○私たち? の新居

 リュスキニアに命じられ私たちを住居へ案内してくれたのは、私たちと同じ、仮面少女とオオカミの二人組だった。


「さあ、ここがあなたの家になる場所よ」

 孔雀石めいた青緑の仮面を身につけた少女――案内人の一人であるユノさんは、そう言って私を室内へ招き入れた。その部屋は一人暮らしには十分すぎるほど広く、家具もしっかり備えつけてあった。


 私たちが連れてこられた住居はいわゆるアパート的な集合住宅で、私と大牙、それぞれが隣り合った別の部屋へと案内されていた。今頃、大牙はオオカミの案内人と向こうの部屋を見ていることだろう。


「本当は男女一緒に住まわせたいんだけど、やっぱりオオカミの気に当てられる危険性を考えると、どうしても住む場所はある程度隔離しなきゃいけないんだよね」

「でしょうね……」


 敵対意識が無いといっても、やはり「オオカミと少女たちは直接触れあうと危険」という課題は残っているようだった。

 この国へ来た直後には気付かなかったのだが、街中では車道と歩道よろしくオオカミが通る道と少女の通り道は区別されていたし、店なども必ず男女それぞれ用に同じ店舗が二つセットで並んでいるのが普通だった。

 もちろん街を歩く人々の中には、いくらか触れ合ったり、並んで歩く者もそれなりにいた。だが、基本的にこの国には「不用意にお互いが近づいてしまわない」ように配慮が巡らされていた。


「極力近い場所に住めるように手配はしたけど……本当にごめんね」

 と、ユノさんは心底申し訳なさそうに頭を下げた。

「い、いえ。そんな謝られるようなことじゃないと思いますけど」

 その態度に、私のほうが困惑してしまう。まるで「引き離すのが可哀想」みたいな扱いだ。

 すると今度は、ユノさんの方が戸惑ったような顔をしてしまった。


「あれ? 余所の国から来たっていうから、てっきり駆け落ちかなにかだと」

「かっ、かけおち!?」

 思いがけない言葉に、声がすっかり裏返ってしまった。


「あ、あいつは知り合いですけどそういうんじゃないですから!!」

「知り合いって、元の世界からの?」

「そ、そうですけど……」

 事実を告げているだけなのに、なぜか顔が熱くなって声が消え入るように小さくなってしまう。


「やだもう、それじゃあ運命じゃないのよ~!」

 それとは逆に、ユノさんの声はだんだんと明るくはじけたものになっていく。テンションがどんどん上がっているらしい。

「腐れ縁ですってば」

「本当に? あなたの《ハート》はなんの反応もない?」

「ありません!」

 勢いで返してから、急に《ハート》という単語が出たことにひっかかりを覚えた。


「本当かしら。ま、エンゲージだけが運命の相手ってわけでもないし、全くないわけじゃないわよね!」

 エンゲージ。魂をすりかえられた相手、宿敵ともいえるオオカミのこと。……それがなぜ今話題に? 不思議そうにしている私の顔をみて、ユノさんは何か思い至ったようだった。


「そっか、白の国出身だっけ? エンゲージ相手はいつか倒すべき敵、って教わってるからピンとこないか」

 まるで、白の国で教わったことが間違ってるかのような言いぐさだ。


「詳しくはだんだんと分かってくると思うけど、エンゲージってのは悪い縁じゃないから。

 むしろ『出会う前から存在している魂の結びつき』なんてロマンチックじゃない?

 しかも元から身近な人がエンゲージで、今も傍にいるっていうのはとても素敵なことよ」

「そういうものなんですか……?」

 ジャンヌ隊長から教わったことが全くの嘘だと思いたくなくて、どうしても半信半疑になってしまう。


「そうだって! それでもし結魂マリアージュまでこぎつけたら、この世界での不便はなくなるし、元の世界に帰った時も安泰じゃない? 羨ましいわぁ」


 結魂? 聞き慣れない単語が出てきたのでユノさんに尋ねようと思ったのだが、彼女はすっかり自分の世界に陶酔した『夢見る少女』と化していて、とても話を聞けるような雰囲気じゃなかった。


 そうこうしているうちに時間が来たようで、家のドアをノックする音が聞こえてきた。大牙側を案内していたオオカミさんがユノさんを迎えに来てくれたのだ。


「おっと、もうこんな時間。それじゃあ今日はそのままこの部屋で寝泊まりしちゃっていいからね。支給されるお金や食料なんかは後で城から届けられるから」

「はい。なにからなにまでありがとうございます」

 慌ただしく退室の準備をするユノさんに、私は頭を下げていた。


「あ、そうそう。ねえ、また遊びに来るかもしれないけど、いいかな?」

「はい、喜んで」

 私はあっさりとそう答えていた。

 短い時間での交流だったが、ユノさんには七海とはまた別ベクトルの「普通の娘」っぽさが見てとれて、すっかり親しみを感じていたからだ。それに、この国のルールなどもいっぱい教えてもらいたいところだし、断る理由は何も無かった。


「よかった。それじゃあまたね! 困ったことは1階の管理人さんに相談するんだよ~!」

「はーい」


 そんな言葉を残しながら、ユノさんは部屋を後にした。


▲▼▲▼▲


 ユノさんが部屋を去ってからしばらくして、玄関ドアを叩く音が聞こえた。


「■■?」

 扉の向こうからオオカミの声。大牙だ。相変わらず声で判別はできないが、タイミング的にそう考えていいだろう。


 私は玄関の前に立って、ドアをノックした。


 ――オオカミにドアをノックされたら、こちらもドアをノックして、それから一拍置く。それを合図にオオカミがドアから距離を取るのでするとそれからドアを開いて出て行くのだ。


 ユノさんから教わったこの国のルールの一つだ。大牙もそのルールを教わっていたようで、ドアを開けると、ちゃんとドアから一歩離れた位置で私を待ってくれていた。


「よっ、そっちも終わったみたいだね?」

「■■……」

 大牙はうなずいた。ちょっと疲れた雰囲気と肩をすくめるような動作を見るに、あっちでも何かいじられるような話題を振られたんだろうか。

 まあ無理もない。もといた国(……深緑の魔女の一団は国というのだろうか?)で教え込まれ、ようやく馴染んできたこの世界のルールを根底から覆すような異国へやってきたのだ。その常識に振り回され、戸惑ってしまうのは当然とも言えた。


「どう、ちょっとこっちで休んでく?」


 そんな疲れた様子の大牙に妙な共感シンパシーを感じて、私は自然と室内に大牙を誘っていた。大牙は一瞬戸惑った様子だったが、部屋へ入っていく私の後を追って、のそのそと部屋へ入ってきた。


「……椅子、使わないの?」

「■■」

 大牙は首を横に振った。ここは土足で上がる洋式の部屋だというのに、大牙は床にじかに座っている。それも、几帳面にも私との距離を十分とって。


 もっとも、大牙は魔女の住処――半ば自然の一部といってもいいような遺跡の中で生活していたので、地べた座りのほうがしっくり来るのかもしれない。……なので、私もさほど気にしないことにした。


「しかし、なんか変な感じだね。国のルールもだけど、こうして二人でいるのもさ」

 私は独り言のようにつぶやいていた。


 元々の世界でもご近所同士ではあったものの、こんなに近くに暮らすことになったのは初めてだ。それもお互い一人暮らし。ある意味、『同じ学校に通う同級生』だったあの頃より近い位置にいるような気がする。


「■■、■■■。■■■」

 『なるようにしかならない』『しばらく一緒にがんばっていこうや』、なんて言われたような気がする。


 その言葉の正解を知る術はないけれど、この短期間でずいぶんと大牙の言葉が理解できるようになった気がする。相変わらず何を言っているのかは分からないけど、『言いたいこと』が伝わってくるような。

 以心伝心とはこういうことを言うんだろうか。


(心が通じてる、か)


――『出会う前から存在している魂の結びつき』なんてロマンチックじゃない?――

――本当に? あなたの《ハート》はなんの反応もない?――


 なぜかユノさんの言葉が脳裏をよぎった。


(エンゲージ……魂の結びつき……)


 どうなんだろう? もしかして、ユノさんの言う通り私と大牙エンゲージで。だからこそ、こうして魂、もとい心を伝えるような意思疎通がやりやすくなっているとか。


 『エンゲージの相手に出会えばおのずと分かる』とジャンヌ隊長は言っていたけど。


 ――大牙との再会で、なにか特別な変化はあっただろうか?

 思い返してみるが……はっきりしない。

ここ数日は、この異世界でようやく見知った人間――大牙と再会できたということで、ずいぶんと浮かれてたような、落ち着いていたような……とにかく(不快ではないけれど)変な気分だったことは覚えている。


 この妙な気分が、エンゲージの証なのだろうか? もっと、すぐに分かるような激しい感情じゃないのだろうか。


(エンゲージか……私のエンゲージって一体誰なんだろう)


 ぎゅっ、と胸元で拳を作ると、胸に埋まる《ハート》が、小さく脈打った気がした。


 それから大牙と、とりとめもなく話をした――会話というより、お互いの一方通行の報告のようなものだったけれど――けど、エンゲージというものについての考え事ばかりが頭を満たして、その内容は全く頭の中に残らなかった。

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