第25話 111211
結局、1001チェックゲームは慧の圧勝だった。最終得点は、慧が8点、津々実1点、みぞれ-1点となった。
「うーん、一回は慧に勝てたんだけどなぁ」
「あれは運が良かっただけでしょ」
トランプを回収しながら、伊緒菜が突っ込んだ。その一回、津々実は1001チェックではなく2001チェックから計算を始め、29の倍数であることを突き止めた。慧は1001チェックから始めていたため、間に合わなかったのだ。
「それで、本当に夕ご飯が豪華になるんですか?」
慧が首を傾げて聞いた。
「あら、意外と食欲旺盛ね」
「別にそういうわけじゃないですけど……」
と慧は髪をいじった。
「たぶん、今日の夕ご飯は、カレーだと思うのよ。私の母さん、子供はみんなカレー好きだと思ってるから」
「はぁ」
高校生は子供の範疇なのだろうか、と慧は思った。
「だから慧には、大盛カレーをあげるわ」
「……。ありがとうございます」
それは豪華なのだろうか、と慧は思った。
「さて次は、練習試合をしましょうか」
ジュースを一口飲んで、伊緒菜が仕切り直した。
「だけど、いつもと同じことをやっても面白くないから、特別ルールを設けるわ」
そう言って、伊緒菜はみぞれと慧に一枚ずつプリントを渡した。
「あとあなたにも」
と、津々実にもプリントを渡す。
「え、あたしも?」
「せっかくだし、4人対戦しましょう。津々実も、見てるだけじゃ暇でしょ?」
わかりました、と津々実は受け取ったプリントに目を落とす。そこには、ずらずらと数字が羅列してあった。
「で、これはなんですか?」
「素数表よ」
あれ、と言って、みぞれが津々実のプリントを覗き込んだ。
「わたしとつーちゃんのプリント、違うものが書いてあります」
伊緒菜はにやりと笑った。
「ええ、3人にはそれぞれ違うプリントを渡したわ。それを見ながら対戦する、というのが次のメニューよ」
「ここに書かれた素数しか出せないってことですか?」
「いえ、書いてない素数も出していいわ。ただ単に、それを見ながら出していい、というだけよ」
慧は眉をひそめた。
「それで練習になるんですか?」
「なるわ。今まで2人には便利な素数をいくつも教えてきたけど、網羅的に教えたわけじゃない。そこには、これまでに私が教えそびれた素数も書かれているから、それを見ながらプレイすることで、少しずつ新しい素数を覚えていけるってわけ」
辞書を片手に英文を読むようなものだ。初めは辞書が手放せないが、いくつも英文を読むうちに覚えている単語が増え、すらすらと英文が読めるようになる。それと同じで、素数表を見ながら何度も対戦すれば、自然とよく使う素数を覚えていくのだ。
津々実が小さく手を挙げた。
「この表、どうやって読むんですか?」
津々実の表は、縦に長かった。中央の縦列に数字が並べられ、その左右に数字とアルファベットが伸びている。
「それは、二枚出し素数に何を追加したら三枚出し素数になるかを表したものよ。例えば、1013は二枚出し素数だけど、その前に2やQをつけると三枚出し素数になる。後ろには3と9がつく」
「あ、そう見るんですね」
この表は結果的に、すべての二枚出し素数と、二百個以上の三枚出し素数をまとめたものになっている。二枚出し素数すら覚えていない津々実にとって、ありがたい表だ。
「何を渡したかは、公開情報にしましょうか。慧に渡したのは、覚えやすい、または覚えておくべき合成数出しの一覧よ」
慧は手元のプリントを見た。合成数とその素因数分解が列挙され、その横にそれぞれの使いどころや語呂合わせが書かれている。
「慧は暗記が苦手みたいだけど、語呂合わせなら覚えられそうでしょ?」
「ええ、まぁ」
「それでいて、計算が得意。だから、例えばこれ」
伊緒菜はリストの中のひとつを指差した。
「これを覚えておけば、443×7がいくつかも、あなたならすぐにわかるでしょ?」
慧は一秒ほど考えてから、
「3101」
伊緒菜はにこりと笑った。
「この四人の中では、慧が一番、この表を使いこなせるわ」
慧は九九を習ったときのことを思い出した。暗記が苦手な慧は、九九を覚えるのも苦労した。だから、まずは5の段だけ覚えたのだ。それだけでも暗記しておけば、たとえば4×7は、4×5+4+4で求められる。
「そしてみぞれに渡したのは、三枚出し素数の一覧よ。全部で338個あるわ」
シンプルな表だった。表というより、リストだ。338個の素数が、ずらりと並べてある。
「どうしてわたしは、この表なんですか?」
「あなたはすごく記憶力がいいからよ。それを見ながら試合をすれば、あなたならそれを全部覚えることもできるはずよ」
「え、そんな」みぞれはパタパタと手を振った。「わたし、別に暗記得意じゃないですよ」
「謙遜はいいわ。だってあなた、試合で一回見た素数は全部覚えてるじゃない」
「えっ!?」
慧も津々実も驚いていたが、何よりみぞれが一番驚いた。
「お、覚えてませんよ」
「そう? 全部は言い過ぎかもしれないけど、かなりの量を一回見ただけで覚えてるはずよ」
「でもわたし、暗記って苦手ですし……。テストだって、いつもつーちゃんより低いですし」
事実がどうあれ、みぞれ自身は自分を暗記下手だと思っているようだ。どうしてだろう、と伊緒菜は考えたが、答えはわからなかった。
「ところで、先輩は素数表使わないんですか?」
慧が尋ねると、伊緒菜は眼鏡を押し上げた。
「私はいらないわ。なくてもあなた達には勝てるからね」
あからさまな挑発だ。不敵な笑みを浮かべている。
「QKは運が絡むから、絶対とは言わない。でも、10回中9回は、一位を取れる自信があるわ」
「言いますね」津々実も負けじと挑発した。「じゃあ、あたし達の誰かが2回一位を取ったら、カレー大盛にしてもらいますよ」
結局それでいいんだ、とみぞれは思った。
カードドローで親を決め、カードを配った。四人に十一枚ずつ配ると、山札は十枚しか残らない。いつもより小さい山だな、とみぞれは思った。
「じゃあ、あたしからだね」
札を取った津々実が言う。津々実が親で、そこから時計回りにみぞれ、慧、伊緒菜の順番となった。
「シンキングタイムは1分ですか?」
「そうね、シンキングタイム1分、そして1手1分でやりましょうか」
「短いですね」
「4人だからね。ダラダラやると長くなるし、それに他の人が考えてる間にも考えれば、実質1手4分よ」
伊緒菜がタイマーを動かす。全員、自分の手札を見た。
津々実は手札を小さい順に並べた。2、2、3、4、5、7、10、Q、Q、K、ジョーカー。まず目につくのは、グロタンカットの57だ。これだけ先によけておく。
手元の表を見ながら、カードを並べ替える。小さい方の三枚、223が素数だとわかった。それから、二桁カードを三枚使ったQ10Kも素数だ。
これらを除くと、残るのはジョーカーと4とQ。表と見比べながら、この三枚を使える素数を探すと……ジョーカーをKとすれば、4QKが出せる。
おや、と津々実は思った。これで山札から引くことなく、手札を使い切れる。
最初に223を出し、次にQ10Kを出す。これより強い素数もあるようだが、運が悪くなければ出ないだろう。場が流れたら、57でもう一度流して、4QKで上がれる。
「はい、シンキングタイム終了」
ちょうどそのとき、伊緒菜が言った。
「津々実からスタートよ」
「はい、223!」
津々実はノンタイムでカードを出した。
「あら、早いわね。223は素数よ。じゃあ、みぞれ」
「ええと」
みぞれは手札を見て、まごついていた。みぞれの手札には、なんと9が三枚もあった。一見強そうだが、二桁カードがJ、Q、Kの三枚しかなく、大きい素数が作りにくい手札だった。J、Q、Kの三枚はどう並べ替えても三の倍数になるため、六桁の素数が作れないのだ。
「64
「641は素数です」
伊緒菜が宣言して、タイマーをリスタートさせる。慧を見ると、彼女も表とにらめっこしながら手札を並べ替えていた。
慧の手札は、2、3、3、6、7、8、8、10、10、K、ジョーカーだった。手札を開いて、すぐに810Kが目についた。さらに慧は、これを除いた八枚で合成数出しができることに気付いていた。
ジョーカーを4として使えば、
問題は、これをいつ出すか、だ。場が四枚出しになるのを待つか? しかしこの合成数は、出すのが大変な割にあまり強くない。四枚出しの場で必ずしも出せるとは限らない。
だから、先に810Kを出して、親になり、この合成数出しをする。これを狙うしかない。では、810Kをいつ出すべきだろうか。
いま、場は641だ。もう少し数が大きくなるのを待とう。他の三人が二桁カードを消費してから810Kを出した方が、親を取れる確率が上がる。慧はそう判断した。
「パスします」
「あら、これでパスするの。じゃあ次は私ね」
タイマーをリスタートさせる。伊緒菜は十秒ほど悩んだ後、
「一枚引くわ」
と言って山札からドローした。
出てきたカードを見て、伊緒菜は目を丸くした。手札にJが二枚あるのに、出てきたのもJだった。ついでに言うと、Aも三枚ある。偏った手札だ。
Jを三枚並べても素数にはならないが、ここにKを加えたJKJJは素数だ。ちょうど手札にKもあるので、誰かが四枚出しの場にしてくれれば、俄然有利となるのだが。
伊緒菜はとりあえず、小さい三枚を出すことにした。
「643」
「ええと、たしか素数ですね」
念のため、慧がスマホで確認する。たしかに素数だった。
「じゃあ次はあたしね」
場の動きは順調だった。津々実は予定通りにカードを出した。
「
おお、と三人がどよめいた。いきなり大きな数が出てきたからだ。
特に慧は顔をしかめていた。810Kを出して親を取るつもりだったのに、それより大きい素数が出てきてしまった。
みぞれは手札を眺めた。いま二桁カードはJ、Q、Kの三枚しかないから、Q10Kに勝てる素数はない。
「一枚引きます」
二桁カード来て……と念じながら引いた。出てきたのは、運の良いことに10だった。これなら、K10Jが出せる。
問題は、出したあとだ。残るのは、5、8、9、9、9、Qの六枚。特にQの処理が厄介だ。3の倍数同士を足すと3の倍数になると、ついさっき慧に教わった。だから、9とQをどう組み合わせても、絶対に3の倍数になる。せっかく9が三枚もあるのに、役立たないのだ。
5Q9とか8Q9が素数にならないかな、と素数表を見たが、どちらも載っていない。5J9や8Q3なら素数なのだが……。
「みぞれ、あと10秒よ」
伊緒菜に言われ、みぞれは慌ててカードを出した。
「ええと、
「素数ね」
「あー、なんだ出ちゃうのか」
津々実が嘆いた。親が取れる気満々でいたようだ。
慧はどうすべきか悩んでいた。まだ一枚も出していない。もう最初に考えた作戦は捨てて、別の作戦を考えるべきか。
どちらにせよ、今の慧の手札では場より強い素数は出せない。何か出ないかと期待して、慧は一枚ドローした。出たのは4だった。
「パスします」
4が加わったことで、何か別の合成数出しができるようになっていないだろうか。慧は表と手札を見比べた。
その横で、伊緒菜はカードカウンティングをしていた。ここまでに出たのは、223、64A、643、Q10K、K10Jだ。Jが1枚、Qが1枚、Kが2枚。いまの伊緒菜の手札には、Jが3枚、Kが1枚ある。つまり、既に自分以外の手札にJは存在しない。Kも1枚しかない。ということは……。
「これで勝てるかしらね。
これより強い三枚出し素数は、KQKとKKJの2つだ。だが既にJはなく、Kも1枚しかないので、ジョーカー2枚を使わない限りこれらを出すことはできない。まさか持ってる人はいないだろう、と伊緒菜は判断した。
「まだそんなに札があるのに、もう勝った気でいるんですか?」
と津々実が挑発するように言う。伊緒菜の手札は残り6枚だ。伊緒菜は余裕綽々の表情で答えた。
「当然よ。津々実は知らないかもしれないけど、QKは残り枚数が多いからって不利とは限らないのよ。それに実際、三人ともこれに勝てる札、持ってないでしょ?」
その通りだった。三人は全員パスし、場が流れた。伊緒菜の親だ。
「じゃあ私の番ね。通るかどうか少し不安だけど……」
言いながら、5枚のカードを場に出した。
「
「なんですかそれ!」
津々実が声を上げた。みぞれも驚いたが、よく見れば、これは三枚出し素数の
伊緒菜は残り1枚だ。ここで誰かが阻止しなければ、伊緒菜が一位になってしまう。
津々実の残り手札は5枚。4、5、7、Q、ジョーカー。
もらった素数表には、五枚出し素数は書かれていない。ここから先は、自分で考えなくては。
何か、伊緒菜の一抜けを阻止する方法はないか……!?
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