第5話 山田さんは不器用なようです
そのあとは二人でご飯を食べたりテレビを見たりして過ごした。
俺は風呂から上がると冷蔵庫から缶ビールを二本取り出し、一本をシイに勧めた。
シイは「ありがとうございます」と礼を言ったあと
「でもお酒は苦手なので遠慮しておきます」と断ったので結局俺は一人で飲むことにした。
普段は一本しか飲まないのだが、もう一本を冷蔵庫に戻す気にもなれなかった俺は二本とも飲んだ。
俺はお酒はあんまり強くない、かといって酔ってからみ酒をするなどめんどくさくなったりはしない。
はず……誰かと飲んだことないから分からないんだけど。
少なくともそんな風になるまで飲むような真似はしない。
しばらくしてアルコールが回ってきたのか俺はいつの間にか眠ってしまっていた。
二日目
朝になり俺は目を覚ました。やけに首が痛かった。
どうやらテーブルに突っ伏して寝てしまったらしい。
気がつくと肩には見慣れないブランケットがかかっていた。
そしてベットの隣にはイモムシのように寝袋にくるまって眠っているシイの姿があった。
ベッドに誰もいないのに、二人で床に寝るというなんとも奇妙な図だった。
ベッドで寝ればよかったのに、なんて思ったがシイがそんなことできる人じゃないことはたった一日でも分かっていた。
俺はすやすや眠るシイの寝顔を少しだけ眺めたあと朝食の支度に取り掛かった。
俺はなるべく栄養のあるものを作ろうと思った。
「朝食できたから食べるぞ」
朝食の支度を終えた俺はシイを呼んだが、こいつがなかなか起きない。
どうしたものか悩んだ末に俺はブランケットをシイの顔の上にバサっと被せた。
「お返しだ」
なんか恩を仇で返している気がして少し罪悪感に苛まれた。
するとシイが少しもぞもぞしたあと起き上がってきた。
「メシできてる」
「……すみません、おはようございます……」シイが眠い目をこすりながら寝袋から出てきた。
敬語なのに声がふにゃふにゃしているのがなんだか可笑しかった。
どうやらシイは朝に弱いらしい。
俺は「もう少し寝るか?」と聞いたが「せっかくのご飯が冷めてしまいます」と言って顔を洗いにいった。
朝食はそんな大したものじゃなかったけれどシイは美味しそうに食べた。
「それで今日はどうしますか?」
シイが食器を洗いながら聞く。
「そうだなぁ、シイは夏休みの予定とかなかったのか?」
「私ですか、無いのでこうして山田さんのところに参りました」
「俺と居ても退屈するだけだと思うけどな」
「私はそんなことないですけど、山田さんは私なんかと居て退屈じゃないですか?」
洗い物をしている水道の音が少し小さくなった気がした。
「まぁ俺はあいにく誰かと一緒にいるのが珍しいんでね、退屈はしてないよ」
「……そうですか」
「あと私なんかなんて言い方はしなくていい」
「え?」
「自分の価値を自分で下げるようなことはしないほうがいい」
謙遜とは必ずしも美徳であるとは限らない。
卑下、自虐という言葉があるように知らないうちに自分を貶めていることだってある。
「そうですね、分かりました」
こういう所が他人を不愉快にするのかもな。
洗い物を終えたシイはリビングに戻ると後ろで束ねていた髪留めを解いた。
「随分髪長いんだな」
シイの後ろ髪は腰の辺りまで伸びていた。
何物にも染まっていないような黒くて真っ直ぐな髪だった。
「そうですね、思えば随分と長くなりました」
シイは長い髪の先をくるくるしながら笑った。
「公園にでも行きましょうか」
シイは笑顔のまま言った。
断る理由もなかった俺はそうだなと言って頷いた。
俺たちは簡単な弁当を用意すると、家から少し歩いたところにある公園に向かった。
公園は噴水や芝生、アスレチックなどがあった。
夏休みのせいか公園は小さな子ども連れの家族で賑わっていた。
俺たちは木陰のベンチに腰掛けて子どもたちを眺めていた。
「子どもはいいですね、自由で何もかもが新鮮で……」
ふとシイは微笑みながら言った。
それはまだ何か言いたいことがありそうな言い方だった。
シイはシイで何かを抱えているのだと思った。
それもそうだ、何も考えていない人間なんてどこにもいないのだから。
シイの子どもの頃が少し気になったが聞くのは無粋な気がしてやめた。
「子どもは子どもで大変なものさ、隣の芝生は青いとはよく言ったものだ。子どもは早く大人になりたいと思うし、大人は子どもの頃に戻りたいと思う。結局のところ、子どもも大人も今の自分にないものが欲しいだけなのさ」
こういうときこんな言い方しかできない自分に少し嫌気がさした。
「確かにそうかもしれませんね」
「子どもの頃は誰しも夢とかいろんなものを持っている。けれど大人になるにつれて段々とそういったものを捨てていくんだ。その方が人は楽に生きられるから」
無理して追いかけるくらいなら、いっそ諦めてしまった方が楽なのだ。
またしても他人を不愉快にさせることを言ってしまった。
わかってはいるのに口から出てしまう。
変なところで気が回るくせに、こういうときは不器用なものだからほんと困りものだ。
「山田さんも夢とかありましたか?」
「もう無いみたいな言い方だな。まぁその通りなんだけど、その辺の道端に置いてきた。シイは?」
「私は……まだ捨てきれないのかもしれませんね」笑顔を作るシイ。
シイの笑顔は好きだ。けれどこういう笑顔は見たくはなかった。
胸に鋭い針が刺さったような感じがした。
「別にいいんじゃないのか?」
シイが俺の顔を見る。
「俺みたいに中途半端で諦め切れるような夢なら忘れたほうが楽かもしれない。でも捨てきれないような夢なら無理して捨てる必要はないだろ」
別に夢を諦めろと言いたかったわけじゃない。
俺と同じ過ちをしてほしくなかったのかもしれない。
「そういうものですか?」
「あぁ、夢に向かって頑張ってる人には本当感心する。少なくとも俺は馬鹿にしたりはしない」
「そう……ですか」
俺たちは少しの間黙ってドッジボールをしている子どもたちを眺めていた。
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