第3話 山田さんは字が汚い

 こうして俺とシイの奇妙な生活が幕を開けた。


「それで今日のご予定は?」

 シイが持ってきていた少し大きめのバッグを広げながら尋ねる。

「え、特にないけど」

「では明日は?」

「ないよ、ちなみに言うと明後日もその後もない」

 どうせ聞かれるだろうと思った俺は先に教えておいた。

 なんて親切なんだろう。

「そうですか、じゃあちょうど良かったです」

 正直がっかりされると思っていた俺はシイの予想外の反応に驚いていた。

「なにがちょうどいいんだ?」

「少し買い物に付き合ってもらえませんか?」

「何を買うんだ?」

「いろいろ……とでも言っておきましょうか」

「まぁ構わないよ」


 俺とシイは電車に揺られること三十分のところにあるショッピングモールへと向かった。

 思えば誰かと買い物に行くなんてのは随分と久しぶりだったななんて思いながら俺たちはショッピングモールに入った。

「何か食べたいものとかある?」

「山田さんは普段何を食べてますか?」

「俺は基本的に自炊してるから外食はしないんだ」

「自炊ですか、いいですね」

「きみは?」

「私もそんな感じですね」と彼女は答えた。

 結局俺たちはフードコートで食事を済ませることにした。

 彼女はあまりしゃべらなかったが、美味しそうにうどんを食べていた。

 まぁ主に俺がしゃべらなかったんだけど……

 誰かと食事するのもとても懐かしい気がした。


 そのあとはアクセサリーやインテリアを売っている店などが立ち並んでいる道を俺はシイの後ろをついて歩いていた。

 すると少し歩いたところで俺は突然知らない女の人に声をかけられた。

 今日はよく人と話す日だなぁなんて思いながら話を聞くと、どうやらその女の人はお店のスタッフらしく、ちょっとしたアンケートに協力してほしいとのことだった。

 俺はとりあえず前を歩くシイを呼び止めた。

 スタッフはどうやら俺が一人だと思っていたらしくシイを見るなり「あ、彼女さんもご一緒でしたか、邪魔しちゃいましたかね?」なんてことを言い出した。

 俺はシイの反応が気になったので少し黙っていることにした。

 しかしシイは表情一つ変えずに「いえ、大丈夫ですよ」とだけ言ってアンケート用紙を受け取る。

 うむ、慌てると思ってはいなかったが、予想通りの反応で少し面白くない。

 そしてシイは「はい」と俺に受け取ったアンケート用紙を手渡してきた。

「俺が書くのか?」

「声をかけられたのは山田さんですから」

「はいはい」

 俺は黙ってアンケート用紙に記入を始めるとシイが覗き込んできた。

「てっきりめんどくさいとか言うのかと思いました」とシイが意外そうに話す。

 実に心外である。

 俺はカウンターを決めてやろうと密かに誓った。

「こんなことでめんどくさいと思ってたらそもそもこんなところにはきてないと思うのだがどうだろうか?」

「……それもそうですね、失礼しました」


 少しの沈黙の後シイが再び口を開く。

「字……汚いですね」

「おう」

 あまりにいきなりだったので俺は意味不明な返事をしてしまった。

 こいつ、さっきの仕返しのつもりだろうか?

 まぁなんにせよ否定するつもりはなかった。

 というのも俺の字はお世辞にも上手いとは言えなかったから。

「心が汚いとか言いたいのか?」

「いえ」

「字は心の鏡とか言うやつがいるけどさ、人ってそんな簡単に心の内を見せると思うか?」

 俺は書いている手を止めずに聞いた。

「……思いません、山田さんはその言葉が間違っていると言いたいのですか?」

「いや、別にそうは思わないさ、確かに字を見ればその字を書いた人のことが多少はわかるだろう。きっと、これはそういうことを指した言葉なんだと思う。でもそこに心を出してくるのが俺は少し気に入らない。それだけの話」

「……少しだけわかる気がします」

 少し間を置いてから、彼女が笑顔を見せた。

 失礼な話だけど、この子もこんな風に笑えるんだなと思った。

「書けたし、行くぞ」

「はい」

 先に歩き出した俺の後ろからシイの返事が聞こえる、なんか変な感じがした。

 アンケートを終えて、今度は俺がシイの前を歩いていた。

 何も話すことなく少し歩いた後、後ろを振り返るとそこにシイの姿はなかった。


「あいつ……」


 どうやら俺たちは早速はぐれてしまったらしい。

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