昭和四年(1929年)ギャンブル愛は国を超えて
世界の中心、ロンドン。
もうすでに世界の中心はニューヨークに移転しましたーとか、キングオブメシマズシティとか散々陰口を叩かれている残念な古都だが、その地で今、“軍縮”という名の歴史に大きく名を刻む、重要会議が開かれようとしていた。
世に言う、ロンドン海軍軍縮会議である。
日本、アメリカ、イギリスなどいわゆる五大海軍大国の代表者たちが集い、“交渉”と言う名の戦争が繰り広げられる。
日本からは元総理・若槻禮次郎を首席全権として派遣。そして海軍代表として、あのギャンブル狂いも訪英していた。
「いやー、若槻さんありがとね。これで滞在中の飯代が浮くぜ!」
渡英中も誰彼構わずポーカーだのブリッジだのの勝負をふっかけるなど、いつも通りの山本五十六だ。
余談だが、海軍関係者に「山本五十六って知ってる?」と聞くと、「ああ、あのギャンブル狂いね」と返ってくる。それほどまでに彼のギャンブル狂いっぷりは海軍内に知れ渡っており、伏見宮は「………………まぁ、有能だし、ほっとけば良いんじゃない?」とあまり自分でも納得していないように言ったという。
なおこの時山本は海軍大佐であり、会議の海軍側随員となる前は航空母艦『赤城』の艦長をしていた。
……まぁそこでも部下の
「…………………………」
山本の横にたつのは日本の首席全権、若槻禮次郎だ。道中で山本に有り金のほとんどを巻き上げられたせいで、顔に生気がない。
と、港に着いたばかりの彼らの前に、一人の海軍士官が立つ。もちろん、
「皆様どうも初めまして。私は英国海軍中佐のトニー・ウェイクスです。本日より皆様の案内役とし——」
ビシッと敬礼し、スラスラと挨拶を述べる中佐。が、そこに奴が割り込む。
「君、そんなことはどうでもいい。それよりポーカーはできるか?こいつら弱すぎてちっとも楽しくねぇんだよ」
じゃやるなよ!!山本以外の日本の随員たちが心の中で叫ぶ。
しかし話を遮られた当の中佐は、これを聞くと途端に顔色を変えた。
そりゃそうだ。自分が喋ってる中でいきなり割り込まれたら誰だってキレるわな、と皆が思っていると
「本当ですか!!それは奇遇ですね、私も同僚がみんな賭け事弱すぎて困っていたんです!!」
なんとなんとのお仲間だった!!
「「「「…………マジかよ!!!!」」」」
※
「これはこれは、マクドナルド首相。お目にかかれて光栄です」
その数日後、山本は一人英国首相官邸にいた。
なんとあの世界に冠たる大英帝国の宰相、ラムゼイ・マクドナルドが直々に「日本の山本大佐なる人物と面会したい」と申し入れて来たのだ。
大英帝国のトップが一介の大佐ごときと直接面会したい——この衝撃的すぎる出来事に、首席全権の若槻はもちろん、海軍代表の財部彪も丁重に辞退した方がいいのではないか?と山本に忠告したが、彼曰く
「あっちが会いたいと言ってんのにそれを断る方が無礼だろう」
というわけで彼は一人官邸を訪れていたのだった。
「おお、
にこやかに挨拶した山本に対し、マクドナルドのほうも嬉しそうに挨拶する。…が、すぐに顔を引き締め、深刻そうに言う。
身構える山本。真剣なマクドナルド。
そして———
「………ポーカーが、上手いそうだな」
………こいつもだった!!!!
その後同じギャンブラーとして四時間語り合った二人。もちろんポーカーやブリッジ、果てには山本が教えた花札までやりながらだ。
結局しびれを切らした首相補佐官が扉を蹴やぶらんばかりの勢いで入ってくるまで、その
ところで何故マクドナルドは山本がギャンブル狂いと知っていたかと言うと、彼の息子の友人が海軍の士官で、その士官のそのまた友人があの、トニー・ウェイクス中佐なのだ。
そのギャグみたいな流れで山本のことが伝達されていき、マクドナルドの耳に入った、というわけである。
国を超えて
……それが良かったのかは別として。
※
山本たちが英国に到着したのは十一月の半ば。その後予備交渉やら著名人との会食やらをしているうちに、気づけば年が明けていた。
昭和四年の十一月末付けで海軍少将に昇進した山本は、年がくれようがあけようが全くの平常運転だった。
朝夜じゅうぶっ通しでポーカーをしていたナンバー10(首相官邸)で朝食をとりネズミ捕獲長をモフってから日本随員の泊まるホテルに戻り後輩の山口多聞中佐と将棋を指してその後海軍省に押しかけてウェイクス中佐と昼食をとりつつブリッジをやりついでに英国の思惑をそれとなく尋ね笑ってスルーされたのでガッカリしながら再びホテルに戻って先輩の左近寺政三中将と花札をやったり酒飲んだりタバコ吸いまくったりしてたらなぜか激おこの財部大将に強制お開きにさせられ仕方がないからマクドナルドの元に行きディナーを食べ客間で無限ポーカーに突入し(上に戻る)
しかし彼がこんな自堕落なギャンブルライフを楽しんでいる間にも、米、英、日の代表者たちは戦争に勝るとも劣らない激しい
特に首席全権の若槻は会議で瀕死寸前になった後ホテルでとても楽しそうにポーカー(時々花札)をやっている山本の騒ぎ声を聞くという拷問で、体重が五キロ減ったというほどストレスをためにためまくっていた。
そして、一月二十一日。ついに、ロンドン海軍軍縮会議本会議が始まった。
「えーーーー、我が大日本帝国海軍といたしましては、本会議に参加する全ての国家に対し、『全主力艦の撤廃』を提案いたします」
開始早々、山本がとんでもない爆弾を放り込んで来なければ、そこまで荒れることはなく済んだであろう。が、もはやそんなのはただの夢となった。
今はただ、発言者の真意を探るべく固唾を飲んで沈黙するのみ。
「そもそも本会議が開催された経緯は、前回のワシントン海軍軍縮会議でうやむやに終わった『海軍戦力の完全撤廃』を、今度こそ実現させようと開催されたはずです」
え、そんなこと言ったっけ?とワシントンにも出席していた幾人かがたじろぐ。
「………一体君は何を言っているのかね?本会議が開かれたのはワシントンで決められなかった主力艦以外の艦の保有制限をするためだろう。わけのわからない戯言を言うのはやめたまえ」
動揺が広がる中、一人の男が硬い声で言う。かなりイラついた様子の声の主は、アメリカ合衆国主席全権ヘンリー・ルイス・スティムソン国務長官だ。
「あなたこそなにをおっしゃっているんですか。主力艦以外?馬鹿なことを。そんなちんたらやっていたら軍縮がなるまで千年かかりますよ。………まったく、頭狂ってんじゃねぇのか?」
が、これに対する山本の反論はいささか強すぎるものであった。言っていることもそうだが口調が一気に悪くなっている。しかも最後に付け加えた言葉が(本人は小さく言ったつもりだろうが)スティムソンに丸聞こえだったため、事態はさらに悪化していく。
「なに?君今なんと言った。その言葉は我が合衆国への侮辱と受け取るがよろしいかね?……このクソジャップが」
「ああ?やんのかクソヒゲ野郎」
「あん?ぶち殺すぞチビデブ」
「「ああん?!」」
唐突に双方詰め寄ってメンチきりあう二人。もはや周りの人間には何が何だかわからない。
しかし、よーーーっく二人の会話を聞いてみると……
「ふざけんじゃねぇぞこのアホ間抜け!すこーーーーーーーーーしポーカーが上手いからって図に乗んなクソ!」
「はっ、四百六十回(ポーカーを)やって三十五回しか勝てなかった奴がなに言ってやがる!世の中勝ちゃ良いんだよ勝てば正義だコンチクショー!」
「黙れ黙れ黙れ!一億歩譲ってポーカーはテメェの方がちょっっっっっっぴり得意だとしても花札なら負けねぇよ腐れヤンキーが!」
「そう言ってチェスも惨敗したのを忘れたのかなぁ?これだから東のど田舎野郎は困る……いいか?チェスだろうがなんだろうが、ギャンブルでお前が俺に勝つなんざ三百億年早えんだよドアホ!」
「………なんか、もしや山本は」
顔を青ざめさせたままの若槻が、ポツリと呟く。
「…………………ギャンブルでスティムソン国務長官に勝てなかったから、その腹いせであんなことを……?」
ゆっくりと体を動かし、周りで同じく固まっていた人々と目を合わせる。
「………………………………………………………………………………え、マジで?」
誰かが言ったこの言葉。これが、その場にいる全員(山本&スティムソン除く)の共通した感想だった。
「………すいませんウチのトップがあんなで…」
アメリカ側の次官とおぼしき男が大そう恐縮しながら小声で謝る。すると日本の海軍関係者も慌てて「いえいえこちらこそ、ウチのアホがとんだご迷惑を……」とペコペコ頭を下げる。
…………結局、その後しばらく経ってギャンブル馬鹿二人はつまみ出され、残ったメンバーで話し合いがおこなわれた。
その話し合いでは、すっかり恐縮しきったアメリカ側が散々譲歩し、さらに日本もそれに追随するという譲歩合戦が繰り広げられたとかなんとか。
…なお、つまみ出された元凶二人は、喧嘩していたことをすっかり忘れ、仲良く近くのカフェでギャンブルを楽しんでいた模様。
※二人とも後で自国の関係者からこっぴどく叱られたらしい。当たり前だ。
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