●彼の悩み
(クソ、最低だな俺……)
その日、俺は朝から家を空けて街中をブラブラしていた。
自宅にいると、嫌でも向かいの小鈴を意識してしまう。――それにまた、あいつが乗り込んでこないともかぎらない。
――昨日、俺は最低なことをしでかした。
小鈴にひどい態度と言葉を投げかけてしまった。言葉が通じてないとはいえ、あれは確実に俺が言わんとしたことを理解してる様子だった。
その上、衝動に負けて小鈴に抱きついた。――そしてその後、即逃げられた。
もう一生、あいつとは今まで通りに顔を付き合わせたりできそうにない。
(あいつはなにも悪くねぇのに、こうして逃げ回るなんざ……男らしくねえって分かってるのによ)
そんな、悶々とした気持ちを抱え、特に目的も無く街を歩いていた。
「よーぅ、いつぞやの新入りじゃねーの!」
そんな時、声をかけてきたのは、いつぞやの討伐で神殿に入る前に話しかけてきたあのモテな……いや、お節介なあの先輩だった。
「……って元気ねーな。さては女がらみの悩みかぁ?」
「!?」
「お、なんだ図星か。しょーがねーなぁ、人生の先輩たるこの俺が相談に乗ってやんよ!」
「は、はあ」
街中で偶然出会った彼は、オレの心境を見抜くなり、半ば強引に近くの食堂へと俺を連れこんでいたのだった。
「ちょーど昼だし、なんか食いながらじっくり話そうぜ。俺がおごってやるから!」
「あ、ありがとうございます」
先輩は黒髪黒瞳にジーンズとTシャツなんていう、元の世界で見慣れた格好をしていることから、彼もまた俺と同じか、あるいはそれに近い文明の世界出身らしかった。その縁もあってなのか、俺は飯を食いながら、自然と苦悩を吐き出していた。
――……。
「……無自覚リア充め!」
「なんすか急に!」
一通り話し終えた途端に、なぜか急に罵られた。いや、確かに非難されるような内容の話なんだが、どうにも先輩は別の要因で怒っているようだ。
「つーかさ、変な意地で神殿を使わないからそういうことになったんだろ? 結局、中途半端な優しさは誰かを傷つけるんですよ」
と、先輩は食後のコーヒーをすすりながら言う。
……ぐ。直前の一言と違って、しごく正論すぎてなにも言い返せねえ。
「そういう悲劇を防ぐためにも巫女さんたちはいるわけ。だから神殿を利用するのは悪いことじゃないんだぜ」
先輩はそうは言ってくれたが、やはり俺のなかには強い抵抗があった。
「……いや、やっぱり無理っす」
「なに、小鈴ちゃんの反応が気になっちゃうとか?」
「そうっすね」
茶化すような先輩の言葉に俺が即答すると、なぜか先輩はぎょっとした様子で目を剥いた。
「途中で意思を曲げるなんて、しかもそれが女子供の犠牲を認めるような決断だった日にゃ、『軟弱な卑怯者だ』って、あいつに殴られちまう」
「ああ、そういう。……天然鈍感熱血漢とか王道主人公かよ! リア充滅べ!」
俺の言葉を聞いて、先輩は恨めしそうになにか独り事をブツブツとつぶやいた。
「……でもま、そんな不器用な青春を応援してやるのも年長者の仕事かもしれんね」
やがて、先輩はふっきれた顔をしてコーヒーを一気に飲み干した。
「いいか少年、お前が巫女を拒むというのなら、別の手段で〈渇き〉を慰めるしかない」
先輩、なにか口調と態度が180度変わってる気がするんすけど。
「そのためにはどうするべきか、お前に分かるか?」
「……いえ」
「それはだな、ちゃんと理解のある女の子とスキンシップを図ることだ」
もちろんそれは不純な意味ではないぞ、と先輩は念を押した。
「となると、今お前がすべきことは、小鈴ちゃんと元通り気楽にどつきあえるくらいの仲に戻ること!」
そりゃあ、戻れるならそんな状態に戻りたいとは思っちゃいるが。
「とりあえず、最初にすべきは謝罪だろうな」
「それは俺も考えましたよ」
まず第一に、しでかしてしまった数々の非礼を謝らないことには何も始まらないというのは重々分かってる。
が、なにより合わせる顔がない。仮にどうにか話せる状態までこぎつけたとして、この世界じゃ言葉だって通じないのに。
「言葉の壁があるってのに、どう謝りゃいいってんですか」
「ちっちっち、これだから単細胞の坊やはいけねぇや。うまく頭を使うのが賢い大人ってもんだぜ?」
「は、はぁ」
なぜだろう、この先輩が自信たっぷりに語り出すと逆に不安になってくる。
「古来から、女のご機嫌をとるための、言葉を超えた万能のコミュニケーション方法があるんだよ」
「それは?」
「ズバリ、プレゼント作戦! 気持ちは物で伝えるのが一番ってもんだぜ!!」
考え抜かれた最良最善の策! とばかりに胸を張って先輩は宣言したが、俺がこっちの世界で小鈴と再会を果たした時、とっくにその手段を用いた……というのは、この際伏せておくべきなんだろう。
「つーわけで買い物に行くのだ後輩君! しかし今すぐじゃないぞ、今日はその小鈴ちゃんとやらの趣味思考を徹底的に研究し、慎重に贈り物をチョイスする必要がある! さあ、彼女の情報を洗いざらい吐きなさい。俺が的確に分析し、最善のプレゼントを導き出してやるから」
「……先輩、小鈴のことあれこれ聞きたいだけじゃないっすよね?」
そうツッコミを入れると、先輩はギクリ、と明らかな狼狽を表情ににじませた。まさかの図星かよ。
「こ、こまけーこたぁいいんだよ! 小鈴ちゃんの情報は、任務達成に必要な情報でありアドバイスする俺への対価だと思えばいい! むしろ報酬だ! 払って当然なのだ!」
オイ待て、下心があることを認めたどころか開き直ったぞこいつ。
「まあ、いいですけど。……でも、そんなに良い情報は無いっすよ? ここ数年は疎遠っつーか、なんかぎくしゃくしてたし。そもそもあいつ、先輩が思ってるほど可愛いもんでもないと思いますけど」
「これだから無自覚リア充は……ッ! 爆ぜろ、爆ぜてしまえ……!」
と、俺の発言に先輩は目に暗い焔を燃えたぎらせて、呪詛をはき出すのだった。
……あー、こりゃ色々と誤解してるな、確実に。
小鈴とはあくまで兄弟のような関係、だった。少なくとも、小学校を卒業してぎくしゃくしだすまでは、本当に兄弟同然に過ごしていた。それから小鈴がやたら敵意をぶつけるようになってきても、男女の違いってもんがあるんだし、仕方ないことなんだろうと、とりあえずは素直に受け止めていた。
それが今は……今は?
一体、どういう関係というべきなんだろうか。
(そういや、こっちに来てから色々と変わったよな……)
異世界の面倒くさいルールにさんざん振り回されたという部分も、もちろんあるが。
少なくとも、あいつと再会してからこの国に来るまでの間は、小さい頃そのまんまの関係に戻れていた気がする。兄弟のように気安くふざけあったりもして。遊びのように互いの技を競い合ったりして。
こっちに来て言葉だの異能力だの、いろんな壁が立ち塞がったというのに。それでも俺たちは、元の世界にいた時よりもずっと近い距離で、楽しくやれていた――
「おい、大牙君。なーにボーッとしてんの。さっさと情報提供!」
「え、ああ、はい!」
とりあえず俺は先輩に促されるまま、俺が知る限りの小鈴のことを話していた。
彼女を思い返し、それを言葉に乗せるたびに、戸惑いというか疑問というか………とにかく妙な違和感が湧いてきて。
その後、一通り話を聞き終えた先輩がなにやら話し始めた頃には、すでに俺の頭の中はいっぱいいっぱいで、先輩の話の内容は半分も入ってはこなかった。
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