●魔女と伴侶と世界のお話
「さてと、なにから話をしようかな」
魔女と呼ばれたその女性は、近場の太い木の根に座って帽子を横に置いた。彼女の連れの大男と俺は地べたに座ることにしていた。
帽子を取ってあらわになった魔女の顔は、おおよそイメージ通りだった。栗色の髪を短く切っており、野性的で男っぽくも見える、典型的な体育会系の容貌。うちの学校のバレー部キャプテンなんかがこんな雰囲気だったな。
それに、あいつにも昔はこんな感じだった。もっとも今じゃすっかり……っと、そんなことは今はどうでもいい。
その顔に化粧っ気はほとんどなかったが、その頬にも衣服と同じような迷彩めいたメイクが施してあった。
「私はアルセイド。アルって呼んで。まあどっちにしろ女っぽくない名前だけどさ」
深緑の魔女ことアルセイド(戦わずして争いを鎮めるカッコイイ姿を見せられた俺としては、アル姐さんとでも呼びたいくらいだ)は、そう名乗って、小さく苦笑した。
「んで、こっちは相棒のフェルゼン。私はフェルって呼んでる」
「よろしくな、坊主」
と、紹介された大男フェルゼンは快活に笑った。
銀髪で浅黒い肌の彼は、上は黒タンクトップ一枚で、アル姐さんの服と同じ迷彩っぽい柄をした丈夫そうな材質のズボンと編みあげの革のブーツを履いていた。この体躯に服装、さらには無駄のない筋肉のつき方なんかを見るに、この人はガチの軍人だと思う。でなかったらアスリートか何かだろ絶対。
「俺は日野(ひの) 大牙(たいが)。あ、大牙が名前っす」
俺の自己紹介を聞いて、アル姐さんは大きくうなずいた。
「タイガ君、ね。いい? これから私が話すことはすんなり信じられないとは思うけど、ちゃんと真面目に聞いてほしいんだ」
「はい! 分かってます!」
姐さんは念を押したものの、俺はとっくに、「この人たちの話ならどんな内容でも受け入れる」という心構えができていた。
そんな俺の覚悟をしっかり受け取ったのか、姐さんはゆっくりと話し始めた――
▲▼▲▼▲
「異世界、っすか」
「そう。それも魔法が日常的に飛び交う、ちょっと……いや、かなり危険な世界。どう、信じられるかい?」
「あんなの見せられた後っすからね……」
俺の脳裏には、まだあの仮面集団の恐ろしい姿が焼き付いていた。
「私は、ああいう一方的な狩りを止めるために、フェルと一緒に活動してるのさ」
「坊主みてーな右も左も分からない新人を保護して、自分で身を守れる程度に鍛え上げたりもしてるしな」
と、姐さんの言葉にフェルゼンが付け加えた。
「でもまあ、実際は無理に戦いを選ぶ必要はないけどね。一応、戦えない、戦いたくない奴でもそれなりに暮らしていけるような場所を知ってるし」
そう言って、アル姐さんは緑の瞳で俺の顔をじっと見つめてくる。
「で、タイガはどうする? 君が望むようならそういう安全な場所に連れてってあげるけど」
俺は、その申し出を――即座に断っていた。
「いや、もしよかったら一緒に戦わせてください。命を助けてもらった恩返しがしたいっす!」
そう言って俺が深々と頭を下げると、姐さんたち二人は目を丸くしたようだった。
「命を助けた、って……別にあんたは元々あの戦いに巻き込まれちゃいなかったでしょ?」
「いや、あんたらが出てこなかったらあの戦いに飛び込んでいくつもりだった。それでそのまま死んでたかもしれねえ。……だから、二人は確かに命の恩人なんすよ!」
俺がそう言い切ると、フェルゼンはプッと吹きだして、そのまま豪快に笑う。
「あははは! ガキのくせに律儀だなぁ、オイ! ま、そういうのは嫌いじゃないけどな」
「確かにねえ、今どき珍しいというか」
と、姐さんたちは顔を見合わせ笑いあっっていた。
そんな二人の気心の知れた様子は、どうにも同じ目的を持つ仲間以上の親密さが見て取れるような気がする。
「あの、ところで二人は夫婦とかなんすか?」
俺がそうたずねると、姐さんは頬をかすかに染めて照れくさそうに頭をかいた。
「ま、まあそうなるのかな? でも、その、あくまで魔法的な契約の意味合いが強いというか――」
しどろもどろに説明する姉さんに、フェルゼンはのしのしと歩み寄って、その肩を抱いた。
「オイオイ、そんな照れなくていいじゃねーか。いいか坊主、この世界じゃ伴侶はなにより大事だぜ。その点、こいつとちゃっちゃと巡り会ってさっさと結ばれた俺は幸運だったわけだ」
「ちょっと、人をありがたみの薄い間に合わせみたいに言って!」
なんて、フェルゼンに言いかえした姐さんも、本気で怒ってる様子ではなかった。
「ハハハ、そう聞こえたか? 悪い悪い」
「もう……あんたはいっつも言葉選びが足りてないんだから」
と、ため息をついた後、姐さんは真面目な声で俺に話しかけてきた。
「でもね、タイガ。信じられないかもしれないけど、こいつの言ってることはわりと真理なんだよね。
冗談抜きで、この世界でのパートナー探しは最重要課題なんだよ」
「ハハ、そうっすね。姐さんたちを見てるとそんな気がするっす」
と、俺は二人の仲睦まじい姿を見て、心からそう答えていた。
――この時の俺はまだ、彼らの助言は「精神的な支えが傍にいれば、どんな困難も乗り越えられる」程度の理屈だと思っていたのだ。
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