○魔女の捕虜になりました
目覚めると私はベッドの上にいた。……ただ、城のベッドよりも硬く冷たい感触だ。それに、視界に映る天井と壁は荒く削りだした石でできており、城のものとはほど遠い。
ここはどこ? 私は一体――
「……!?」
そうだ、私はオオカミと戦っていて――!
気を失う直前までの記憶を急速に思い出し、私は反射的に飛び起きていた。が、後ろ手に腕を拘束されていたので一度は姿勢を崩してしまう。それでも勢いをつけてどうにか身を起こす。
「おや、目が覚めたみたいだね」
起きあがった私の目に飛び込んできたのは、久々に見る「素顔のままの人間」だった。
その顔を隠すことなく晒し、部屋の壁によりかかっている緑のローブ姿の女性。――間違いない、この人こそが魔女だ。
とっさに体当たりでもかましてやろうとも思ったが、手の拘束は壁かベッドと繋がれているのだろう、どうやっても彼女に届かない距離で引き止められてしまった。
「おっと落ち着いて。暴れられると困るからちょっと拘束させてもらったけど、私たちは敵じゃない」
「敵じゃない!? あんな卑怯な真似をしておいて、よくそんなことが――」
「……あー、うん。それは弁解できない。ごめん」
と、あろうことか魔女は頭を深々と下げた。
「でもね、こっちもあんたたちと接触する必要があったからあんな方法を取っただけ。誰にもひどいケガはさせてないし、その……捕虜というか、連れ帰ったのはあんた一人なんだよね」
「!?」
敵の口からとはいえ、「仲間が無事である」と聞かされて、ひとまずは安心した。が、どうして私がわざわざ(悪い方向性での)特別待遇をされたのか、全く理解できない。
「んー……と。何から説明するべきかな」
魔女は困ったように頭をかいた。……どうにもこの人、いわゆる世間一般でイメージされるような魔女の外見をしていないし(しいて言えばトンガリ帽子くらいか?)、そもそも敵意のようなものが見受けられない。
本当にこの人が、私たちの敵である『魔女』なんだろうか?
「えーと、かいつまんで説明するとだね。うちに、あんたが知り合いだって主張してる子がいるんだわ。……そいつの名前は、タイガっていうんだけど」
「……!」
私は、魔女の口から告げられた名前に、私は息を呑んでいた。
タイガ……もしかしなくても、あの『大牙』なのだろうか?
「その顔は、名前に覚えがあるみたいだね。……実は、そいつとアンタは今非常にややこしい立場に置かれてる」
「大牙に何かあったんですか!?」
私は思わず声を荒げて魔女に尋ねていた。なぜか敬語になってしまったのは、いつの間にか目の前の女性が『憎むべき敵の魔女』ではなく『ただの年上のお姉さん』程度の認識になってしまったせいだろう。
「あのね、今からタイガをここに呼ぶけど……あくまで冷静にお願いね。ちゃんと順を追って説明するから」
そう言って、魔女は部屋の外へ手招きをした。すると――見慣れたあの黒く忌まわしい生物(オオカミ)が、入口からぬっと顔だけを見せる。無防備どころか拘束されているこんな状態での最悪の遭遇に、思わず恐怖で身じろぎしてしまう。
が、オオカミは部屋の中へ入ってくる様子は無い。
「さて。……あんたにはあいつがなんに見える?」
と、魔女は部屋を覗きこむ黒い生物を杖先で指した。
「お、オオカミ……」
「……と、こういうわけだよ。分かってきた?」
魔女は、オオカミの方を向いてそう話しかけていた。
「ま、二人ともちょっと座んなさい」
魔女がオオカミを部屋に通すと、オオカミは部屋の隅で大人しくうずくまった。私も、相手に敵意が無いと判断し、とりあえずベッドに腰かけた。
「もう分かってきてると思うけど、この世界は、こうして男女が互いを正しく認識できないように仕組まれてるんだ。特に厄介なのが、女の子のつけてる仮面だ」
と、魔女は手に持つ杖で私の顔、もとい仮面をコンコンと小突いた。
「男たちから顔が見えなくなるだけじゃない。女の子を守るという名目でその五感を勝手に制御しちまうんだ。たとえば、男がみんな恐ろしい化け物に見えたりね」
魔女が告げる衝撃の事実に、私は声を上げて反論していた。
「守るって……そんなの、争いを助長してるだけじゃないですか! 相手が人間だって分かってたら――」
「撃てない、でしょ? たとえ相手が悪人や理性を失ったケダモノだったとしても」
「う……」
確かに否定はできない。今までさんざん城の仲間たちを襲ったオオカミたちも『人ではない魔物』として認識できていたからこそ、ためらいなく銃を撃って撃退できたのだ。
「それにさ、女の子には見たくない、聞きたくないコトっていっぱいあるでしょ? その仮面はそういうのを遠ざけるのさ。お節介なことにね」
と、魔女は苦笑いをした。言葉面こそ冗談みたいだが、その声はかすかに暗く重みを秘めていた。
「そんなこと言われても……信じられるわけが――」
そう言いかけたものの、それ以上の言葉は言えなかった。私自身、彼女の告げた事実を信じかけていたのだ。
――みんな、魔女が私をだますためにでっちあげた作り話だと信じたい。
でも、あの時戦ったオオカミのことを考えると、彼女の話で全てつじつまが合うのだ。
「今は敵の魔女の戯言だと思ってもいい。でも、少しでもこの言葉を信用してくれるというんなら、ちょっとばかりこいつと一緒にいてみてくれないかな」
不意に、しゅるり、と手の拘束がほどかれた。見ると手首を拘束していたらしい
「意思疎通はすごく面倒だと思うけど、あんたの言葉はちゃんと相手には届くからさ。まあ、どうしてもって時は」
魔女は私の足下に銃を投げてよこした。――それは私の銃だった。おそらく拘束される時に取り上げられていたのだろう。
「そいつにモノを言わせて構わないから」
ひどく恐ろしいセリフだと言うのに、その口調はいやに明るかった。
「……今、私がここであなたを撃つかもしれませんよ?」
「それが必要だと思うなら、やってみな。これでも魔女様だからね、ただの娘っ子に負ける気はないよ?」
杖を構えて不敵に笑う魔女の顔を見て、結局私は銃を構えることすらできなかった。
「そういうわけだタイガ、その子の世話はあんたに任せるよ。あんたらの関係については聞かないけどさ、事前に教えた通り丁重に扱うんだよ」
と、魔女はオオカミ相手にニヤリと微笑んで部屋を後にした。ただ、その笑顔は後輩をからかうお姉さんのそれであり、魔女のような邪悪な気配はみじんも感じられなかった。
こうして私は『タイガ』と呼ばれたオオカミと一緒に取り残された。
相変わらず、オオカミは襲ってくる気配がない。同じ場所にずっとうずくまり、こちらを見つめて。……あちらも戸惑っているようだった。
「タイガ……。日野、大牙?」
おそるおそるオオカミに呼びかけると、「そうだ!」と訴えるように何度も首を縦に振った。
「■■、■■?」
相変わらず、オオカミの声は雑音めいて聞き取りづらい。でも多分、私の名前を呼んでいるのだろう。
「あんたの声、聞こえないけど。……私は、小鈴。御影 小鈴だよ」
そう名乗った瞬間。オオカミは急に立ち上がり、私の傍へと駆け寄ってきたのだ。目の前に迫る黒く不気味な影に、私は思わず目をつぶっていた。
――けれど私を襲ったのは、痛みでも意識の混濁でもなく。
私の額をこつんと小突く、優しいゲンコツの感触だった。
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