第26話 3:1

 場には、伊緒菜が出した五枚出し素数AAA11111がある。津々実の残り手札は4、5、7、Q、ジョーカーの五枚。伊緒菜の残り手札は一枚なので、ここで誰かが阻止しなければ、伊緒菜が一位で上がってしまう。

 どうするべきか、と津々実は考えた。もらった素数表には、五枚出し素数は書かれていない。1001チェックで素数を探すか。いや、決まった数のチェックならともかく、何通りも並べ替えて1001チェックを繰り返すには、1分は短すぎる。

 津々実は小さく手を挙げて質問した。

「これって、タイムアップになったら、その時点で負けですか?」

「いえ、強制パスにするつもりよ」

 それならば。津々実はみぞれの顔を見た。

「みぞれ、あたしはこのまま、何も出さず、パスも宣言しない。だから、あたしの持ち時間もフルに使って、この五枚に勝てる素数を探して」

 なるほど、と伊緒菜は思った。いまの三人は、特に津々実は、打倒伊緒菜を掲げている。QKは個人戦だが、今回ばかりは三対一のチーム戦なのだ。

 みぞれは真剣な顔で津々実に頷いた。そして、手札に目を落とす。

 みぞれの手札は、5、8、9、9、9、Qの6枚。このうち5枚を取って、素数が作れるか?

 仮にこの場で5枚出しが成功した場合、残るのは1枚だ。その1枚は素数にするべきなので、みぞれは「5」を残すことにした。残りの5枚で素数を作ろう。

 812999から2002を引くと810997、1001を真ん中から引くと800987、8008を上から引くと187。これは……11の倍数だ! この順番ではダメだ、並べ替えないと。

 そのとき、タイマーが鳴った。津々実の持ち時間が切れたのだ。

「津々実は強制パスで、次はみぞれの手番。……あと1分よ」

 みぞれは128999をチェックし始めた。上から1001を引き、下から9009を引き……13の倍数だと突き止めた。みぞれは並べ替えて、他の素数を探し始めた。

 伊緒菜は、ここでみぞれが何を出すか、注目していた。これに勝てる5枚出しを知らない以上、みぞれは1001チェックや2001チェックを駆使して素数を探すなり、勘で出すなりしないといけない。知らない5枚出しでも、1分以内にチェックして出せるようにならなければ、伊緒菜と互角にやり合うことはできない。

 だが、そこでタイマーが鳴った。

「みぞれ、タイムアップ」

129899!」

 みぞれは咄嗟に、手にしていた五枚を出した。まだ1001チェックも終わっていない。完全な勘出しだった。

「時間ギリギリね。まあ、いいわ。チェックしましょう」

 伊緒菜はスマホを操作した。結果を見て、宣言する。

「残念、129899は素数ではありません。7と11の倍数よ」

「7と11?」

 ということは、1001チェックで確認できたはずだ。あともう少し時間があれば、避けれたのに……。

 伊緒菜は、みぞれが失敗したことに少しだけ落胆した。しかし、1001チェックはさっき教えたばかりだ。使いこなせるようになるには、まだまだ時間がかかるだろう。これから育てていけばいいや、と伊緒菜は思った。

 みぞれは出した札を手札に戻し、さらに山札から五枚引いた。出てきたのは、すべて一桁のカード。6、7、7、8、9だった。なんと、9が四枚揃ってしまった。しかも、手札は残り11枚。振り出しに戻ってしまった。

「はい、次は慧のターン」

 伊緒菜が見たとき、慧は既に手札と表を見比べて、思考していた。慧も慧で、津々実とみぞれがくれた2分間で1001チェックや合成数出しの探索をしていたのだ。

 慧の残り手札は、2、3、3、4、6、7、8、8、10、10、K、ジョーカーの十二枚。出せそうな合成数出しはちらちら見つかるのだが、どれも一枚何かが足りない。

 ドローするべきか。しかし、今の手札を崩す踏ん切りがつかなかった。この手札は、810Kとジョーカー、そして合成数出しの3手で上がれるのだ。

「……パスします」

 伊緒菜がにやりと笑う。

「これで一巡したわね」

 結局、三人がかりでも伊緒菜の五枚出しには抵抗できなかった。

「はい、最後の一枚」と言って、伊緒菜は5を出した。「これで私の勝ち」

「強い……」

 悔しそうに津々実が言った。伊緒菜は満面の笑みを浮かべている。柳高校で練習試合をしたときもこんな顔をしていたな、とみぞれは思った。

「この場合、どうなるんですか? 続けるんですか?」

 慧が質問する。伊緒菜はホワイトボードの文字を消しながら、

「そうね、私の5から続けましょう」

 と言った。それからペンを取って、四人の名前をボードに書く。

「一位は2点、二位は1点、三位は0点、四位は-1点でいい?」

 答えを聞く前に、自分の名前の下に「2」と書いた。

「またやるんですね」と慧。

「総合一位なら、カレー大盛ですか?」と津々実が聞く。

「まあ、そうなるかしら。さあ、続けて?」

 伊緒菜がタイマーをスタートさせる。みぞれ達はゲームに戻った。

 次は津々実の番だった。残り手札は4、5、7、Q、ジョーカーの5枚。場は「5」なので、出せるのは7かジョーカーだ。

 表を見ながら考える。ジョーカーを出した場合、残る4枚で作れる素数は、Q7、457、4Q7。ただし、Q7を出すと残るのは4と5で、この2枚では素数にならない。457を出した場合も、残りはQだけなので素数にならない。4Q7を出したときだけ、素数の5が手札に残る。

 7を出した場合も、概ね同じだ。ジョーカーは7にもなるからだ。違うのは、ジョーカーをKにすれば4QKが出せるということだ。

 同じなら、手札にジョーカーを残しておいた方が有利だろう、と津々実は判断した。

「7」

「素数ね」

 判定するまでもないが、伊緒菜は一応宣言した。

 みぞれの手札は11枚もあるが、これより強い一枚出し素数はない。みぞれはパスし、慧の番になった。

 伊緒菜は慧の手札を覗き込んだ。慧がなかなかカードを出さないのはどうしてかなと疑問だったが、手札を見てすぐにわかった。最初に考えた作戦に固執しすぎていたのだ。よくあることだ。

「策士策に溺れたわね」

「悪かったですね」

 ムッとしながら答える。だが、もう勝てるはずだ。慧は手札から一枚出した。

「ジョーカー」

 一枚出しのジョーカーが出たときは、強制的に場が流れる。伊緒菜が場を流すと、慧は続けてカードを三枚出した。

「81013

 これは通るかな、と伊緒菜は考えた。QKでは、場から流れたカードは山札の下にいく。最初、山札は十枚しかなかったから、そろそろ流れたカードが山札から出てくる頃ではないだろうか。

 だが、津々実もみぞれも山札からドローしなかったため、場はそのまま流れた。自分の番になると、慧はホッと溜息を吐いて、残りの八枚を場に並べた。

「2^7×3^4=10368」

 津々実がスマホで判定した。

「……合ってる」

「ここに書いてあるからね」

 と表を見せる。

「さぁて、残り二人ね。どっちが勝つかしら?」

 ボードに得点を書いて、伊緒菜が楽し気に二人を見る。次は津々実の番だ。

 場は四枚で、津々実の手札は残り四枚。4、5、Q、ジョーカーだ。津々実はみぞれの手札も確認した。みぞれは残り11枚。いま急いで出さなくても、この枚数差なら勝てるのでは? それに、もしみぞれもパスすれば、次は津々実が親になる。そしたら4QKからの5で勝てるかもしれない。

「パスします」

 みぞれの手番に移った。みぞれの手札は、5、6、7、7、8、8、9、9、9、9、Qの11枚。慧の出した10368を超えるためには、Qを必ず使わないといけない。この中で出せる四枚五桁の素数は……。

「たしか、これが素数だったはず。88Q9ヤバい肉

 フフッと慧が噴き出した。伊緒菜はスマホをいじるまでもなく、

88129ヤバい肉は素数です」

 と宣言した。

「出ちゃうのかー」

 油断した。みぞれなら11対4からでも逆転勝利してしまうかもしれない。ここはなんとか四枚出しで終わらせるしかない。

 幸いにも、津々実の手札にはQとジョーカーがある。四枚全部使えば、作れる数は六桁だ。どう並べ替えても、場より強い。問題は、どれが素数になるかだが。

 ジョーカーをKとすれば、例えば45QKが出せるが……これは7の倍数だ。54QKとすると…………今度は23の倍数だ。

「あと10秒よ」

 伊緒菜の宣言を聞いて津々実は慌てた。

「ええい、わかんないから勘だ! 124513!」

 これが素数かどうか、この場にいる全員がわからなかった。

「124513は……」

 伊緒菜がスマホで判定する。津々実は固唾を呑んで判定を待った。

「素数です! よってこの勝負、津々実の勝ち!」

 やったー、と津々実が万歳した。そしてみぞれの最下位が決定した。


「負けちゃいました……」

 スティック菓子をぽりぽりと齧りながら、みぞれはしょんぼりとした。

「まあ、そんなに気に病む必要はないわ。特殊ルールだったんだし」

 伊緒菜はホワイトボードに得点を書いた。

「しかも、4人対戦だったからね。2人対戦のときとは、必要な戦略も随分変わるわよ」

「そうなんですか?」

「ええ。対戦人数が多い場合は、誰かしらが強いカードを持っている可能性が高くなるからね。これで親が取れるはず、と思って出したものが、あっさりカウンターされてしまうのよ」

 津々実も菓子を食べながら、

「なら、2人対戦で練習した方が良いんじゃないですか? 大会は2人対戦だけなんですよね?」

「今日の目標は試合で勝つことじゃなくて、素数を覚えることだからね。勝てるかどうかよりも、色んな素数や合成数を出すことを意識しましょう。せっかく1001チェックも教えたんだから、四枚出しや五枚出しも積極的にしていってね?」

 いずれそうすることになるだろうな、と津々実は思った。伊緒菜は二枚出しはすべて覚えているだろうし、三枚出しも有用なのは全部覚えているはずだ。伊緒菜を倒すためには、五枚出し以上で攻めていくしかない。さすがの伊緒菜も、五枚出しはほとんど覚えていないだろう。

 しかし、そう考えたのが間違いだった。

41593よいコックさん!」

 これでどうだ、と津々実は五枚出しをした。

「あら、よく知ってたわね、それ」

「なんか、前にみぞれが言ってたんです」

 みぞれと慧がともにパスし、伊緒菜の番になった。ここで伊緒菜が出さなければ、津々実は57からの997で勝てる。

 だが伊緒菜は動揺することなく、手札から五枚出した。

「はい、8272ハニーナニー素数

「なっ!」

 衝撃を受けている津々実を見て、伊緒菜はにやりと笑った。

「甘いわね。その程度で私を倒そうなんて。さあ、その五枚を出し切れるかしら?」

 津々実はここに来て、五枚出しで攻める作戦の欠点に気付いた。運悪くカウンターされてしまった場合、あとが続かないのだ。五枚出し素数を覚えていないのは、むしろ自分の方だった。

「じゃあ……これで行きます。99757!」

 これは伊緒菜もわからなかったので、素数判定アプリにかけた。

「99757は……素数ではありません! 7×14251ですって」

「7……ってことは、1001チェックで抜けたのかーっ」

「ちなみに、99577だと素数になるみたいね」

 結局、この試合も伊緒菜が一位を取ってしまった。

「やっぱり一致団結してやろう」

 ついに津々実が提案した。

「団結するのはいいけど、手札を教え合うのはなしね」と伊緒菜が釘を刺した。「三人が手札を見せ合って最善手を探ったりしたら、さすがの私でも勝てないから」

「わかりました、それでいいです」

 大量枚数では伊緒菜に勝てない。必然的に、二枚出しや三枚出しで攻めることになった。三対一なので、無理に自分が親を取る必要はない。自分達の誰かが親になれそうなら、そこで自分は出すのをやめる。伊緒菜が強い手を出してきたときだけ、誰かがより強い手を出すことにした。

 この作戦は、実行そのものは簡単だった。何より、自分達が持っている表を有効活用できる。自分が勝てなくても、伊緒菜を倒すことはできるはずだ。

 だが、それでも伊緒菜が勝ってしまった。

「強すぎませんか!?」

「いえ、今のは引きが良かっただけだわ」

 試合中、伊緒菜は何度も負けたかと思った。

「格上相手に二枚出しを繰り返すのは、実は有効な手立てよ。ほら、柳高校でも、みぞれ相手に美沙さんが使ってたでしょ?」

 みぞれ達は、練習試合の様子を思い出した。あれは美沙が三枚出しをあまり覚えていないからでもあったが、結果的に有効な戦略であった。

「格上が強い理由のひとつは、大きい素数をいくつも知っているからよ。二枚出しは、それを封じる単純かつ強力な手段といえる。だけど……」

 間を空けて、なぜ勝てたのかを自己分析した。引きが良かったのもあるが、最大の要因は他にある。

「今の作戦は、三人が一丸となっていたから、私視点では一対一と変わらなかった。一対一なら、二枚出ししてくる相手をいなす戦術はいくらでもあるからね。手札33枚の相手と戦っているようなものだったわ」

 その後も手を変え品を変え、何度も挑戦した。津々実が親になったときは二枚出しで攻め、みぞれや慧が親になったときは四枚出しや五枚出しで勝負する。一丸となりつつも、一対一にならないように、柔軟な対応を続けた。

 だが、それでも一度たりとも伊緒菜に勝てなかった。

「まさか私も、自分がここまで強いとは思ってなかったわ。今日はやたらと引きがいいのもあるけど」

 悔しそうな後輩たちを見ながら、菓子を食べる。ジュースを飲むと、にやりと笑った。

「じゃあ試しに、あなた達が私の初期手札を決めてみる? トランプの中から好きな11枚を選んで、私に渡して。それから三人に、シャッフルして配りましょう」

 その表情には、王者の余裕が現れていた。さすがにこれは無理かな、と伊緒菜も思ったが、無謀を承知で挑戦したくなったのだ。

 早速三人は、伊緒菜に渡す札を考え始めた。

「なるべく素数を作れない11枚を渡せば良いんだよね」と津々実。

「そんな都合のいい組み合わせ、ある?」とみぞれ。

「あるわ」と慧が自信たっぷりに言った。「でも、単に素数を作れない組み合わせだと、カマトトで一気に手札を増やして有利な手札にすることもできるわ。だから、なるべく大きな数が作れない手札にした方が良い」

 協議の結果、伊緒菜に11枚が渡された。さてどんな札が来たかな、と手札を開いて、思わず叫んだ。

「こんなの勝てるわけないでしょっ!!」

 渡された11枚は、2、2、4、4、4、5、5、6、6、Q、Qだった。後輩たちがにやにやと笑っている。

 二桁以上の素数は、1の位に5が来ない。だから、5は実質、偶数のようなものだ。つまりこの手札は、11枚全部が偶数と言える。

「それだけではありません」と、珍しく慧が意気揚々と話す。「四つ子素数の82ハニー素数を出させないために8がなく、同じく四つ子素数の2101集い素数や8104宿し素数を出させないために10がありません。一方で、私達がこれらを出しやすくするために2を2枚しか渡しませんでした」

「さらに」と津々実が続ける。「処理が難しいQを二枚渡しました。四枚渡さなかったのは、二枚出し最強素数QKや、三枚出しのKQKをあたし達が出せるようにするためです」

「そして」とみぞれが締めくくる。「2と4を多めに、6とQを少なめに渡すことで、カマトトもしづらくしました。場より小さい数は、出せませんからね」

 間違って場より小さい数を出しても、ペナルティは発生しない。出した札が手に戻るだけだ。

「さぁ、始めましょう!」

 津々実がトランプを配り、手札を開いた。


 それでも伊緒菜が勝ったので、四人はもう笑うしかなかった。

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