第9話 山田さんは心配性

 食事を終えた俺は、栄養ドリンクなどを買いに行く為にコンビニに行くことにした。

「いってきます」

 この家に住んでから初めて行った言葉だった。

 傘を持って外に出ると雨はいつのまにか止んでいた。

「この雨が止んだら……」

 シイの言葉を思い出しながら俺はポツリと呟いた。

 彼女はあのとき俺に何を言おうとしていたのだろうか。

 何か大事なことを言おうとしているような感じがした。

 しかしいくら気にしても分かるわけがない。真相は彼女のみ知るのだから。

 俺はマンションから少し歩いた所にあるコンビニでポカリスウェットやウィダー、フルーツ缶などを買うと家路へと急いだ。


「ただいま……」

 家を出る時同様に返事はなかった。安心と心配が半分半分だった。

 部屋に戻るとシイが苦しそうに息を漏らしながら寝ていた。

「ごめん俺は何も出来ない。そういう人間なんだ」

 俺はシイの柔い手のひらを握った。それくらいのことしかできなかった。

 こういう時、己の無力さを痛感させられる。

 結局俺は彼女にもらってばかりだった。

 何も持っていない俺が彼女に与えられるものは果たしてあるのだろうか。

 気がつくと心なしか彼女の呼吸は先ほどよりも落ち着いているような気がした。

 そして彼女の閉じた瞼から涙が流れていた。

 その涙の理由を俺は知るはずもない。

 俺は彼女のことをなんにも知らないのだから。

 知ろうとしなかったの間違いか……

 彼女は時々俺に何か言おうとしていたような気がした。けれど言おうとはしなかった。

 俺は彼女が話したくないことなら無理に話してくれなくていいと思って黙っていた。

 今日俺が感じた違和感はやはり気のせいではなかったのだ。

 元気になったらきちんと話をしよう。俺はそう心に決めた。

 今日は俺もいろいろと疲れた。

 そろそろ休もうと思ったのだが、シイが俺の手をぎゅっと握っていて離してくれそうになかった。

 とは言っても、この手を解こうと思えば解くことはいくらでもできるだろう。

 けれど俺はシイの手を握ったままベッドにもたれかかった状態で眠りについた。


「早く元気になれよ」俺の呟きだけが部屋に残った。

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