○少女とオオカミの共同作業

 青の国に滞在するようになって、一週間ほど経った。


 その日、私たちは森の中でオオカミ狩りに参加していた。と言っても、白の国にいた時のような少女たちによるオオカミ狩りではない。少女とオオカミの混成部隊が、とあるオオカミの群れを追い立てているのだ。


 追われているオオカミたちは、青の国で『野良ノラ』と呼ばれている奴らだった。彼らはどこの国にも属さず、ゲリラ的に国から少女や物資を奪っていく、紛うことなき悪人集団である。その彼らを撃退するのが、青の国の組織している討伐部隊だった。


 私と大牙は、この討伐部隊参加で日々の生活費を稼ぐことにした。リュスキニアの厚意によって、私たち二人には最低限生活できるだけのお金と物資は支給されていたのだが、別段重要なポストにいるわけでもない私たちがいつまでもその恩恵にあずかっているわけにもいかない。

 そう決めた私たちが、国内のいくつかのアルバイトを経て、ようやく落ち着いたのがこの討伐部隊参加だった。


「すっかりこっちの世界に馴染んじゃったね。戦うことが一番しっくりくるなんてさ」

「■■!」

 と、隣を走る大牙は笑っていた。表情は相変わらず見えないが、この様子は間違いなく笑ってる。多分、大牙も私と同じ気分なんだろう。元々二人とも身体を動かすのは好きだったし、なにより自分たちが幼少の頃から培っていた技能が存分に生かせるのはやっぱり気分の良いものだった。


 ――思えば、大牙と再会を果たしてから、こいつを打ち負かしてやりたいという気はすっかりなくなっていた。オオカミ相手の接近戦じゃ気に当てられてしまうし、部隊の先輩いわく「彼らには身体能力を強化する魔法めいた力がある」らしい。それじゃあ肉弾戦でかなうはずなどない。

 けどそれ以上に、こうして協力し一緒に戦って華々しい戦果を上げることで、私の力を存分に大牙に示せている気がしていた。


 今、この瞬間。戦いの最中に肩を並べているこの状況でこそ。元の世界にいる時よりもずっと、こいつと『対等』でいられるような気がするのだ。

 そんな風に私の心から迷いや鬱憤が晴れていくにつれ、身体は軽く、技は鋭くなっていく。


「■■■ー!!」

 それに負けじと、まるで子供がはしゃぐように、機敏で豪快な動きで暴れ、野良オオカミをなぎ倒していく大牙。


 ……もしかしてあいつも、私と同じ気分で戦っているんだろうか。

 だとしたら、私は……私は?


(私は、それをどう感じているんだろう……?)


 自分の心のことだというのに、なぜか明確な答えは出てこなかった。


▲▼▲▼▲


「■■■、■■」

「ええ、こっちはきっかり10体。そっちの撃破数と合わせて、目撃された分は殲滅したということになるわね」

「■■」

「了解、それはこっちから報告しておくわ」


 討伐を一通り終え、仮面少女たちをまとめている部隊長が、オオカミたちを率いるリーダー格らしき人と話し込んでいた。


(………あれ?)


 どうも隊長さんのセリフから察するに、私と大牙のように『なんとなく言いたいことが伝わっている』というより、確実に『相手の言っている内容が正確に理解できている』ような話しぶりだ。


「それじゃあ、今日はこれで任務完了ということでいいわね?」

「■■」


 オオカミとの話が終わった部隊長は、少女たちの一団に駆け寄ってきて


「ごくろうさま! 今日のお仕事はこれで終わりよ。しばらく休憩した後、帰還しましょう」

 と、優しい笑顔で部隊のみんなに告げていた。


 この部隊の隊長・ダリアさんは、ジャンヌ隊長とは真逆の、むしろ七海に近いおしとやかな印象の女性であるにもかかわらず、しっかりとしたリーダーの風格も持ち合わせた人だった。

 そんな部隊長を囲み少女たちが和やかに休憩時間の談笑を始めた頃、私に声をかけてくる者が一人いた。同じく討伐に参加していたユノさんだ。


「どう、ここの隊長かっこいいでしょ?」

「そうだね、白の国にいた隊長さんとも違う感じのかっこよさかも」

 私がそう言うと、ユノさんはまるで自分が褒められたかのように喜んだ。


「でしょ~? なんせあの人、魔女見習いなのよ! リュシー様みたいな魔女になるのも時間の問題かも、って!」

「魔女、見習い?」

 初耳な単語だ。――私たちのような普通の娘でも魔女になれるというのだろうか?


「ほら、仮面見て」

 そう言われ、遠目で部隊長の顔――仮面を見た。

頬の部分に刺青めいたデザインの花の模様が刻まれた、部隊長の仮面。よく見ると、そのこめかみから目元を経由し、口元まで一本の亀裂が入っている。


「少女の仮面は卵の殻。それを破った者だけが、魔女という一人前の女性になれるのよ……ってのはリュシー様の受け売りなんだけど」

「この仮面、壊せるの!?」

 ユノさんの言葉に、私は心底驚いていた。今までの激しい戦闘であってもヒビ一つ入る様子がなかったのに。


「そう。詳しい条件は分からないけど、ある日仮面にヒビが入ったらそこで『魔女見習い』に昇格できるの。そこからリュシー様や先輩魔女に色々教えてもらって、最終的には仮面を完全に外した『魔女』になれるんだよ!」

 うっとりとした様子でユノさんは言った。多分、孔雀色の仮面の下は夢見る少女の顔をしていることだろう。


「うらやましいよね~。男の子と普段通りに話せない、触れられないのはみんなこの仮面のせいなのよ。邪魔なだけじゃない、ねえ?」

「――そうでもないわよ」

と、会話に入ってきたのはなんと部隊長だった。


「た、隊長っ!?」

 急な乱入に慌てるユノとは対照的に、ダリア隊長は落ち着いた……むしろ少し暗い様子で話しだした。

「この仮面が無くなったら、私たちにとって忌まわしいモノが、ありのまま見えてくる、聞こえてくる。それらを全て自分で受け止めなくちゃいけないわ。……魔女になるには、それを受け止めるだけの心の強さがいらうの」

 そう語る部隊長の言葉には、同世代のものとは思えない静かな重みがある。……が、次の言葉は年相応の恥じらいのこもった柔らかい口調に戻っていた。


「だからそんなに持ち上げないでちょうだいね。私なんて見習いから先に行けるか分からないんだから」

「そ、そんなことないですって! 隊長なら絶対なれますよ!」

 ユノさんや周りの少女たちが隊長を中心にきゃーきゃー話し始めるのを見て、私はぼんやりと考えごとへ没入していった。


(魔女……か)

 今まで特別な存在かとばかり思っていたけど、実は私たち仮面少女と地続きの存在だったなんて初めて知った。

 ……いや、よく考えれば仮面の有無と外見年齢が少し上くらいで、今まで出会った魔女たちはみんな普通――というには、外見スペック高すぎな人たちも多いけど――の姿の女性だった。なにもおかしいことはない。


 ――青の国、といよりこの《森》という世界には、まだまだ知らないことが多すぎる。この国に滞在している間に、それらを全て学べることができたらいいのだけれど。

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