第2話 山田さんはノンシュガー

 ドアの向こうに立っていたのは少し年下くらいに見える一人の女の子だった。

 そして口にはタバコをくわえていた。

 その少し幼い顔とタバコのアンバランス差のせいか俺には彼女の年齢がいまいち読めなかった。

 だがそれが宅配ではないことは瞬時に悟った。

「はい、おはようございます」と彼女がペコリと会釈する。

 俺は彼女の顔をもう一度見たが、もちろん見たことも話したこともない。

 そんな初対面の彼女が俺の部屋のインターホンを押す理由など一つしかないだろう。

「あの、部屋間違えてませんか?」俺はおそるおそる尋ねた。

 すると「あなた山田さんですよね?」と彼女が質問を質問で返してきた。

 まぁこの場合、彼女の質問はどちらかというと確認と言った方が正しかったのだが……

「確かに山田は俺ですが、何かご用でも?」

「よかったです、あなたに話があってきました。お邪魔してもよろしいですか?」

「ごめん、全く話が見えないんだけど」

「詳しくは中でお話ししますので」

 そう言った彼女からはこれといった悪意は感じられなかった。

 セールスだったら即お断りする俺だったが彼女はそういう雰囲気ではなかった。

 例えるなら、なんというか職員室に入ろうとする学生のような感じだ。

 まぁ話くらいならいいかと思った俺はじゃあとりあえず入ってくださいと彼女を部屋の中に入れた。

 俺は基本他人と関わらない主義だが、寄ってきた人をそのまま追い払うような真似はしない。

 ただ寄ってきた人が勝手に遠ざかっていくことはある。

 これを追い払っていると言うのならば、何も言い返す言葉はないのだが……

 お茶淹れるんで適当に座ってて下さいと俺が彼女をリビングへ行くように促すと、俺はキッチンで紅茶を淹れ始めた。

「いえ、お構いなく」という声だけがリビングから聞こえた。

「一応お客さんということになるのでそういうわけにもいきません」

 それに俺も喉が渇いていたので差異のないことだった。

 しかしこれは口には出さなかった。

「……ありがとうございます」と少し間を置いて彼女がポツリと礼を言う。

 紅茶を淹れ終えた俺がリビングへ行くと彼女はちょこんと小さく正座していた。

 何故だか俺にはその様子が可笑しく思えた。

「別に楽にしてもらって構いませんよ」と彼女に言う。

 あいにく俺は女の子をいじめるような良い趣味は持ち合わせていない。

 そうですかと彼女は足を横にずらすと少しだけ足を崩した。

 そこでもう一つ気付いたことがあった俺は紅茶をテーブルに置きながら、タバコをくわえていた彼女に灰皿が無いことを伝えた。

「あ、これですか、これはお菓子なんです。ココアシガレットって言うんです」

 そう言って女の子はココアシガレットと呼ばれる白い棒状のお菓子を歯でポキっと折ってみせた。


 そのココアシガレットとやらを食べてるときが一番落ち着くのだと彼女は言う。

 その言葉から彼女が緊張しているのだと分かった。

「要するにタバコの形をしたお菓子ってことですか」

 今のお菓子は実に不思議だ。

「そうです、一本いかがですか?」

 そう言って彼女は本物のタバコを勧めるかのようにお菓子の箱をそのまま俺に差し出してくる。

 俺はその黒い箱を少し眺めた後、気持ちだけ頂いときますと断りをいれた。

 彼女はココアシガレットの箱を少し不思議そうに見つめると、中から一本を取り出して口にするとゆっくり話し始めた。


「私は昨日メールをさせていただいた者です」

 昨日……メール……

 嫌な予感がした。

 多分メールというのはきっと例のアレのことなのだ。

「まさかあのメールはあなたが?」俺はおそるおそる聞いてみた。

 俺にはどうしても目の前にいる女の子があんなメールを送ってくるようには見えなかったのだ。

 大人しそうで、礼儀正しく敬語を使う女の子。

 それが俺の彼女に対する印象だった。

「そうです、興味を持っていただけたようなので参りました」

 俺はゆっくりと砂糖の入っていない紅茶を口に含んだ。

「まぁ大体事情はわかりました」俺はなるべく表情に出さないように話す。

「理解が早くて助かります」

「いや理解はできてないんですけどね」

 という俺の言葉を聞いた彼女の頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。


「それで一緒に過ごす……でしたっけ?」俺はメールの内容を思い出しながら質問する。

「はい、一週間ここで暮らしてもいいですか?」

「え、ここで?」

「はい」

 聞き間違いかと思ったけど、そんなことはなかった。

 年頃の女の子が見ず知らずの男の家に一週間も泊まるなんて常識的にどう考えてもおかしい。

「どういうつもりか分からないけど、君は本当にいいのか?」

「いいと言うのは?」

「見ず知らずの男の家に泊まるなんて怖くないのか?」

「いえ、少なくとも私は山田さんが優しい方だということは知っています」そういって紅茶のカップを傾ける彼女。

 俺は呆気に取られていた。

 たかが紅茶一杯で人を推し量るなんてどうかしている。

 けれど、そういう人がいても案外面白いのかもしれない。


「来ちゃったもんは仕方ないですし、無責任にメールを送った俺にも責任はありますからね、いいですよ」

 許可した理由は本当になんとなくだった。

 信じられないかもしれないが、下心とかは一切なかった。

 まぁ最後の夏休みなのだから、どうせなら退屈しないほうがいいとでも思ったのかな。夏というのは怖いね。

 例え彼女に幻滅され、失望されたとしても……

 それもそれで一興だと思った。


「山田さんこれからよろしくお願いします」

 彼女は礼儀正しく頭を下げた。

「短い間だけどよろしくお願いします、名前聞いてもいいですか?」

「私はシイと言います、二十歳です」

 彼女の言葉に内心驚いた。

 というのもその幼い外見からはとても二十歳には見えなかったのだ。

「私の方が年下なので山田さんは敬語無しで構いませんよ」

「わかった」

 俺も彼女に敬語なしで構わないと言ったのだが大丈夫ですと断られた。

 そう言った俺はまだまだ聞きたいことは山ほどあったが聞くことはしなかった。

 詮索するのはあまり好きじゃないんだ。

 話し終えたシイはココアシガレットをくわえながら窓の外を眺めていた。


 その姿がとても絵になっていた。

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