○心を結ぶ儀式
「ほらー、こっちこっち! 早くしないと『式』が始まっちゃうー!」
「は、はいっ」
その日、私はユノさんに連れられとある場所へとやってきていた。彼女いわく「約束通り、ヒントを見せてあげる日が来た」とのことだった。
連れてこられたその場所は礼拝堂……と言っていいのだろうか。こちらの世界の宗教はよく分からないが、とにかく清浄で神聖な雰囲気を漂わせたこの白く綺麗な建物の中で、その『式』が開かれるそうだ。
式の主役は二人。
以前、討伐に参加した時に見かけたひび割れた仮面を身に付けていた『魔女見習い』の部隊長・ダリアさんと、そのパートナーであるオオカミ、もとい男の人だ。
今、その二人は並んで祭壇の上にいる。ダリアさんは純白のドレスを着ていて、その大きく開いた胸元には、まるで彼女を美しく飾る装飾品のように、薄紅色の《ハート》が優美に輝いていた。
パートナーさんの外見は見えないものの、多分彼女に相応しい衣装を着こんでいるのだろう。私たちにオオカミの見た目の違いは分からないけれど、ユノさんいわく、パートナーの男性はあの討伐部隊で一緒に戦ったオオカミの一人らしい。その彼の胸には、淡い桜色の《ハート》が光っていた。
……あれ?
「あの二人の《ハート》、よく似てますね」
私はユノさんにそんな感想を告げていた。
そう、よく見れば色味や形に微妙な違いこそあるが、二人の《ハート》はパッと見では同じ物かと思うくらいに似た形状をしていたのだ。
そんな私の疑問に答えたユノさんいわく、
「そうね。必ずしもそうとは限らないけど、エンゲージ同士の《ハート》って大体はよく似てるって聞くわね」
とのことらしい。そういうものなんだ……
とまあ、そんな会話をしながら、私たちは式を見守るたくさんの客の一人として、整然と並べられた長椅子に座っていた。
(まさに『結婚式』って感じだなぁ……)
実際、そういう意味合いを持つ『式』だということはなんとなく分かる。この建物といい、周囲の浮かれた雰囲気といい……主役二人の幸福そうな様子といい、全てが全て、あの一大イベントの空気そのものだ。
普通の女の子なら、隣にいるユノさんのようにこういうイベントを前にして眼を輝かせるものなのだろうけど、私はここに連れてこられた理由がイマイチよく理解できていないせいもあって、どうにもぼんやりしたままで式の開始を迎えてしまった。
まず、(普通の結婚式で言うところの)牧師さん役らしき少女が厳かに式の始まりを告げると、会場はしんと静まりかえった。
牧師役としてダリアさんたち二人の前に立っていたのは、仮面が縦半分に割れて素顔の半分が露出している少女。彼女もまた魔女……見習いだろうか? 仮面が完全に外れているわけではなかったし。
その牧師役の少女がなにか儀式めいた文言を二人に告げると、二人はうやうやしく頷いた。多分、結婚式の「永遠の愛を誓いますか?」的なやりとりなんだろう。
「では両名、《ハート》を重ねなさい」
牧師役の少女にそう言われ、二人はゆっくりと抱擁を交わした。そして、互いの胸の《ハート》が触れ合った時、まばゆい……けれども優しく温かい光が二人を包み込んだ。
そして、その光が収まると、二人の胸で輝いていた《ハート》は綺麗に入れ替わっていたのだった。――直後、式に訪れていた客たちの割れんばかりの喝采が、二人に浴びせられる。
その時まだ、この場所に連れてこられた理由が分からずに置いてけぼりをくらったような気分でいた私でも、それが喜ばしいことなのだと感覚的に理解できていた。
▲▼▲▼▲
式を終え、私とユノさんは礼拝堂の椅子に座ったまましばらく式の余韻に浸っていた。他の客人は新郎新婦(と呼んでも差し支えないだろう)の二人に話しかけたり、ご祝儀らしき贈り物を手渡したりしている。
私が知る結婚式よりもだいぶ簡素ではあったが、式後の雰囲気までまさにあの式を思わせる。
「あれが結魂…ですか」
「ね、素敵でしょ、オオカミと少女の隔たりを無くす神聖な儀式」
「はい、とても素敵だと思いました。……けど、どうしてこれを私に?」
来て良かったと思えるものの、肝心の「私にとってのヒント」というものはさっぱり掴めなかった。
「んー、分かりづらかったかな。私はね、エンゲージや結魂について直に見せたかったのよ。
オオカミと女の子はこういう付き合い方もあるんだよ、ってね」
「それは、すごく勉強になったと思いますけど……」
確かに今回の式を見て、学んだことは大きいと思う。……けど、それが自分の今の状況に何か役立つのかと言われると、どうもまだピンと来ない。
「ユノ、スズ。今日はきてくれてありがとう」
と、話しこむ私たちに、ダリアさんが話しかけてきた。
「ダリアさん! 結魂おめでとうございます」
「お、おめでとうございます」
私もユノさんにならって、ダリアさんに祝福の言葉を贈った。
「ふふ、ありがとう。おかげさまで幸せいっぱいよ。伴侶も出世のための力も手に入ったんだもの」
「ってことはまさか!」
ユノさんが期待ではずむ声を上げた。
――よく見ると、ダリアさんの仮面に入っていたヒビはさらに広がり、仮面の目の部分はすっかり穴が空いて彼女本来の緑の瞳がそこから覗いていた。
「隊長、また魔女に一歩近づいたわけですね!」
「その点は、嬉しいことばかりじゃないけどね。……でも、彼と一緒になら乗り越えていける気がするの」
そう話し目を細めたダリアさんのその声には、少しの曇りも無かった。
(魔女、か……やっぱりみんな、かっこいいな)
ニクスさん、アルセイド、リュシーさん……それに今目の前にいるダリアさん。みんなしっかりしていて、責任感の強い大人の女性だったように思う。それになにより、オオカミを正しく視認できて、触れても大丈夫らしいというところが大きい。
(私も魔女になれたなら、色々と変わるのかな)
こんな風にうだうだと迷ったり恐れたりしないで、堂々と大牙に手を差しのべてたすけてあげられるような――
(……しょーもないこと考えちゃったか)
そんな個人的な小さい理由で簡単に魔女になれたりはしないだろう。私には魔女になるだけの能力も心構えも足りてないのだから。
▲▼▲▼▲
それからしばらくダリアさんや討伐隊で見知った仲間たちと話しこんだ後。私とユノさんは帰宅すべく礼拝堂を後にしていた。
「今日はありがとうございました。おかげで色々勉強できたような気がします」
なんて私が礼を言うと、
「もー、カタイなぁ。『今日は素敵なものが見れて良かった!』くらいの気持ちでいいんだから」
と、ユノさんはちっちっちっと指を振ってそう言ったのだった。
確かに、せっかくのお祝い事なんだし、あまり深く考えず純粋に祝福し喜んであげるのが礼儀のような気もしてきた。
「ん?」
ふと、ユノさんがなにかに気付いたようだった。私も彼女の向いている方向を見てみると、向こうから猛ダッシュしてくる黒い巨体が見えた。
――間違えようもない、あれは大牙だ。
やがて、大牙は私の目前までやってきて急ブレーキをかけるように止まった。
「ち、ちょっと大牙! どうしたの、そんなに慌てて……!」
その鬼気迫る様子に、私は互いの間のわだかまりなど忘れて大牙に声をかけていた。すると大牙は、何も言わずに持っていたなにかを差し出してきたのだった。
――それは、大輪の花をめいっぱい束ねた手のこんだ花束で。
「え……えぇ?」
どうしてそんなものを差し出されたのかさっぱり理解できずに、私の頭の中は真っ白になってしまった。
そんな困惑し硬直している私をよそに、なぜか外野の女子たち(大部分が、さっきまでの式に参加していた客である)が、黄色い声をあげていろめきたった。
「■■! ■■■」
そんな中、真剣な様子で大牙が何かを言ってくれているのだが、相変わらずその内容は聞こえない。というか、周囲のざわめきがその声をかき消さん勢いだ。
「ちょっとスズちゃん! これってアレよ、プロポーズ!」
「ぷっ……!?」
ユノさんの突拍子もない言葉に、私の頭はさらに混乱に陥ってしまう。
「スゴイじゃないの、他人の結魂直後にこれとか、もう完璧すぎるシチュエーションじゃない!!」
「ち、違いますってば絶対!」
最近はずっとぎくしゃくした状態が続いていたのだ。だから今は、間違ってもそんなことを告げるようなタイミングじゃない。というか、そもそも私たちの間にはそんな感情なんてこれっぽっちも無いはずだし……!
「あらあら、何があったのかしら?」
「だ、ダリアさん!!」
と、外の騒ぎを聞きつけて礼拝堂からダリアさんが出てきた。この状況において(まだ白いドレスを着ている清楚な姿も手伝って)救いの天使にさえ見えた。
「あの! ダリアさんはオオカミの言葉が分かるんですよねっ!」
「え、ええ。仮面が割れたし、可能だけど」
「通訳お願いできますかっ!!」
それほど親しいわけでもないのに、急で不躾なお願いだ。しかし無礼すぎると分かっていても、今はとにかく彼女にすがるしかなかった。
「分かったわ。……事情はよく分からないけれど、この人と話をすればいいのよね?」
「は、はい! お願いします!」
私の身勝手にもかかわらずダリアさんは快く引き受けてくれて、彼女はすっと大牙の前に立つと、穏やかな声で大牙に話しかけていた。
「さて、一体なにがあったのかしら? もしよろしければ、私にお話してもらえるかしら」
「■■■、■■■■」
「まあ、そうだったの。それは大変ね」
なにやら二人で話しこんでいる。ダリアさんの反応から察するに、さほど込み入った内容ではないらしいが……。
やがて一通り事情を聞き終えたらしいダリアさんは、私に向き直ってそっと耳打ちしたのだった。
「彼、あなたに謝罪するために贈り物を持ってきたって言ってるけど」
「謝罪?」
「心当たりがないの? 彼、あなたをひどく傷つけてしまったって」
ああ、そうか。こいつだって、あの日のことをすごく気にしていたんだ。
当たり前か。あれから私が明らかに態度を変えてしまったのだし。そりゃあ罪悪感も抱くか。
「……馬鹿。そんな気を遣わなくてよかったのに」
と、私は呆れながら大牙に言ったものの。
でも、もしこいつがこんな行動を起こさなければ、次に顔を合わせられるのはいつになっていただろう?
――今、こいつの勇気と行動力が大切なきっかけを作ってくれたのは確かなのだ。
「■■……」
何かを言いかけた大牙を制して、ダリアさんが口を開いた。
「ねえ、二人とも。大事な話があるのなら礼拝堂でお話してはいかが? 今なら誰もいないし、野次馬さんたちは私がなんとかしておきますから」
ダリアさんはそう言うと、周囲から熱い視線を送ってくる少女たちをちらりと見た。……確かにこの場所では話しづらい。
「どうしても通訳が必要になったら、また呼んでね。この子たちと外にいるから」
「すみません……ありがとうございます」
今日はこの人たちこそが主役のはずなのに、私は世話になりっぱなしだ。感謝しきてもしきれない。
私はダリアさんに一礼すると、大牙を連れて礼拝堂の中へと駆けこんでいた。
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