○『守りたい友達』の記憶

 授業の後、ジャンヌさんとは別の少女たち(この世界に住んでいる長さを考えると「先輩」と呼ぶべきか)によって、私たち「新人」はこれから寝泊まりすることになる部屋へと案内されていた。


 当然というかなんというか、生活に割り当てられた部屋は相部屋なのが当たり前のようで、私の住む部屋には、もう一人の新人さんも一緒に暮らすことになった。


(全寮制の学校ってこんな感じなのかな)

 なんて、ベッドに座りながらしょーもないことをぼんやり考えていると、


「あ、あの、私、七海(ななみ)って言います……よろしくね」


 と、ルームメイトとなった女の子が声をかけてきた。

 彼女はシンプルな紺色のワンピースが似合う、いかにも大人しそうな様子の子だった。

 リス……だろうか。ぬいぐるみのような、作り物の毛に覆われた小動物の仮面をつけている。丸くデフォルメされた耳らしき部位と、プラスチック製らしきまん丸の黒目とお鼻がとってもメルヘンチックだ。


 その名前と暗い髪色から、何となく彼女は同じ世界、同じ国の学生だという気がした。それも、本当にごくごく普通のどこにでもいるタイプの女の子だ。いや、正確にはちょっと稀少な地味子という類かもしれないけれど。

 とにかく、住んでいた世界が近いというのは、それだけで何かと楽になりそうだ。ありがたい。


「私は小鈴だよ。御影 小鈴」


 私がそう名乗ると、相手も私と同じ印象を抱いたようで、急激に緊張が解けた様子で話しかけてきた。


「御影さん……ううん、小鈴ちゃん、って呼んでいい?」

「うん、それじゃあ私も七海って呼んでいい? あ、呼び捨てでゴメンね」

「大丈夫だよ、小鈴ちゃん」

 今日はニクスさんなど西洋風の名前の人と立て続けに知り合ったせいなのか、名前呼びの方が自然な気がしていた。七海を呼び捨てにしてしまったのは……癖というか、私的に「ちゃん」付けがどうにもしっくりこないせいだ。


「あの、大変なことになっちゃったね。異世界だとか、戦うとか……」

「うん、まあ、そうだね」


 多分、自分はこの子ほど戸惑ってはいないんだろうなあ、などと他人事のように分析してしまう。


「私、今までケンカとか、そういうの無縁だったから、ちゃんとできるか不安で、怖くて……」


 七海ちゃん消え入りそうな声でそう弱音を漏らす。ああ、確かに虫も殺せなさそうな雰囲気してるもんね、この子。


「きっと大丈夫だよ。先輩方もいい人そうだし、頼りになりそうだし。もし戦えなくても、ひどい事にはならないと思う」


 ちゃんと慰めになったかは分からないが、私は素直な考えを口にした。実際、彼女のような子が戦えないとしても私がどうにかフォローしてあげたい、そんなことをこの時すでに考え始めていた。


「うん……そうだね。そうだよね! 頼れる人がいっぱいいるんだもの、きっとなんとかなるよね!」


 だんだんと七海の声が明るくなってきた。どうやら、私のかけた言葉は正解だったらしい。


 それからすっかり元気を取り戻した七海と、色々な――特に、元いた世界の話をした。やっぱり同じ国の学生だったようで、学校でのたわいない日常を思い返しては、二人で共感しあっていた。お互いに深く踏みこんだ話題は避けていたものの、やはり共通の話題があるというのは強みであったようで、しばらく話しこんでいるうちに、私たちはあっという間にうち解けてしまっていた。


 そうして日が暮れる頃になると、先輩たちが部屋へやってきて私たちは食堂に案内された。

 そこで城のみんなで食事を取って――ニクスさんの姿は見えなかったが、偉い人のようだし、特別な場所で食べているんだろう――それから、先輩たちから明日以降の日程などを説明された。

 なんでも、新人用に戦闘訓練のカリキュラムを用意してあるので、明日からなるべくそれに参加してほしいとのことだった。強制参加ではないようだったが、こんな状況である。自分の身を守るために、必修とも言える訓練をしょっぱなからサボるような子はまずいないだろう。


 その時はそう思っていたのだけど――


▲▼▲▼▲


 翌日。集合場所に指定されていた三階の訓練場はガラガラだった。

 教官役の先輩数名を含めても、ジャンヌさんの授業を受けた人数の半分どころか3分の1に届いているかも怪しいという有様だ。

 七海も、朝食を食べた後別れたきりで訓練所には来ていない。


「意外とみんな、サボるもんなんですね……」

 私は、教官役のジャンヌさんに銃の構え方のレクチャーを受けながら、そんなことをつぶやいていた。


「仕方ないさ。戦うのがどうしても怖かったり、『これは夢なんだ』とまだ逃避している子も少なくない。

 そんな子たちを無理に訓練に引きずり出しては、心を壊してしまうかもしれないからね」

 なるほど、それで全員強制参加じゃなかったのか。


「その点、君は奇特だな。……いや、褒めているんだよ。君のような新人がいると我々も助かるからね」

「いえそんな、戦力として役立てるのなら本望ですよ。それくらいしか取り柄が無いし」

 と答えたところ、どういうわけか一瞬嫌な沈黙が流れた。


「……その、聞きづらいんだが、元いた世界で戦争かなにかに関わっていたのか?」

 しまった。私が深く考えないで告げた言葉を深刻に受け止められてしまっている!


「い、いえ! そんな重大な理由ではなくてですね。武道をたしなんでますから、その技能を必要とされるのが嬉しいというか」

 慌ててそう弁解すると、ジャンヌさんはホッとした様子で言った。


「ああ、なんだ。そういうことか……その気持ち、私にもよく分かるよ」

 その口ぶりからするとやはりジャンヌさんもなにかしらの武道を学んでいたのだろうか。彼女のような人なら、どんな武術をやっていてもサマになりそうだ。


 ……などと考えていると。


 鐘の音が城内に鳴り響いた。しかしそれは、明らかに定刻を告げる鐘ではない。何度も何度も高鳴る心臓のように早いテンポで打ち鳴らされるその音は、焦燥感を煽るものだった。


「――敵襲か!」


 訓練所にいた先輩たちの目付きが鋭くなったかと思うと、全員が銃を抜き、一斉に行動を始める。

 ある者は窓から外の様子を窺い警戒し、ある者は廊下へ駆けだし周囲を確認しつつ、近場にいた少女と情報のやりとりをしていた。


「皆はこちらへ! 避難場所へ案内する、落ち着いてついてきなさい!」

 と、ジャンヌさんは私たち新人の誘導をしてくれた。私たちは黙ってそれに従い、訓練所を後にすることしかできなかった。


▲▼▲▼▲


 避難場所に向かう途中、窓からその光景が見えてしまった。


 そこは、城門から入ってすぐ、この国の玄関口とも言える広い中庭だった。

 そこを守っていたはずの立派な城門扉が無惨に壊され、その空いた穴から何体もの黒い生き物がなだれこんできているのだ。おそらく、あいつらがオオカミなのだろう。


(狼っていうか……熊?)


 遠目なのでよく見えないが、その「オオカミ」は名前から想像していたよりずっと大きく、どれもが少女たちの背丈を軽く超えていた。というか二足歩行してるし。


 その場にいた少女の何人かが襲撃に対して応戦していたようだが、その猛攻をかいくぐった何体かのオオカミが、ただ逃げ惑うだけの無力な少女を狙っては捕らえ、城門の外へと連れ去っていく。

 その徒党を組んでの計画的な行動は、決して野獣などではなく知性をもつ生き物のそれだ。


(オオカミっていうか、まさに悪魔だねこれは……)


 などと考えながら、窓の外を見やりつつ駆けていた私だったが――


「――!」


 不意に、避難場所へ向かう足を止めてしまった。窓の外、惨劇のさなかに「それ」を発見してしまったのだ。

 ――オオカミ襲撃に怯え逃げ惑う、見慣れた小動物の仮面を。


 七海だ。どうしてあんなところに……!

 パニック状態で逃げ惑う彼女は気付いていないようだったが、その背後には、明らかに彼女に狙いを定めたオオカミが迫っている……!


「スズ! なにを立ち止まっている! 早く行――」

 私が立ち止まったことに気付き、ジャンヌさんが叱責の声を上げた――が、途中で彼女は息を呑んでいた。


 私は手にしていた銃を、窓の外――七海を狙うオオカミに向けていたのだ。


 銃の構えはさっきジャンヌさんに教わった。射撃は……まだ習っていないが、昔エアガンなら撃ったことがある。さすがに生き物なんて撃ったことはないが、この非常時だ、ためらっている余裕なんてない。

 ――今思えば「流れ弾が味方に当たったらどうしよう」くらいの心配をしておくべきだったのだが、その時はそんなことも考えられないくらい、必死だった。


(当たらなくても……せめて牽制くらいには……!)


 照門を覗いてオオカミに狙いを定め――引き金を引く。

 が、何度引き金を引いても、カチ、カチと空しい音が響くだけだった。


(……弾が入ってない!?)


 いや確かに弾をこめた覚えはないけれど。それじゃあ弾はいつ、どう補充すればよかったのさ!?

 ――と、ここにきてパニックに陥りかけた私の肩を、ジャンヌさんが叩いた。


「落ち着け、銃は言葉をこめなければ魔法を撃ち出してはくれない」


 魔法!? ……形はともかく、どうやらこの手に収まっている武器は、私の知る銃ではないらしい。


「構えはできている。あとはオオカミを退ける言葉を告げて、撃つんだ。そうすれば、銃がその言葉を武器に変えてくれる!」


 どうにも現実離れしたファンタジーな理屈に頭がついてこない。けれど私の口と、銃を握る手は、半ば反射的に行動に移っていたのだ。


「【七海から離れろ、このオオカミ野郎】!!」


 その言葉と同時に引き金を引いた瞬間。

 銃声……というよりも、もっと綺麗で、神聖で、限りなく澄んだ――神楽鈴のような音を立てて。

 無垢な白い光が、銃口から迸った。


 ――結局のところ、私の銃撃(というか魔法)が、七海を狙うオオカミに当たったかはよく覚えていない。

 ただ、その一撃で七海の存在に気付いた近くの少女が、即座にオオカミにトドメを刺して七海を救い出してくれたのは覚えている。

 その光景を見届けた途端に、私は一気に緊張が解けてその場にへたり込んでいたから。



 ……そこから後は、本気で記憶があやふやだ。気が抜けたにもほどがありすぎる。


 結局、いくらかの被害は出たもののどうにかオオカミたちは追い払われたらしい。

 さらに後日、私の行動はジャンヌさんに「集団を乱す勝手な行動」だと叱責されたが、同時に「その勇気と技術は賞賛に値する」とも評価された。それからニクスさんをはじめとする、お偉いさんらしき人たちに褒められたりなにかの審査されたりして。


 やがてその時の実績から、城の外へオオカミ狩りに出るための編成部隊――その中でも《森》へ召喚されてから日の浅い少女たちを中心に編成された隊である――『第13若葉部隊』に異例の早さで抜擢されることが決定して。


 ジャンヌさんは、その隊を率いるジャンヌ隊長になって。

 それから狩りの日取りが決まって、そうして初めての狩りに出てきて。


 それから……それから、私は――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る