○魔女狩り戦
魔女狩り作戦決行の日。今日も私たちは森の中を進んでいた。
他部隊との合同作戦ではあったが、各部隊、見失わない程度の距離を維持して離れているため、感覚的にはいつもの一部隊での活動とあまり変わらない気がした。特別気を遣う必要のあることといえば、せいぜい前方の部隊を見失わないよう付いていくくらいか。
相変わらず、森には目印になるようなものがほとんど無い。任務中は隊長――今は、前方を行く部隊に先導されているからいいようなもので、確実に方向感覚を失ってしまいそうだ。
「ベテランの人たち、みんな迷いなく森の中を進んでいきますよね。やっぱりそういう訓練をしてるんですか?」
森の中を進みながら、私はジャンヌ隊長に尋ねていた。
「実は特別な訓練は必要ないんだよ。目的地へは《森》が導いてくれるからね」
ジャンヌ隊長は、あっさりとそう言った。
「求め、歩き続ければ行きたいところにたどりつく。願いの強さや相手との距離でいくらか誤差は出るが、いつかは必ずだ」
なんでも、オオカミを狩ると念じれば、オオカミのいる場所へ。魔女の領土に行きたければ、かならずその領域へ。誰かが隊をはぐれて迷子になったときも、捜索すれば不思議と確実に見つかるという。
「だから、この森において『迷う』などとはありえないんだよ。歩く本人の心が迷わない限りな」
どういうわけか、この《森》はそういう風にできているらしかった。
「その理屈で言えば、願えば自らの《ハート》を奪ったオオカミとも早々に出会えそうなものなのだが――願いが足りないのだろうな、私はまだ会ったことがないよ」
と、ジャンヌ隊長は苦笑した。
「……おっと」
不意にジャンヌ隊長が会話を打ち切って部隊を止める。前方の部隊が停止したのだ。そこから作戦通りに周囲の部隊が展開していく。
「どうやら着いたようだな――皆、作戦開始だ」
私たちも作戦通りに隊列を変え、息を潜めて慎重に前進を開始した。
――やがて、私たちはついに『魔女の住処』にたどり着いたのだった。
そこはまるで南米のマヤかアステカのような。少し開けた土地に、まるで大自然に溶けこむようにエキゾチックな石造りの苔むした建造物がひっそりと立ち並んでいる。古代の息吹を思わせるその風景は幻想的ですらあった。
確かに、これはこれで魔女が住んでいそうな雰囲気だ。
そのひっそり静まりかえった遺跡群を、私たち白の王国の大部隊がゆっくり確実に、ぐるりと取り囲んでいく。
……しかし、全部隊が布陣を完了しても、遺跡からはネズミ一匹出てはこなかった。不気味なほど反応が無い。
「留守、とかじゃないですよね……」
声を潜めてジャンヌ隊長に尋ねる。
「ああ、先頭部隊は『魔女』を求めてここへたどり着いた。ならば必ず魔女はここにいる。――十中八九、護衛どももな」
静かな焦りと緊張感に背中を押されるように、部隊はじりじりと包囲の輪を狭め。もうすぐ木の無い平地部分まで足を踏み入れてしまう――そんなところまで接近した時だった。
「きゃあっ!?」
すぐ近くの別部隊から悲鳴が上がった。即座にそちらを見ると、いくつかの黒い霧のカタマリ――間違いない、数体のオオカミが部隊と乱戦になっていた。
――あいつら、木の上にいたんだ!!
その部隊はとっさに応戦したが、なにより奇襲で至近距離を取られてしまったのが致命的だった。陣形はバラバラ、銃を撃てば仲間を巻き込むかもしれない、オオカミとの接触で意識を失う者も出るという三重苦であっという間に部隊は壊滅してしまった。
さらに悪いことに、オオカミたちは戦闘不能になった何人かの少女を抱え上げ、遺跡群の方へと走っていったのだ。
「あいつら……人質で我々を誘いこむ気か!」
静かな憤怒のこもった声で、ジャンヌ隊長が苦々しく言葉を吐いた。
――いくら私たちより先輩で、長い間戦いに身を置いているとはいっても、部隊のみんながみんな軍人のような合理的・戦略的思考をするような人というわけではなかった。当たり前だ、みんな私と年が近い女の子でしかない。全員に徹底した教育が行き届いた本当の軍隊というわけじゃないんだから。
だから……悔しいことにオオカミたちの策は成功してしまったのだ。
ある部隊はその所業に激昂し、あるいは捕らわれた少女たちを奪還しようと突撃を始め、ある部隊は壊滅した部隊の取り残された少女たちを助けようとそちらへ駆け寄っていく。
もうメチャクチャだった。段取りやら作戦などはすでにみんなの中から吹き飛んでいた。――作戦内で、一部の部隊が壊滅した場合が想定されていたにもかかわらず。
そんな中、かろうじて混乱と隊の乱れを回避私たちの部隊は、すっかり取り残されていた。
「た、隊長、私たちどうしたら……!」
「……行くしかないだろう。このまま静観していては被害が大きくなるだけだ」
ジャンヌ隊長は銃を高く掲げ私たちに告げた。
「これより我々も敵地へ突入する! いいか、あくまでも狩りと人質救助は他部隊に任せろ。我々はこれ以上の被害拡大を防ぐために冷静に援護するんだ――いくぞ!」
隊長の凛としたかけ声と共に、私たちの部隊もいっせいに遺跡群へと駆けだしていた。
▲▼▲▼▲
オオカミが少女たちを誘いこんでから、遺跡群は一気に騒然となった。
少女たちの部隊が踏みこんだ途端、案の定遺跡の中に隠れていたオオカミたちがそこかしこから現れ、突撃してきた少女たちを次々と襲撃していった。
思ったよりもオオカミの数はずっと少なかったが、それでも地の利があるせいかあちらがかなり優勢だった。
「たああぁぁぁっ!!」
そんな中、少女を死角から狙う卑劣なオオカミの背中に、私は気合いを入れて
この乱戦においては、流れ弾……もとい流れ魔法を極力防ぐためにも格闘技は大いに役立った。触れると危険と言われたオオカミだけど、一撃を喰らわせる分には身体になんの異常も出なかった。
(要は、掴まれさえしなきゃいい……!)
それさえ分かっていれば、ずいぶんと対処は楽だった。オオカミたちは人の形と思考に近いのだ。ぼんやりとした輪郭とはいえその手足の動きで、次の行動はある程度予測できる。――あとは、『掴み』の動作を最大限警戒し間合いを調整すればいいだけだ。
「さあ、次!」
とはいえあくまで目的は援護。とにかく目に見える範囲で手助けが必要そうな子を助け出すだけだ。――いたずらに突っ走ったりするものか。
と、辺りを見回すと、すぐ近くでオオカミに腕をつかまれている少女を発見した。……次はあいつだ!
一気に駆け寄り、その勢いを乗せて、オオカミの横っ面に拳を突き出した――
――のだが。
拳の一撃は、そのオオカミには届かなかった。私とそいつの間に、急に割って入ってきた別のオオカミが受け止めたのだ。
「――!?」
ありえない。避けられるでも、耐えられるのでもない。こっちに来て初めて、技を……真っ向から完全に『防がれた』。
全くの想定外の事態に、無防備にも硬直しまっていた私を前に、乱入してきたそのオオカミは、反撃してくるでもなくただ私をじっと見つめるだけだった。
(こいつ、一体――)
私が戸惑いながらも身構えると、どういうわけかオオカミは人間離れした跳躍で近くの建造物の高台に飛び乗っていた。そして、手招き――というか、カンフー映画でよくある挑発の仕草を私に見せたのだった。
ちょうどすぐそばに階段があるため、私の足でもそのオオカミの元へ行くのは容易い。
――だけど、そんなことをしていいのだろうか?
先程私が殴りかかったオオカミは、すでに仲間が退治してくれていた。しかし、まだまだ助けが必要な子はたくさんいる。こんな変な動きをするオオカミ一体に構っている暇なんて無い。……はずなのに。
(ああ……「突っ走るもんか」なんて意気込んだばっかりなのに)
私は性懲りもなく自分の衝動に従おうとしている。
(あのオオカミの正体を――知りたい!)
あんな完璧な防御ができるということは、あいつは少なくともうちの流派を知っている。
相手は魂を奪うような魔物だ。もしかして心や記憶を読んで、技能をコピーでもするのか。……それともオオカミはそもそも異世界に住む魔物というわけではなく、私たちのように他の世界から来ているとでも?
――そんな、次々と湧き出てきた疑問に決着を付けるためにも、私はあいつと戦う必要がある。
そう考えた瞬間、私はオオカミの元へ続く階段を駆け上っていた。
▲▼▲▼▲
高台の上に到着した途端、私は件のオオカミに一気に詰め寄り拳を突き出していた。
しかし、それすらも予測していたようでオオカミは余裕でその一撃を避けた。
そこからは、まるで決まりきった演武のように。私の繰り出す一撃一撃に合わせ、そのオオカミは的確に防ぎ、かわし、反撃をしてくる。
何度も何度もそんな攻防を繰り返しているうち、やがて私はあることに気付いた。
(こいつ、本気を出していない。いや、出せないのか……?)
攻撃の先手はいつも私だったし、唯一手出ししてくる反撃のタイミングだって、それまでの動きに比べたら不自然なくらいぎこちない。
(なんなのこいつ、なんの目的があってこんな……!)
私の苛立ちに合わせて格闘の技も激しさを増すが、それでもオオカミはその守りを崩しはしない。そしてその長い長い攻防の果て。ふと、私はついに一つの答えにたどり着いてしまった。
――ああ、分かった。
この感覚に覚えがある。それはもう、嫌になるくらい味わったから。
(……手加減されてるんだ、私)
こっちの世界に来てから、あんな思いは、記憶は、だいぶ薄れたと思ったのに。
これじゃあ思い出しちゃうじゃないか。こんなの……
(こんなの、まるで「あいつ」みたいじゃないか!!)
激しい怒りを乗せて蹴りを繰り出した直後、身体を支えていた片足がグラリと揺れた。
(あ、れ……)
――気付くのが遅すぎた。
オオカミに「触れ続けなければ」大丈夫だと思っていた。だが、このオオカミとの長時間の格闘戦は、確実に私の神経を蝕んでいたのだった。
加えて非常に運の悪いことに、バランスを崩した私の身体は高台の外に真っ逆さまに落ちていた。高台こそ地上二階かそこいらの高さだったけれど、頭から落ちたらさすがにこの高さでも洒落にならない。
これは死ぬ。いや、この世界には一般的な意味での「死」はないと教わってはいたけれど。それでも、襲い来るであろう痛みとスプラッタな光景が死への恐怖として脳裏をよぎり、私の身体は凍りついていた。
そして。
「■■■――!」
ひどく聞き取りづらい、咆吼にも似た声が上がり。次の瞬間、私の身体は温かい「何か」にくるまれていた。
痛みは無かった。ただ温かく、懐かしい匂いがして。私の意識は安らぎの中薄れていった。
それが……私が意識を失う直前の、最後の記憶だった。
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