●少女の献身とオオカミの業

 俺たち討伐隊の男衆は仮面少女たちよりも一足先に青の国に帰還していた。

 男女の混成部隊でも帰還する時はそれぞれルートと時間をずらすのがこの国のルールらしい。


「さて、これから予定のある者とパートナーがいる者はこの場で解散。残りの者はこれから神殿に向かう」

 と、部隊長が皆にそんなことを告げた。……神殿? 神様に戦勝報告でもするってんだろうか。しかしこんな大人数で?


 と、戸惑っていると、部隊の先輩の一人が声をかけてきた。

「よう新入り、迷ってるようだな! 一つ聞くが、お前は独り身か?」

「そりゃあ、まあ」

 この世界に家族がいるわけでもなし、世間では小鈴とセット扱いではあるが、実質一人暮らしだし独り身といえばそうなるだろう。


「そんじゃ、神殿のお世話にならんとな。……もしかして、神殿は初めてか?」

「は、はい。そうっすけど」

 先輩は、なぜかニヤニヤ笑いながら肩を叩いてきた。

「そーかそーか。いやー、あれは元の世界でモテなかった男にゃありがたい制度だぜ。じっくり味わっとくといいぞ」

 なにやらこの先輩から早々にモテない仲間認定をされているようだったが、それよりも神殿で一体なにをするのかが非常に気になっていた。


▲▼▲▼▲


 そして俺は、神殿でその光景を目の当たりにした。


 何人かの少女が祭壇のような場所に横一列に並び、その少女たちの前それぞれに男たちが列を作っている。少女たちは数秒ほど目の前の男を抱擁し、時に頭を撫でたりもする。ただそれだけだ。そして、それが終わったら列の次の男が同じことをしてもらう。……その流れ作業だった。

 もちろん、オオカミとの接触で意識を失う少女もいたが、そういった子は衛兵らしき少女たちによっていずこかへと連れられていき、何事も無かったかのようにまた別の少女が補填される。


 親しい者を出迎える抱擁……というわけでもないようだ。なんというか、儀式的……あるいは機械的なその光景は不気味でさえある。


「神殿を見るのは初めてか」

 と、声をかけてきたのは討伐隊の部隊長だった。赤毛で碧眼で中世ヨーロッパ風のコートを着た、実に外国人らしい外見の彼は、俺たちどころか、フェルゼン兄貴よりもさらに年かさに見えた。


「確か、お前は深緑の魔女のところから来たんだったな」

「はい」

「なら、この光景はさぞ奇異なものに見えるだろうな」


 と、少女たちを横目に隊長は小さくため息を吐いた。その深く苦悩の刻まれた表情は、まるで子を案じる父親のような顔に見える。


「あれは、オオカミの〈渇き〉を癒すためにこの国が採用したシステムだよ。俺はあまり好きではないがね」

「〈渇き〉?」

 俺の疑問に、隊長は重々しく口を開いた。

「君は不思議に思ったことはないか? 少女たちが仮面と銃という制約の下魔法を使っているのに、我々はなんの制約も無い姿のまま、しかも《纏》という力まで与えられていると?

……いや、そうじゃない。我々も彼女らの仮面のように呪いめいたルールに縛られているんだよ」


 確かに隊長の言う通りだ。仮面少女らを縛る制約に比べて、俺たち男の抱えているリスクはずっと軽いように思えていた。……それが違うってのか?


「我ら男……この世界で言うオオカミか。オオカミは、自らの魂の片割れエンゲージを強く追い求めてしまうのだよ。それこそ少女たちも強く、本能めいた〈渇き〉という名の衝動で」

 なにやら表現こそ小綺麗で詩的だが、その声には生々しい苦悩が刻まれているように聞こえる。


「その〈渇き〉は少しずつ心を蝕み理性を奪っていく。《纏》を用いればその浸食はさらに劇的だ。

 そして、その衝動が抑えきれないほど高まってしまえば、我々は文字通りの狼……畜生と化してしまう。今日討伐した『野良』どものようにね」

 隊長の口から告げられた事実とその声色は、ぞくりとするような冷たさがあった。


「その〈渇き〉を慰めるには、女性、それもなるべくエンゲージに近い素養の少女と物理的に接触すること。それで〈渇き〉が一時的に紛れるのだよ」


 ――そこまで聞いて、俺はやっとこの神殿について理解できた。


「じゃあ、あそこの女の子らは……」

「オオカミたちが〈渇き〉で理性を失わないように身を捧げている巫女だよ」

「そんな、でもアル姐さんのところじゃそんなことは……!」

「深緑の魔女の群れは小規模だからな、魔女とのふれあいと、たまの狩りでどうにかまかなえていたのだろう」


 ……そういえば姐さんは、従えている男衆の撫でたり、どついたり、自然と積極的なスキンシップをはかっていた気がする。狩りの時も「戦いはしなくてもいい、けど積極的につっこんでいけ」とか妙な指示を出したりしてたし。

 あれはみんな、俺たちオオカミの〈渇き〉を慰めるための配慮だったってのか。


「特権階級の一部の人間はリュスキニア様に直々に慰めてもらうそうだが、この国の人口では、オオカミ全てが魔女様に慰めてもらう、というわけにもいかん」

「だから、ああして普通の女の子たちが――」

 まるで、消耗品のように。


「完全な善意と使命感で志願する者もいれば、他の職が身につかないので仕方なく流れてきたり、オオカミの気に当てられぬよう修練の一環として参加する……など目的を持った者もいるが、基本的には生贄のようなものだ。苦痛はほとんどないだろうが、虚しくはあるだろうな」


 と、苦々しげに隊長は言った。俺も、多分隊長と同じ気分でいる。やりきれない気持ちでいっぱいだ。

 ――この世界は、思っていたよりずっと歪んでやがる。男と女にどうしようもない隔たりを作っておきながら、その実互いがいなければ成立しないようなルールを用意して、縛りつけている。


「……どうすれば、〈渇き〉は克服できるんすか」

「エンゲージを探すしかない。そしてその相手と、なんらかのかたちで決着をつけるしか」

「エンゲージ、っすか……」


 姐さんにちょっとだけ聞いたことがある。この世界で俺たちの胸に例外なく埋めこまれている宝石、《ハート》。これは誰か別の人間の魂で、向こうも俺の魂を《ハート》として抱えているとか。その相手は、いつか出会うべく運命づけられた重要な人物だ、と。


 そいつに会えば〈渇き〉から解放されるかもしれない……だとしても、どうやって探せばいいものなんだ?


「会えるもんなんすかね。エンゲージの相手に」

「運命など、我々には量りかねるよ。だが、一組でも多くのエンゲージが巡り会えるよう願いたいものだ」

 そうつぶやく隊長の声色は、どこか寂しげだった。


 ――結局俺は、その日はなにもせず神殿を後にすることにした。隊長は、そんな俺を強く引き止めるようなことはしなかった。

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