4.二人は新天地へ
○青い鳥の王国
その日私たちは、アルセイドの宣言通り朝一番に魔女の住処を出発することになった。
「■■■?」
「フェルはお留守番だよ。あんまり二人揃ってアジトを空けてられないし、あいつ、あの国は居心地悪いみたいだから」
と、大牙の質問(多分、そうだと思う)にアルセイドは答えていた。フェルというのはアルセイドとよく一緒にいるオオカミだろう。……大牙以外のオオカミの見分けがつかない状態でも、さすがにあの巨体では判別ができる。なにせ大牙よりも大柄なのだから。
「さ、はぐれないでついてきてね~。昼前には着くと思うから」
そう言って杖を掲げ歩き出した魔女に、私たち二人はついていくのだった。
そうして深緑の魔女は森の中をずんずん進んでいった。道や方角を気にする様子はまったく無い。――やはり、以前ジャンヌ隊長が言ってたように、『目的地への到着を望めば』必ずたどり着けるんだろうか。
そんなことをぼんやり考えながらついていくと、その答えはすぐに出たのだった。
▲▼▲▼▲
アルセイドの言っていた通り、ちょうど太陽が空のてっぺんにたどり着く頃に、私たちも青の国へ到着していた。
「わあ……」
私は思わず声を上げていた。
――そこはまさに『王都』といった佇まいだった。
白の国ですら城の中で完結したコミュニティだったのに、この国には、城下街と言える青い屋根の家々が立ち並び、大通りの先には立派なお城があった。見惚れてしまうほど壮麗な光景だ。
しかもそんな街の中で、たくさんの仮面の少女とオオカミが行き交っている。
「■■……」
「すごい、本当に共存してるんだ……」
「ほらほら、二人ともぼーっとしない。まずはこの国の魔女に会わないといけないんだから。観光はその後にゆっくりできるからねー」
「は、はい!」
スタスタと城へ向かっていくアルセイドを、私たちは慌てて追いかけた。――仮面少女と魔女とオオカミという、私たち一行の奇妙な取り合わせに、街の人々はなにも違和感を抱いていないようだった。
城には当然のように門番(驚くべきことに、オオカミと少女が並んで城門を守っていた)が配置されていたが、アルセイドの顔を見るなり慌てた様子で敬礼し、そのまま私たち一行を通してくれた。顔パスってやつか。
どうやらこの国は、白の国と違って余所の魔女に寛容らしい。……いや、単に事前に連絡がいってたからこそ、なのかな?
とにかくそのまま城へ入ると――どこからか歌声が聞こえてきた。その歌のせいなのか、城内の人々は皆どこかソワソワした様子で、何人かの少女たちが連れだってその歌声の聞こえる方へと駆けていくのが見えた。
「こりゃ絶妙なタイミングで来れたみたいね。こっちだ」
と、アルセイドは迷わずその声の方向へと向かっていた。じゃあ、この歌声の持ち主が……魔女?
歌声に呼び集められるように目的地を目指す城の人たちに混じって、私たちも城の奥へと進んでいくと、やがて鳥籠のようなガラスドームに覆われた綺麗な庭園にたどり着いた。
「ああ、いたいた。……相変わらずパフォーマンスが派手だねえ」
その庭園の中心で、青い鳥が歌っていた。――正しくは、鳥のようにさえずる美女だったけど。
その女性の肌はニクスさんよりも作り物めいた、病的な……それでも美しいと思えるような肌の白さだった。髪も色素の薄い亜麻色をしていて、どこかアルビノのような儚さを感じさせる。
そんな彼女が、羽毛のようなふわふわでボリュームのある――それでいて、肌の露出が少しだけ多い、大胆な紺碧のドレスを着て、魔女の杖だろうか、美しい装飾の施された杖をスタンドマイクに見立ててアイドルさながらに群衆の前で歌っていた。
容貌こそ聖女のような神秘的な雰囲気を湛えているにもかかわらず、その衣装と歌声は妖しく甘美で、その強烈なギャップがさらに妖艶な魅力を引き立てているような……
ある意味、アルセイドよりもずっと魔女らしい。そんな印象の女性だった。
「■■……」
「そ。あれが青の国の魔女。
「ば…っ!?」
果たしてババァというのは単なる罵りの言葉なのか……まさか実際の年齢を指しているのか。単純に前者だとは思うけれど、いやでも魔女っていうくらいだし……?
などと考えているうちに、やがて一曲歌い終えた青鸞の魔女は、まっすぐにこちらへと歩いてきた。悠然と歩く彼女の前から群衆がざぁっと引いていくその姿たるや海を割るモーゼさながらだ。
「お久しぶりです、アルセイド。急に連絡があったものですから何事かと思いましたよ」
そう言って彼女が見せた天使のように柔らかい笑みは、ニクスさんとは正反対の方向で美人の極致だった。
「あはは……ゴメン。こっちもちょっと予想外の拾い物をしちゃったからさ。どうしてもあんたの力を借りたかったんだよ」
「ああ、そちらの二人が、噂の」
青い魔女は、チラ、とこちらに視線を移した。その視線に気付き、私は慌てて自己紹介をした。
「は、はじめまして、小鈴って言います。えーと、リュ、リス……あ、う」
「リュシー、でどうぞ。皆そう呼んでます」
「は、はい。……よろしくお願いします、リュシーさん」
まさかここで、私の名を呼ぶのに難儀していたジャンヌ隊長の気分を味わうとは。
「■■、■■■!」
と、大牙も頭を下げて大声で挨拶をしていた。多分、「これからお世話になります!」的なことを言ってるんだろう。相手が相手なだけに、体育会系な挨拶はこの場に不似合いな気もしたけど、大牙らしいといえばらしい。
そんな私たちに、リュシーはドレスの裾をつまんで上品に礼をした。
「ようこそ『青の国』へ。魔女がわざわざ滅多にないことですが、この国は何者をも等しく迎え入れますよ」
「それで、今日はなんでまた歌を歌ってたのさ? 私たちの歓迎……なワケないだろーけど」
アルセイドがそう尋ねると、自前のマイク、もとい杖を弄びながらリュシーが答える。
「いつもの習慣ですよ。この町を構成する魔法の更新作業です。今日は聴衆のリクエストにお応えしてちょっと毛色の違う歌を使いましたけど」
「ああ、そういうこと。……でもさ、わざわざ歌にする必要もないんじゃないの?
あんたなら能率良い
「毎日の歌は陛下が所望してやまないものですからね。それに歌はこのババァのささやかな趣味でもありますので」
と、リュシーは悪戯っぽく笑った。相変わらずの柔らかい笑顔に若干の刺々しさがあるのは気のせいじゃないだろう。
「あーはいはいゴチソウサマ。てか、聞こえてたのか……」
「さて、なんのことでしょう?」
なんて、しれっとはぐらかすあたり、この人はワリと性格も魔女らしいのかもしれない。
「あの……陛下、って」
私はおそるおそる、気になったことを二人尋ねていた。目上の人たちというだけでなく、二人の間に流れる(旧知の仲特有の)割って入りづらい空気も手伝って、ついつい及び腰になってしまう。そんな私に、リュスキニアは優しい声で答えてくれた。
「ああ、王政なのが珍しいんですね? この国は我らが君の治める王国。私はその配下に過ぎません」
珍しい……と言ってもこの世界の国なんて、白の国しか知らなかったのだけれど。
ニクスさんはもちろん、アルセイドもあのオオカミ集団のトップだったみたいだし、魔女が誰かの下に付いているなんて想像できなかった。
「こういう子なのさ。並外れて優秀なのに、人の下にいないとうまく立ち回れない」
と、アルセイドが付け加えた。
「優秀と言っても、私には元々治世の才覚はありませんから。適材適所というものです」
『並外れて優秀』の評をあっさりと肯定するその姿は、嫌味で傲慢というより、ちゃんと実力に見合った自信を持っているような印象だった。
やっぱり魔女ってすごいんだな。みんな強い力だけじゃなく、それぞれ確かな自分を持っているというか――
などと考えていると。
「……■■」
ぽつりと、大牙が一言もらした。その声からはすっかり生気が抜けているような気がする。
そこではたと気付く。――こいつのこと、すっかり忘れていた!
この女だらけの会話の輪の横で、大牙は私以上に居心地が悪い思いをしていただろう。さすがの私も、この時ばかりは大牙に申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。
「ご、ゴメン! ついつい話し込んじゃったね! リュシー、そういうワケだからしばらくこの子たちをこの国に住まわせてやってほしいんだけど! あと白の国に、スズちゃんの生存報告を」
大牙のためにどうにか話を打ち切ろうと、急に慌ただしく用件を伝えだしたアルセイドを前に、リュシーはあくまでも冷静だった。
「はいはい、すぐにでも連絡しておきましょう。住居にはすぐ案内させますから、お二人はそこのベンチでくつろいでいて下さい」
「……あれ、私は?」
ごくナチュラルにハブられたアルセイドは思わずリュシーに尋ねていた。
「今すぐ帰っていただいて結構ですよ? いつまでも保護者同伴でも彼らのためにならないですから。第一、魔女などいたら案内の者が萎縮してしまいます」
「そ、そりゃそうですけど」
たじたじになっているアルセイドへのトドメとばかりに、リュシーは私たちに言った。
「はい、二人とも。お母さんにバイバイしましょうね~」
「お、お母さんって言うない! まだそんな大きな子を持つよーな
「お母さん呼びくらい、良いじゃないですか~。お祖母ちゃんよりはマシでしょう?」
「復讐か! そんなにババァ呼ばわりが嫌だったのか!」
――なんだか最後は子供のケンカのようなやりとりになってしまったが、なんだかんだ和気あいあいとしたムードの中、アルセイドは庭園を後にしていた。
「■■■!!」
去っていくアルセイドに、大牙がどんな言葉をかけたのかは分からない。
ただ、遠くなっていくアルセイドの背中が見えなくなるまで、ずっと深々とお辞儀をしていた大牙の姿がやけに印象的だった。
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