2.少年も異世界へ

●少年の目覚め

 目が覚めると、柔らかな木漏れ日が目に飛びこんできた。


「んあー……?」


 寝ぼけまなこをこすりつつ身を起こすと、真上どころか四方八方見渡す限り木々の緑で覆い尽くされていた。


「……なんじゃこりゃ」


 単身ハイキングに来た覚えはないが。というか学生服を着たままだ。山登りするならもう少しちゃんとした格好で来るわ。


(むう……クスリを盛られて樹海に放られたか?)

 それじゃ探偵アニメやヤクザ映画じゃねーか。一介の学生に起きるような事件じゃねーぞ。だいたい、そんな事態になりそうなことは一切してない……はずだ。

 暴力沙汰を起こして御影の親父さんにブン殴られてから、ケンカなんてしばらくやっていない。それでもケンカを売ってくるようなヤツらは、ちゃんと合法的な勝負で正々堂々と打ち負かしてきた。そういう戦いができないヤツらとは……まあ極力関わらないようにしていたはずだが。

 それでも恨みを買ってしまったとか? そんなのどうしろってんだよ。


 と、ウンウン考えていると、ほど近い場所から人の声が聞こえてきた気がした。耳を澄ませてみると、複数の声や物音が確かに耳に届いた。


 樹海のど真ん中で独りぼっちなんて、ここで人生終了かと思ったが、こいつはラッキーだ。俺は、さほど深く考えずに声がする方向へと駆けだしていた。


 ……で、さっそく俺は自分の決断を後悔した。


(な、なんじゃありゃあ……!)


 やっと見えてきた人々の姿に、俺は思わず足を止めてしまった。そして、そのあまりの光景に声を失っていた。

 仮面をかぶった不気味な集団――どうも、背格好を見るに全員若い女らしい――が、色々と騒ぎたてながら、男の一団――こちらは、年齢も外見もまちまちだった――相手に、銃を撃ちまくっているのだ。

 男どもも申し訳程度に武装はしているものの、原始的な接近武器ばかり。銃相手には絶対に不利だ。そもそもその「銃」だって、妙ちきりんな外見の銃口から火だの氷だの光線だの、鉛玉以外のものをバンバン吐き出している。

 なんかの抗争だの映画撮影だの……そんな想像できる範疇(はんちゅう)をはるかに超えた、異様すぎる光景だ。


(どうする、どうする……!)


 パッと見た限りでは、どうにも仮面集団の方が男どもをいたぶっているように見える。助けるべきは男たちの方だろう。けど、敵は拳銃を所持しているのだ。丸腰の俺が一人加勢したところで、事態が好転するか!?


(……ああくそ、情けねぇ! 拳銃なんぞにビビってる場合か!! 人の命が危ねえんだ!)


 意を決して飛び出そうとした瞬間だった。


「【私の仲間たち、愚かな戦いを止めさせな】」


 その場に女の声が響いたと思うと、足下が大きく揺れた。

 直後、地面から無数の若木や根っこがあっという間に伸びてきたかと思うと、それは分厚い樹木の壁となって仮面集団の弾道をすっかり塞いでしまっていた。

 すると、壁によって弾幕が途切れた今が好機! とばかりに、男たちは一人残らずその場から逃げ去ってしまった。やがて、彼らの無事を見届けた樹木の壁はしゅるしゅると地中へと戻っていき、さっきまで壁のあった場所には一人の女が立っていた。


「困るねぇ。分かりづらいと思うけど、ここは私の領土なんだわ。ここじゃ狩りはルール違反」

 まるで生徒の遅刻をやんわり叱る教師のような軽さの口調で、女は言った。


 その女は妙な形の木製の杖を携えていて、緑色のダボっとしたコートだかマントだかローブだかを羽織り、三角帽子をかぶっていた。性別は違うが、昔のアニメで似たようなキャラがいたな。なんちゃらって谷にいて、ハーモニカとか吹くやつ。

 しかし実際はそんなファンシーな妖精さんそのものという雰囲気ではなく、薄く迷彩らしき模様のついた全身緑のその格好は、この森の中においてかなり実用的なものに見えた。


「ま、魔女……」

 仮面集団の一人が、震える声でつぶやいた。その声に緑の女はニヤリ、と不敵な笑みを浮かべた。


「はいはーい、その通り『深緑の魔女』様のご登場ですよーっと。……早く帰りなお嬢ちゃんたち。もうすぐここに何百というオオカミが来るよ?」


 相変わらず、ちょっと前までの戦闘風景とは縁遠いようなひどく軽い口調だったが、その語尾だけには殺気めいた重みがこめられていた。


「て、撤収!」

 仮面集団の一人がそう声を上げると、仮面の女たちはさっきの男たちとは逆の方向に、いっせいに逃げ出していた。黄色い声を上げて逃げ帰る後ろ姿は普通の女の子に見えるんだが……さっきまでの光景を思い返すと、あまり可愛いとは思えない。


 そうしてその場には魔女と呼ばれた女だけが残った。……いや、彼女からちょっと離れた場所に俺が一人ポツンと立ちつくしているわけだが、どうやら気付かれていないらしい。


 魔女はうーん、と大きく背伸びをすると、そのまま上空に声をかけた。

「お仕事完了、っと。フェルー、もういいよ。今日は出番無し」

「おう、そうかい。ちっとは暴れたかったが、まあいいか」

 そんな返事と共に、近くの大樹からどすん、と大男が降りてきた。


 直後、大男は何かに気付いたようにこちらに視線を走らせた。……バッチリ目が合ってしまった。


「……オイ、一人逃げ遅れてるぞ」

「え、嘘」

 ハッとした様子で魔女もこちらを見てきた。これまたバッチリ目が合う。


「ご、ごっめーん! 気付かなかった! 大丈夫、ケガとか無い!?」

 そう言って慌てて駆け寄ってくる緑の女は、やっぱり魔女というより先生や部活の先輩のような気軽さだった。


「い、いえ大丈夫、っすけど……」


 身体は無事だが、想像を絶する展開の連続に頭がついていけてない。

 そんな俺の反応を見て、魔女はなにかを悟ったようだった。


「……ああ、もしかして新入り君? 災難だったねえ。ルールとはいえ、交戦中の群れの近くに呼ばれたのか」


 その言葉の意味がよく分からず混乱する俺の頭に、ぽん、と大男の浅黒い手が乗せられた。


「ま、ゆっくり事情を話せばいいじゃねえか。話を聞く余裕くらいはあるよな、坊主?」


 と、大男に顔を覗きこまれた時、俺はあることに気付いてしまった。……ちょっと待て。この男、俺より目線が高い。マジかよ。俺、身長185センチあるんだぞ?

 一瞬、妙な対抗意識と驚嘆の念が湧いたが、それよりも今はこの状況を把握することの方が大事だ。


「は、はい、お願いします! 今何が起きているのか、俺に色々教えてください!」


 俺はそう言って、二人に深々と頭を下げていた。

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