●彼の初陣、迫る

「んー、そろそろ来るかもね。明日来ても不思議じゃないわ」


 自らの領土に立つ、ひときわ高い塔の上でアルセイド姐さんははるか遠くを眺めてそうつぶやいていた。

 ここ数日、姐さんは「戦いの気配がする」なんて言って、俺とフェルゼン兄貴を引き連れて、ちょくちょくこの塔の上に来ていた。彼女の視線の先には緑の森が広がるばかりで、葉っぱの緑以外のなにも見えはしないのだが、姐さんいわく、「森の影響の薄い上空の方が、気配や色々なモノが読みやすくなる」んだとか。よく分からんが魔女ってスゲェ。


 もちろん一般人の俺がそんなモノを察知できるわけもなく、俺はもっと近く――塔のすぐ下を眺めていた。

 そこは小さな街……のようなものだった。ただし普通の家屋ではなくて、南米のジャングルとかにありそうな、石造りで苔むしたピラミッドなんかが立ち並んでいる。しかし、ここにあるのは歴史的な価値のある建造物というわけではない。

 ここは深緑の魔女の生み出した『魔女の領域』。遺跡に見えるその建造物は、姐さんが魔法でこしらえた、彼女の仲間たちが暮らす拠点なのだ。当然ながら、俺もこの遺跡のような家々でお世話になっている。古めかしい外見とはうらはらに、ここの住み心地はけっこう快適だ。


「しかしスゴイっすね。魔女ってのはこんな建物まで造れるんすか」

「まあ、想像力とそれから仲間次第かな。一人だと、とてもじゃないがこんなにできないよ」

 姐さんは謙遜するように控えめに笑って言った。


「それよりどう、《サルク》はモノにできてる?」

「はい、なんとなくっすけど、分かってきました」

「おう、タイガはなかなか筋がいいぞ。下地が良かったのかもしれねぇがな」

 その言葉に嘘はない、とばかりに自信たっぷりに兄貴は言ってくれた。


 姐さんに保護され、この拠点でフェルゼン兄貴に戦闘訓練をつけてもらううちに、俺は――姐さんやいつかの仮面集団だけでなく――男にも特殊な力が備わっているということを教わったのだ。それが《サルク》だ。


 それは模擬戦闘でテンションが乗ってくると、おのずと発生した。――身体能力が、普段以上に高まるのだ。それは精神状態で技のキレが良くなるとかそういう次元の話じゃなく、本気で、人間離れした身体能力が発揮できる。自分の身長くらいの跳躍ができた時なんかバトルマンガの主人公にでもなった気分だった。


 ただ、その発動は本人の感情に起因するらしく、心が昂ぶりおもむくままに動くほど激しく力が増す一方で、うまい活用まで頭が回らなくなってしまうのだ。


「やっぱり難しいっすね。マンガのヒーローみたいにはいかねーや」

「強い力を引き出すには、それだけ頭を空っぽにしなきゃならんリスクがある。

 そのうまいバランスを取れるように心も鍛えていないと《纏》は満足に使えねぇ。

……ま、俺もまだ修行中の身だ。偉そうに指南できる立場じゃねぇわな」

 兄貴はそう言って苦笑した。これだけの人がまだ修行中の身だとなると、俺が《纏》を極められるのは果たしていつになるんだか……。


「ま、死ぬ気で逃げる時なんかは《纏》は便利だよ。怖いと思えばどこまでも足が速くなるからね」

 アル姐さんがそんなことを言って笑った。

「逃げたりなんかしないっすよ。これから敵が来るんだろ? 最後まで戦うっす」

「敵、ね。私たちは別に本気の殺し合いをしたいわけじゃない、ちょっと脅かしてやるだけだ。……そりゃあ、うちで抱える独り身どものためにいくらかお膳立てはするけどさ。傷つけあうのは本懐じゃないよ」

 そうつぶやいた姐さんは、ずっと遠くの空を見つめていた。

 そんな表情を見ていたら、単純に「戦って勝つ!」なんて意気込んでいた俺の心に迷いが生じてしまった。


「俺は……どうすればいいんすかね」

「心の赴くままに。好きに暴れて、怖くなったら逃げればいい。ああそれと、妙に気になる女の子を見つけたら、さらってくる気概でつっこんでこい」

「なんすかそれ」

 緊張をほぐすための冗談のつもりかとも思ったが、意外にもアル姐の真剣な目を見る限り、本気の発言らしい。


「テメーの命を張れるような運命の出会いは大事だよ。特にこの世界においては、なによりもね」

 そう言って姐さんはゆっくりとフェルゼンの兄貴に身を預けていた。兄貴も慣れた様子で彼女を抱きとめる。その腕の中で、アル姐さんは諭すような口調で言うのだった。


「もう一度言うよ、タイガ。その時が来たら、あんたの心の赴くままに動きなさい。

 理屈じゃなく、アンタの心が求めることを第一にするんだよ」

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