3.二人はついに

○いつかの日常の夢を見た

「なんでだよ、予定は空いてるんでしょ!? だったらうちの道場で私と勝負しなさいっ!」

 下校途中の道中で、私は荒い語気で大牙に食ってかかっていた。


「だーかーらー、もう体格が違うからマトモな勝負にならねーって。

 だいたい、『罪無き女を殴るのは外道の所業』って、親父さんも言ってたぞ」


 うちの父さんは、相変わらずこいつに優しい。というより、ほとんど息子同然に思ってる節がある。やはり、自分の教える武術をしっかり受け継いでくれる男がいるというのが心から嬉しいんだろう。どうせ女でチビの私では、父の望むような後継者にはなれないんだ。


「ならここでお前を倒す!」

 ムシャクシャした私は、やられ役のならず者みたいなセリフを吐いて、私は大牙に飛びかかっていた。完全に通り魔である。


「ほい、と」

 しかし大牙慌てるでもなく、ただ片腕を突き出した。――それだけで私は無力化されてしまう。大牙のめいっぱい伸ばしたその腕に頭を押さえられていると、私の正拳突きが大牙に決して届かない絶妙な距離に固定されてしまうのだ。


「ってお笑い芸人のコントかぁぁぁぁ!」


 ツッコミがてら、届かない拳に代わって蹴りを繰り出す。その一撃はリーチこそしっかり届いていたが、大牙にひらりとかわされてしまった。このパターンもすっかり見抜かれているのだ。……く、悔しい。


「お前なあ、なんでそういう勝負にこだわるんだ?大体、お前の方がずっと学校の成績いいんだし、そういう勝ちじゃダメなのかよ」

 呆れたように大牙はそう言った。

「そういうのは、なんか違う。大牙、勉強なんて本気で打ちこんでないじゃないのさ」

「おう! 数学なんかもう諦めてるぜ!」

「自慢げにいう話じゃないでしょ、馬鹿」


 多分、同じ条件と熱意でもって習得した技能で、こいつに打ち勝ちたいんだと思う。ワガママだとは自分でも分かっている。けど、そうでもしないと私は、私の心は――


「ま、お前が納得できて俺たちが対等に戦える勝負、探して来いよ。それが見つかったら、その時は相手してやっから」


 大牙は快活な笑顔を見せながら、ゲンコツをつくって私の額をこつん、と小突いた。私が本気で繰り出す正拳突きとは違う、戯れのような、優しい一撃。

 私たちが道場で勝負しなくなった頃から、こいつが私に対してやりはじめるようになった一種の癖だ。


「……デカブツが、偉そうに」


 そんな捨てセリフを吐いて、私はその場から逃げ去っていた。


 本当にどうしようもない。可愛げがないし子供っぽいし、馬鹿げてる。――そんなの十分に分かってるはずなのに。

 なのに私は、ずっとあいつに――


▲▼▲▼▲


「小鈴ちゃん、起きて!」

 身体をゆすられる感覚に、私は夢から覚めたのだった。


「おはよう、小鈴ちゃん。よく寝てたね」

「あ、うん、おはよう」

 まぶたを開くと、七海の顔(まあ、仮面なんだけど)が目の前にあった。まだぼんやりする頭で、とりあえず朝のあいさつをしておいた。……よく覚えてないが、夢見のせいであまり気持ち良くは眠れていない気がする。


「あのね、さっき連絡の人が来てね、次の鐘までに17番教室に集合だって。次の任務の説明会があるって言ってた」

「え、ああ、ありがとう……ごめんね、爆睡してて客なんてちっとも気付かなかった」

「しょうがないよ。部隊所属なんだもの、訓練に実戦に忙しいんでしょ? すごいよ」

 七海は私に尊敬のこもった眼差しを向けて、そう言った。


「別にすごくないよ、私はできることを精一杯やってるだけだし。私には七海のほうがすごいと思う」

「そ、そうかな?」


 最初のオオカミ襲撃から、七海も少しずつ戦闘訓練に出るようになっていた。さすがにまだまだ実戦に出れるような実力には及んでいないものの、あの一件で「自分の身は自分で守らなければ」という危機感は生まれたらしい。

 それに「自分を守ってくれた小鈴ちゃんや先輩たちに恩返しができるくらいには強くなりたい」とも言っていたし、自分が七海の強い目的意識のきっかけを作れたということが、ちょっとだけ嬉しかった。


「なんか、いつも一生懸命がんばって、どんどん成長してる。私にはそう見えるよ」

「えへへ……ありがとう小鈴ちゃん。そう言ってもらえるとなんだか嬉しい」


 そう答えた七海の声は、最初に会ったあの日よりもずっと活き活きしていた。


「お互い、色々大変だけどがんばろうね。無理はしない程度に」

「うん!」


 そんな七海とのやりとりで、だいぶ元気をもらえた気がした。……さて、早く支度して説明会に急がないと。


▲▼▲▼▲


「今回は別部隊との合同作戦になる。なにせただのオオカミ狩りではないからな」


 いつもより緊張した様子で、ジャンヌ隊長はそう告げた。


「今回は、『魔女狩り』だ」


 魔女!? これまたファンタジーな新要素だ。

 私以外にもその単語に覚えの無い子は多かったようで、教室内がざわついた。


「知らない者も多いようだね。魔女とは仮面をしていない女で、我々より強力な魔法を扱う。時にはオオカミを率いて襲ってくることもある」


 うわあ、まさに悪魔オオカミと契約した魔性の女ってことか……。


「本来ならお互いに領土不可侵なのだが、ある魔女の領土がこの白の国の近くまで拡大していると報告があった。

 なので、我々が損害をこうむる前に遠くへ行ってもらう必要があるのだ」

 ジャンヌ隊長は、念を押すように続く言葉を強調した。

「だから魔女狩りと言っても、必ずしも魔女を仕留める必要はない。あくまでこの国から遠ざかってもらうために牽制するだけでいい。むしろ、倒そうなどと考えないでほしい……特にスズ」


 名指しで釘を刺されてしまい、まわりで小さく笑いが起きた。が、ジャンヌ隊長はいたって真面目に言葉を続ける。


「相手は非常に凶悪だ。それに、いたずらに因縁を積み重ねては白の国自体の不利益になりかねない。だからあくまでも牽制なのだよ」

 確かにそうだ。領土問題なんてデリケートな話が絡んでくる以上、単純な外敵駆除であるオオカミ狩りとは意味が違ってくる。


「わ、わかりました。無謀な戦いはしません、絶対に」

「うむ、よろしい」

 私の宣言を聞き届け、隊長は大きくうなずいた。



 ――それから後は、合同で任務にあたる部隊との顔合わせ、それから魔女狩りに向けた作戦会議や連絡のやりとりがあって……その日一日は魔女狩りの準備に追われることとなった。


 ようやく部屋に戻ってベッドに潜りこめたのは、すっかり夜遅くになってからだった。七海はとっくに向かいのベッドで安らかな寝息をたてている。


 しかし、心身共に疲れていたにもかかわらず、私はすぐには眠れなかった。


(魔女、か……どんな戦いになるんだろう)

 仮面をしていない女、ということは、オオカミと違って私たちと同じ人間の外見をしているわけだ。


(そんな人を前にして、銃が撃てるのかな……)

 隊長に「今回の目的はあくまで牽制だ」と念を押されたものの、やっぱりそういう展開になるこもとあんじゃないかと不安がよぎる。もちろん、そんなことは進んでやりたいなどとは思わないけれど。


 でも、もしも。もしそんな必要に迫られたら。私は引き金を引けるのだろうか――


 そんなことをぐるぐる考え続けて、その夜はなかなか寝付けなかった。

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