○やっと、一段落

 一通り回想を終えた私の脳は、急激に覚醒していった。

 そうだ、確かオオカミに組み敷かれて意識を失って――それから今まで、この世界に来たばかりの頃の夢を見ていたと。


(危なっ……走馬燈みたいじゃないの)


 慌てて身を起こすと、周囲から安心したような声が上がった。見ると、部隊の仲間みんなが私を取り囲むように座っていたのだった。


「よかった、目が覚めたようだな」

 と、ジャンヌ隊長がホッとした様子で声をかけてくれた。


「あの、オオカミは!?」

「安心しろ、我々が全滅させたぞ。ほら」

 ジャンヌ隊長が指さす岩の上に、いくつかの宝石が転がっていた。あれが、オオカミたちが持っていた《ハート》だろう。


 なんでも、私がオオカミに単身挑みかかるも気絶させられたのを見て、怯えていたはずの部隊の仲間たちが、私を助けようと一丸となってオオカミを退治したというのだ。

 一人で突っ走ったうえ結局助けられたというのは恥ずかしい限りだが、結果的には敵を全滅させられたのだ。結果オーライというやつじゃなかろうか。……いや、私はそんなこと言っていい立場じゃないか。


「すみません、また勝手な行動をして。しかも今回はみんなに心配をかけて――」

「いや、今回は私の説明不足が悪かった。オオカミは心の準備無しに触れると、ああして意識を乱され、最悪気絶する。私たちはこれをオオカミの『気に当てられる』と形容している。慣れればいくらか耐性がつくらしいが、基本的に近付かせないほうがいいんだ」

 むう……それじゃあいくら腕に自信があっても接近戦を挑むのは危険すぎるのか。さすがオオカミの名を冠した悪魔。


「さて、もう歩けるか?」

「はい、身体は別になんとも」

 ジャンヌ隊長の言葉に、私は元気に答えていた。ちょっとの間寝ていたようなものだから、むしろ逆に頭がスッキリしているくらいだ。


「じゃあ、ついてきなさい。《ハート》の確認をしよう」

 そう言われ、私は寄せ集められたオオカミの《ハート》の前まで連れてこられた。


「さあ、スズ。この中にお前の《ハート》はあるか? こう、心を揺さぶるような感覚になるモノは」

「うーん……無い、と思います」


 まじまじと《ハート》を眺めてみて感じるのは、オオカミを退治した達成感。あるいは「大きな宝石だな」とか「こんなものが胸に埋まってるのか」とか。

 そんな色々な考えは巡るものの「これは私のだ!」という直感めいたモノは少しもピンとこない。


「そうか。では今回の狩りでの撃破数は5、《ハート》の適合者は無し、か。

よし、十分な成果だ。みんな撤収準備を」

 そう言うと、ジャンヌはくるりと《ハート》の山に背を向け、そのまま隊員たちの輪の中へと戻っていく。


「あの、《ハート》を持って帰ったりはしないんですか」

 この部隊の子のものでなかったとしても、もしかしたら城にいる誰かがこの《ハート》の持ち主かもしれないんだし。


「それは危険を伴うから禁止されているんだ。下手をしたら、城のただ中でオオカミが蘇生してしまうからね」

「これから生き返るんですか!?」

 最初の授業で不死身の化け物だという話はちらっと聞いた気はするが、まさかこの《ハート》から再生するなんて。


「自分の魂を他人に預け、その相手の魂を奪ってそれに寄生している状態だからな。

 自分の魂は傷つかず、その上で相手の魂を依代よりしろに命を再生できる。

正しい《ハート》に入れ替えなければ、オオカミも私たちも不死身なんだよ。……皮肉なことにね」

 そう語るジャンヌさんの声色には、複雑な感情がこもっているようだった。


 オオカミも……そして私たちも、敵に《ハート》を奪われているからこそ誰も死にはしない。ただ一時的に消えて、いつか再び蘇るだけ。まさにファンタジーの極致だ。


(グロだのスプラッタだのじゃないけど……残酷なルール)

 何度も蘇るということは、それだけ何度も戦いで辛く痛い思いをしなきゃいけないわけで。

 メルヘンでファンタジーな世界なんて実際は残酷なものだな……なんてしみじみ考えながら、私たち『第13若葉部隊』は白の国へ帰還するため歩き出していたのだった。

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