山田さんと不思議ちゃん

きふゆ

第1話 山田さんはひねくれている

 その日は大学の前期考査の最終日だった。

 四年生の俺はこれであとは卒業を残すのみとなった。

 そんな俺は夕焼けに染まる家路をいつものように一人で歩いていた。

 大学の周りにはまだ多くの学生が残っており、この茹だるような暑さを気にもしない様子で楽しそうに話に花を咲かせていた。

 その学生達の会話を聞いて俺はふと気づいた。


「そうか夏休みが始まるのか」


 夏休みという実感が俺にはまだなかった。

 それは知らず知らずのうちにやってきていて、気がついたときにはもう既にそこにあったというそんな不思議な感じだった。

 まぁ夏休みが始まるからといって何か俺の生活が変わるわけでもない。

 俺にとって夏休みというのは長い休みが始まるという、それ以上でもそれ以下でもない、ただそれだけのことに過ぎないのだ。


 自慢じゃないけれど、俺は人付き合いがあまり得意な方ではない。

 コミュニケーション能力が低いだとか、別にそういった訳ではなかった。

 と思いたいが、理由は多分別にあって俺は他人といるとどうも他人を不愉快にさせてしまうらしい。


 そう、俺はひねくれている。

 自覚はあったのだが、人間というものはそう簡単に変われるものではないらしい。

 卒論はこれにしようかな。

 まぁ冗談はさておき……

 俺は極力他人と関わらないように生きてきた。

 その方が多分お互いにとって都合がいいのだ。

 俺も別に一人でいることが苦痛ではなかったから。


 俺の家は大学から少し離れたマンションの一室だった。

 俺は帰ってくるなりテーブルに置かれたパソコンを起動してメールを確認した。

 メールは二件届いていた。

 まず一件目は予想通り、先日ネットで注文していた本の発送を知らせるメールだった。

 二件目はというと、これはただの迷惑メールだった。

 俺はそんな迷惑メールの内容がなんとなく気になって目を通すことにした。

 そのくらいすることがなかったんだと思うと少し悲しくなってくるのだが……


 メールには

『夏休みはいかがお過ごしでしょうか? よかったら一緒にすごしませんか?』

 というなんとも不思議な内容が書かれていた。

 一瞬友達かとも思ったが、あいにく俺にはこんなことを言ってくれる友達はいない。

 だとしたらこれは迷惑メール以外にあり得ない。現に俺は迷惑していた。

 普通この手の迷惑メールには何かしらのサイトに誘導するリンクが存在しているものだ。

 俺の知っている迷惑メールには……

 しかしこのメールにはリンクや広告などが一切載っていなかったから驚きだ。

 迷惑とも思ったが、このメールを少し面白いとも思っていた俺がいた。

 そんな俺は何を考えたのか、このメールに返信をしてみようと考えたのだ。

 というのもどんな奴がメールを送っているのか少し気になったのだ。

 くれぐれも良い子はマネしないでほしい。


 返信するメールにはシンプルに

『興味があるので詳しくお話を聞かせていただけませんか?』

 とだけ書いてそのまま返信した。

 興味があったのは事実だから別に嘘はついていなかった。

 もし本当に夏休みを一緒に過ごしてくれる人を探しているだけだとしたら普通に断るけどね。

 メールを返信した後、俺は家事や夕飯を済ませ、最近読んでいた本の続きを読んで過ごした。

 やがて夜も更け眠気に誘われた俺はベッドに入った。


 ベッドに入ると妙に頭が冴えてしまうのは何故なんだろう。

 そんな俺はふと考える。

 俺の大学生活は実質今日で終了だ。

 特に大学に思い出があるわけでもない俺はこれが感慨深いという訳でもなかった。

 そしてこれから始まる夏休みも喜ぶ気にもならない。

 明日から何をして過ごそうか……

 今までどうやって過ごしていたっけ……

 そういった思考が頭の中をぐるぐる回っては俺には何もないのだと痛いくらいに教えてくれる。

 俺は浅いため息をつくと眠りについた。


 あれからメールの返信はなく、俺はすぐにメールのことなど忘れてしまっていた。

 そのくらい俺にとってはどうでもいいことだった。


 翌日、久しく聞いていなかったインターホンの音で目を覚ました。

「本、もう届いたのか……」

 俺は眠い目をこすりながらゆっくりと玄関に向かった。

 しかしこのインターホン、よく考えれば分かることだったのだが、本の届く時間にしてはあまりに早すぎたのだ。

 しかし寝起きで思考停止していた俺はこのインターホンが本の宅配だと思い込んでいた。


 俺はドアを開けると「はい」とだけ声に出した。

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