●久しぶり、もしくは初めてのコミュニケーション
俺は部屋の隅で体育座りをして、自己嫌悪に陥っていた。
この異世界で初めて知り合いと再会できたという嬉しさや、「色々心配かけやがって」とか「お前、俺を殺す気だったのかよバーカ」などなど……とにかく色々な思いがこもって、つい、いつものようにじゃれついてしまった。思いきり触ってしまった。
事前に姐さんから『肉体的な接触は控えること』『こちらの言葉はまず通じてないと思え』とか、コミュニケーション方法に色々注意をされてたってのにもかかわらず、だ! これは姐さんの杖か兄貴の拳でどつかれても文句が言えない失態だ。
「あ、あの! さっきのは別に痛くなかったから!」
慌てた様子で小鈴が声をかけてきた。おいおい、そんなフォローをするような奴じゃなかっただろうに。……やはり視覚的な違いからだろうか、俺を『幼馴染の日野 大牙』として認識し、普段通りに接するということは難しいんだろうか。
かといって、どうする? こっちの言葉が通じないんじゃ、これ以上どうやって「俺が大牙だ」ということを伝えりゃいいんだ。しばらく考え込む俺。小鈴の方も、どうしていいのか分からないようで、じっとしているだけだった。
やがて――
「!!」
ひらめいた。
「え、あ、ちょっと!?」
驚く小鈴を部屋に残し、俺は食堂へと駆けだしていた。そして食堂に到着するやいなや、(調理の待ち時間が惜しいので)食事係にさくっと許可をとり、食料庫から直接果物いくつかを頂戴し、そのまま小鈴の部屋へとんぼ返り。持ち帰った果物を、そのまま小鈴の前に差し出したのだった。
老若男女問わず、ご機嫌取りにはこれに限る。食い物ならそう嫌がられることもないしな。
俺の慌ただしく突拍子の無い行動に、しばらく硬直していた小鈴だったようだが、やがて俺の意図が分かったようで――うつむいて、それから笑い出した。
「ちょっ、ごはんでご機嫌とりとか……本当に、野生動物じゃないの、ぷっ、あははははっ」
無表情な仮面の向こうから、笑い声が漏れてきた。――久々に聞く、小鈴の素直な笑い声だった。
こんな笑い声を聞いたのは、いつぶりだろうか。
なにせ元の世界にいた頃の小鈴は、俺と会う時はいつもイライラしていたから。焦っていたというか、何かがうまくいかずに戸惑っていたような。それでいつも俺にケンカをふっかけてきて、大して何も話さないうちに、あいつはなにか満たされない様子で去っていく。そんなぎこちない関係になったのはいつ頃からだったか――
「でも、気遣いは嬉しいよ。……ねえ、一緒に食べる?」
なんて考え込む俺の手から、小鈴は果実を一つだけ受け取ってそう尋ねてきた。俺はもちろん、その誘いに即座にうなずいていた。
▲▼▲▼▲
小鈴は、差し入れられた果物を食べながら(奇妙なことに、仮面をつけっぱなしでも食べれるらしい)、こちらに来てからのことを、とつとつと語ってくれた。
わけもわからず召喚され、ニクスという女性に保護されたこと。ルームメイトをオオカミから救うため、初めて銃を撃ったこと。それからたくさんの仲間ができて、一緒にオオカミと戦ったこと――。
仮面のせいで表情こそ分からないが、今までの経験を語るその声と雰囲気はずいぶんと落ち着いて、元の世界にいた時よりもずっと大人びているように感じた。
(不思議なもんだな……)
互いの意思疎通もままならない状況なんて、ひどく理不尽な状況だなんて思ってたが。どうも元の世界にいたときよりも、ずっと自然に向き合えている気がする。
現に、今までずっと子供っぽく噛みついてきたはずの小鈴が、こうして落ち着いた様子で俺と話をしてくれているなんて、あっちにいた頃じゃ想像もつかないことだった。
「ねえ、あんたも似たような感じだったの? あの魔女に拾われて、色々あったんでしょ?」
と話題を振られ、思わず口を開きかけた……が、すぐに止めた。話してやりたいことはいっぱいあったが、言葉が通じない以上、意味が無い行為だろう。
そう判断して、俺は一度うなずくだけにとどまった。
が、そんな俺を見て小鈴は腕組みしながらこう言うのだった。
「私にはうまく聞こえないけど……しゃべってもいんだよ? ていうか、おまえが黙ってるとそれはそれで気持ち悪い」
「んなっ!?」
ちょっと前まで妙な距離というか、他人行儀っぽさがあったというのに、急にずけずけとした物言いになった。こいつ、食事で腹がふくれたから余裕が出てきたな……
……とはいえ。
やっぱり小鈴は憎まれ口を叩いてくるくらいが、いつも通りでちょうどいい。
「ああそうかい、それじゃあ語ってやろうじゃねーか! 最後までしっかり聞けよ!」
というわけで、今度は俺が身の上を話してやる番だった。
この世界で最初に見た仮面少女と男たちの抗争。そこから姐さんに助け出され、この世界のことを学びながら鍛えられたこと。あの戦いで小鈴かもしれない仮面の女を見つけて、無我夢中であんな行動をおこして、こうして今に至ったこと――それらの出来事を、身振り手振りも大げさに交えて盛大に語ってやった。
その内容がいったいどれだけ彼女に伝わったのかは分からない。ただ、彼女は俺の話 (というかおそらくボディランゲージ)にちょくちょく笑ってくれたし、俺自身も、この世界での体験談をよく知る人物に洗いざらい話せたことで、心の整理ができたような気がした。
そうしてお互いが自分の身の上をすっかり話し終えた頃には――
「あんたはやっぱり大牙だね。……やっと、よく分かった気がする」
「ばーか、今さらだぜ」
と、どちらともなく笑い合っていた。
――すでにその時には、お互いの外見の違和感など俺たちの中からすっかり消えていたのだ。
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