに押し付けなければ。
運良く次の津々実が情報交換を出したので、慧は犯人カードをみぞれに押し付けた。
続く津々実ママは一般人カードを出した。このカードにはなんの効果もない。津々実パパがたくらみカードを出し、慧の番になった。
「またうわさを流します」
左隣のみぞれが慧のカードを1枚引き、慧は右隣の津々実パパからカードを引いた。探偵カードだ。これで慧の手札は、探偵カードと取り引きカードの2枚になった。
みぞれが目撃者カードを出し、七海のカードを見た。そして七海がアリバイカードを出す。
「みぞれに見られたのにアリバイカードを出すってことは、七海君が犯人じゃない可能性が高いわね」
残り2枚のカードをいじりながら、伊緒菜が推理を話した。
「ど、どうして?」と七海が聞く。
「だってもし犯人だったら、みぞれにそれがバレている。みぞれが探偵かもしれないのだから、その状態でアリバイカードを捨てるのは愚策だわ」
伊緒菜は探偵カードを出し、眼鏡を押し上げた。
「というわけで、犯人はみぞれ、あなたよ」
なるほど、と慧は思った。伊緒菜は慧に犯人カードを渡した。その後、情報交換とうわさが一回ずつ発生した。慧が犯人カードをみぞれに押し付けたことは容易に推測できるだろうから、ポイントは「うわさで犯人カードが七海に移ったかどうか」だ。七海が犯人でないとすれば、カードはみぞれの手に留まっている。
だが。
「違います」
とみぞれは答えた。
「あら? ふぅん、そう……」
伊緒菜の推理を聞いて、津々実は犬カードを出した。
「先輩がなんでみぞれを犯人と思ったのか知らないけど、先輩がそう思ったんなら、たぶんその可能性は高い。伊緒菜先輩はたくらみカードを出してないから、わざと誤爆した可能性もない。つまりみぞれは、犯人カードとアリバイカードを持っているはずだ。でも犬カードなら、アリバイを崩せる!」
津々実はみぞれの手札から一枚引いた。これが犯人カードなら、探偵側の勝利だ。
だが出てきたのは、アリバイカードだった。
「ちっ、2分の1で失敗したか」
「だから犯人じゃないってばぁ」
みぞれは唇を尖らせながら、アリバイカードを手札に戻した。そして手番が移り、津々実ママが目撃者カードを出した。
「もしかして、ここで誰のカードを見るかが重要だったりするかしら?」
「探偵カードを持っているなら、そうですね」と伊緒菜。「しかも探偵カードは最低2枚、最大4枚ありますので、いま持ってなくてもこれから来る可能性もあります」
探偵カードはまだ1枚しか使われていない。津々実ママが探偵カードを持っている可能性は高い。
「じゃあ、七海のカードを見るわ」
七海がカードを見せ、手番が次に移る。津々実パパは、情報交換カードを出した。全員1枚ずつ、左隣のプレイヤーにカードを渡す。慧は取り引きカードをみぞれに渡した。しかし津々実パパから、取り引きカードを渡されてしまった。
慧の手番になった。慧の手札は、探偵カードと取り引きカードだ。取り引きカードを出すと、誰かと探偵カードを交換することになる。犯人がわかりそうなら、探偵カードで指名してしまった方が良い。
慧は推理した。
さっきまで、みぞれが犯人カードとアリバイカードを持っていた可能性は高い。だがいま情報交換をしたので、犯人カードが七海に移った可能性もある。みぞれの今の手札は、取り引き&犯人か、取り引き&アリバイかのどちらかだ。さて、いったいどちらなのか……。
待てよ、同じことが伊緒菜にも推察できるはずだ。もし次のみぞれのターンで、みぞれがアリバイカードを出せば、犯人はみぞれではなく七海だと確定する。取り引きカードを出した場合は犯人かどうかわからないが、次の七海のターンでわかる。七海がアリバイカードを出せばみぞれが元犯人で(そのアリバイカードが、みぞれからもらったものの可能性があるからだ)、みぞれと取り引きした人が犯人だ。七海がアリバイ以外のカードを出せば七海が犯人の可能性が高い(犯人カードは最後の1枚にならないと出せず、みぞれから犯人カードをもらっていたのなら、元々持っていたもう1枚を出さざるを得ないからだ)。
もちろん、伊緒菜は慧が渡したカードが取り引きだと知らないが、知らなくても同じ推察は可能だ。
パターンによっては犯人を確定できない。だがいま勘で犯人を指名するより、伊緒菜のターンまで待った方が確定できる可能性が上がる。ここは取り引きカードで、伊緒菜に探偵カードを渡した方が良い。
「伊緒菜先輩、取り引きしましょう」
「あら良いわね。お互い1枚しか持ってないから、これを交換することになるわね」
慧は伊緒菜に探偵カードを渡した。そして伊緒菜からもらったのは……犯人カードだった。
「んっ!?」
手番が移り、みぞれはアリバイカードを出した。そして七海は、一般人カードを出した。
「私の最後の1枚は、探偵カードよ。そして……」
伊緒菜は指を鳴らすと、慧を指差した。
「犯人はあなたよ、慧」
「……はい、私が犯人です……」
慧は犯人カードをテーブルに出した。
「えっと、これであたし達も勝ちってことですよね?」
津々実がルールを確認する。
「ええ、そうよ。慧と、たくらみカードを出した2人以外は、全員勝利」
「よっしゃー!」
「あーあ、負けてしまったか」
津々実パパが頭をかいた。
「危なかったわ。最後、みぞれか七海君が、うわさとか情報交換を出してたら負けてたかもしれない」
「ちょ、ちょっと待ってください。どうして伊緒菜先輩が犯人カードを持ってたんですか?」
「最後の取り引きのとき?」伊緒菜がにやりと笑う。「たぶん、津々実のお父さんならわかるんじゃないですか?」
「そうか、取り引きで犯人カードと探偵カードが入れ替わったのか」津々実パパが苦笑いする。「みぞれちゃんが集中砲火されてた時点で、犯人カードは七海が持っていたんだよ。そちらの伊緒菜ちゃん?が『七海は犯人じゃない』と言ったとき、七海は少し動揺していた。たぶん、犯人カードを持っていたにも関わらず、ルールをよく理解せずにアリバイカードを捨てたんだ。そこで犯人に勝たせたい僕は、情報交換カードを出して、七海の犯人カードを伊緒菜ちゃんに移させたんだ。伊緒菜ちゃんの方が強そうだったからね」
「いえ、あそこでアリバイカードを捨てたのは、当然だったのよ」と津々実ママが口を出す。「集中砲火のあと七海のカードを見たら、犯人とアリバイだったから。七海はアリバイカードを2枚持ってて、そのうち1枚を捨てたの。動揺したのは、犯人なのに犯人じゃないって言われたからでしょうね」
みぞれも頷いていた。
「わたしが目撃したときも、七海君のカードは犯人1枚とアリバイ2枚だった。わたしは一般人とアリバイだったのに、伊緒菜先輩もつーちゃんも、勘違いするんだもん……」
「あれはだって、伊緒菜先輩がそう言うから……!」
「少なくともあの時点では、あの推理が一番蓋然性が高かったわ」
「もう一回やりたい!」
負けた七海が悔しそうに言い出した。
「そうね、何回でもやりましょう。じゃ、カードを回収するわ」
7人は、飽きるまで『犯人は踊る』をプレイし続けた。
「それじゃあ、来週は部活休みだから、次は1週間後ね」
夕方になり、みぞれ達は帰ることにした。玄関先で、伊緒菜が部員たちに言う。
「活動は試験最終日から再開するから、忘れずに部室に来るように」
「はい」
みぞれ達は並んで帰りながら、テストの話やゲームの話をした。
「あ、そうだ」とみぞれが手を叩く。「わたし、テスト前はいつもつーちゃんに勉強教えてもらってるんだけど、慧ちゃんも一緒に勉強する?」
「いいの?」
慧は数学は得意だが、その他の科目はそうでもない。その得意な数学ですらわざと悪い点を取っているので、慧の成績は全体的に低かった。
「私も参加していい?」伊緒菜が言う。「というか、参加させてくれないと私が寂しいんだけど?」
「もちろんいいですよ。……さすがに二年生の内容は、つーちゃんでもわからないと思いますけど」
慧が伊緒菜を見る。
「私、数学ならたぶん二年の内容でもわかります。いま何やってるんですか?」
「なんか、なんだっけ……何とかの三角形とかいうやつ」
「パスカルの三角形ですか?」
「そう、それ。さすがね」
今度の土日に、また伊緒菜の家に集まって勉強することに決まった。
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