○少女たちの初陣

「いたぞ――まだ気付かれていないようだ」

 部隊長・ジャンヌの声で私たち、十数名あまりの少女部隊は行軍の足を止めた。

 息をひそめて周囲をみわたすと、茂みを挟んで向こう側にオオカミが5体ほど群れているのが見えた。まだ私たちに気付いてはいないようだ。


「あれが……オオカミ……」

 少女の一人が、震える声でつぶやいていた。

 大半の少女たちが初めて――私の場合、厳密には二度目か――目にする、宿敵・オオカミはおおよそ生き物とは思えない姿をしていた。

 オオカミなんて名ばかりで、イヌ科の哺乳類とは似ても似つかない。ずんぐりと熊のように大きい体躯でヒトのように二本の足で立ち、身体には黒い霧のようなのようなものがまとわりついて不気味にうごめいていて。

 その胸で無垢に光る魂の結晶ハートがかえって不気味さを引き立てているようだ。


 そんな化け物を目の当たりにして、部隊から恐怖に小さく息を呑む声が上がる。みんな仮面に隠されていて見えないが、おそらくその表情は恐怖に曇り、ひきつっていることだろう。そんな少女たちに、部隊長であるジャンヌ隊長は静かで、それでいてよく通る凛とした声で告げた。


「なに、我々にはブキがある。あいつらを近づけさせなければいいだけの話だ。お前たちの抱く感情を、言葉を、弾丸に変えて撃ちこんでやればいい。それで勝てる。――さあ、全員銃を構えろ」


 ジャンヌ隊長の毅然とした姿に勇気づけられたようで、少女たちはぎこちない動作ながらも一斉に銃を構えた。――もちろん、私も。


「撃てェ!!」

 隊長ジャンヌの号令で、狩りが始まった。

 ――だが最初に飛び交ったのは銃声でも獣の咆吼でもなく、少女たちの『言葉』だった。


「【アンタたちを、殺してやる】!」

「【オオカミはみんな、やっつけるんだから!】」


 少女たちの言葉と同時に引き金を引かれた銃は、鉛弾の代わりに主の『言葉』を装填し、それらを炎や光線や刃やら――とにかく、オオカミ殺しの凶暴な『魔法』に変えて銃口から吐きだしていた。


「う、グオォォオおおおオオ……!」


 誰かの攻撃が何発か直撃したようで、二体のオオカミが咆吼を上げながらその場に倒れ伏した。が、そのまま殲滅とはいかず、こちらに気付いた残りの数体が一気にこちらへと駆けてくる。


「っ…!」

「ひっ……!」

「こ、来ないで! 来るなぁっ!」


 部隊中からどよめきが走る。まずい。

 さっきまでは「不意打ちできる」という優位性があったからこそ、臆病な少女たちの士気が保たれていたのだ。こうして反撃に出られたら、この部隊はあっという間に無力化してしまう!


「【来ないで、来ないで、来ないで】……っ!」

「【誰か、助けて】よぉっ!!」


 案の定、少女たちの恐怖に満ちた言葉の数々は、銃口から防衛の魔法となって吐きだされ、少女たちを守るばかりだった。魔法で生じた障壁や足枷がオオカミたちをいくらか足止めはしているが、このままでは根本的な解決にならない。


 ――私が、なんとかしなきゃいけない!


 私はとっさに戦列から前に飛び出していた。

 実際の銃撃戦でこんなことをしたら味方の弾丸を受けてはいオシマイ、となりそうなものだけれど、幸いにもこの状況ではそんなことにはならなかった。


「……! スズ!」


 私の行動に気付いたジャンヌ隊長が私の名を呼び静止するが、もう遅い。私は、部隊に急接近してきたオオカミたちの眼前に躍り出ると、手近な一体の胴に蹴りを叩きこみ、


「【くたばれ、バケモノ】!!」


 近くにいたもう一体に至近距離から銃撃をおみまいしてやった。銃口からはシンプルに衝撃波が迸り、二体目のオオカミをあっさりと吹き飛ばした。目には視えなかったけど、もしかしたら実際に金属の弾丸でも出ていたかもしれない。

 そこから一歩飛び退いてふと足元を見ると、最初に蹴りを喰らわせたオオカミも地べたで伸びていた。『どうやらオオカミたちには格闘技もしっかりと効くらしい』という事実は、私にわずかな自信と安堵をもたらした。


「っ!?」


 が、それが油断に繋がってしまったらしい。死角だった横方向から、もう一体のオオカミが襲いかかってきたのだ。


「しまっ――」


 銃を握っていた腕を掴まれた私は、そのまま地面に引き倒された。しかも最悪なことに、オオカミはその私の上に覆いかぶさってきたのだ……!

 黒くおぼろげに霞んだその顔が、私の無力を嘲り笑っているように見える。


「こンの、デカブツが……偉そうに……!!」


 ふと、無意識に吐いた自分の言葉にデジャヴを感じた。――つい最近、誰かにそんな言葉を吐いたような。


(って、こんな時に何余計なことを考えてるんだ、馬鹿っ!)


 一瞬よぎったその雑念を振り払い、どうにか拘束を逃れようと身をよじる……つもりだったのだが、どういうわけか身体はどんどん重く、鈍くなっていく。

 おかしい。身体のどこにも痛みも違和感も無いはずなのに、どういうわけか意識がゆっくり薄らいでいく。

 このままじゃまずい。嫌というほど分かっているはずなのに、身体はちっとも言うことを聞いてはくれなくて。


 ――ああ、そうだ。思い出した。


(あれは、ちょっと前に……あいつにも言ってやった言葉だ)


 そんなくだらないことを考えながら、私の意識は闇へ落ちていった。

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