第4話 山田さんはツンデレなのかもしれない

 人があまり多くないから油断していた。

 俺は少し足早にきた道を戻った。

 まだそんな遠くにはいってないはず。

 少し探し回るとベンチに一人で座っているシイの姿を見つけた。

 シイの腰まである長い髪は俺には目立って見えた。

「探したぞ」

「あ、山田さん……すいません」

 シイは目線を下に落とした

「別にいいよ、疲れたのか?」

「はい、少しだけ」

 人の多いところは疲れますねとシイは笑っていた。

「そうか、ちょっと飲み物買ってくる」

「はい、私はここにいますね」


 飲み物を二本買って戻ると、一本をシイの膝の上にポンと置いた。

「これ、私にですか?」

 驚いたような顔をするシイ。

 普通のことをしたつもりだったが、なぜか驚かれてしまった。

「何かおかしかったか?」

「いえ、ありがとうございます、いただきます」


「ひょっとして足痛いのか?」

 俺はなんとなく聞いてみた。

 違ったならそれでよかったから。

「え、どうしてですか?」

 シイは本当によく驚いた顔をする。

 反応と表情からしてどうやら図星らしかった。

「なんとなく」

 本当はシイのヒールが新品だったから聞いてみたのだが言わなかった。

「……少し靴擦れしちゃったみたいです」

 シイがうつむきながら話す。

「ヒール脱げるか?」

「え、はい」

 俺はシイにヒールを脱がすとそのままシイをおんぶした。

 シイはとても細かった。ちゃんと飯食ってるのか心配になるくらいだった。

 こういうとき女の子のことをよく軽いと言うがシイの場合は本当だった。

 シイは恥ずかしかったのかずっと俺の背中に顔をうずめていた。

 少しだけドキドキした。


 帰り道、 シイが一つ聞いてきた。

「今日の私たちって付き合ってるように見えたんですかね?」

 シイの声が背中に響いた。

 どうしてそんなことを聞いたのか俺にはよくわからなかった。

「さぁどうかな、俺は他人じゃないからよくわからない」

「それも、そうですよね」

「…………まぁでもスタッフの人が嘘を言ってなければそういうことなんだろう」

 あのときシイが否定しなかったので俺も否定をするわけにはいかなかった。

 したら負けなような気がしたんだ。

「……それもそうですね」

 どうやら納得したようだった。

 そのあとはシイがあまり喋らなかったので俺たちの間にほとんど会話はなかった。


 家に着く頃にはすっかり日も沈んでいた。

「今日はすいませんでした」

 家に着くなりシイは俺に謝った。

 おんぶしていたときも「すいません、すいません」とか言っていた。

 その度に俺は「別に気にしないでいい」と言っていたのだが、シイはそういうわけにもいかなかったらしい。

 謝られるも癪だった俺は少しだけ昔話をすることにした。

 あまり自分のことを語るのは好きじゃないんだが、今の状況のほうが俺は好きじゃない。

「俺には妹がいるんだ、きみよりも少し年下で今は高校生になるかな……思えばもうしばらく会ってない」

 シイはようやく俯いていた顔を上げると、黙って俺の話の続きを待っていた。

 俺はシイから顔を逸らすと話を続けた。

「妹は俺に懐いていて、昔はよく一緒に遊んでいたんだ。それで小学校の夏休みに妹がどうしても夏祭りに行きたいと言った」

「両親は仕事で持ち場を離れるわけにもいかなかったので俺が連れて行ったんだ」

「妹は本当に楽しそうにしていた。けれど、あんまりはしゃぐものだから下駄の鼻緒で足を怪我してしまったんだ」

「結局、歩けなくなった妹をおんぶして俺たちは帰ることにした」

「妹は俺の背中で人目も気にせずにわんわん泣いていた。そのときの俺には妹の泣いている理由がよくわからなくて本当に困ったものだったよ」

「てか、こんな話聞いてもつまらないよな」

 シイはふるふると首を振った。

「まぁ……なんだ……お前たちが少しだけ似ていたのかもしれない」

 あくまでほんの少しだった、というか多分気のせいだ。

 俺は早く話を終わらせようとしたが、結局それが裏目にでることになった。

 シイは俺の言葉を聞いて目を見開くと俺とシイの目と目があった。

「いや、嘘だ忘れてくれ」

 シイの目を見て俺はこんなこと言うんじゃなかったと激しく後悔した。

 俺はただ言いたいことがあれば言ってくれと言うつもりだったのに……

 うっかり口を滑らした。

「一つ質問してもいいですか?」

「ダメだ」

「妹さんの泣いていた理由、今なら分かりますか?」

「さぁ、どうだろうな」


 もうこれ以上しゃべりたくなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る