超架空近・現代史 〜日本編〜
空母白龍
戦前期
昭和七年 (1932年)プロローグ
「東郷さん、あなたクビね」
東京の海軍軍令部。その軍令部長室で、二人の男が相対して座っていた。
一人は先月二日に軍令部長に就任した伏見宮博恭王。海軍大将で、多くの実戦経験・広い視野を持ち、某海軍少将は「“宮様軍令部長”にしてはなかなか優等だネ」といったと言う。
だが海軍のトップとも言える彼ですら、目の前の人物には劣る。
何せあの“東洋のネルソン”東郷平八郎元師なのだから!
「………なんじゃと?」
だからこそ、東郷は彼が何を言っているのか理解できない。いや、言っていることはわかるのだが、頭がそれを理解しようとしない。
「わ、わしは露助どもの艦隊を全滅させた東郷平八郎じゃぞ!いくら殿下といえどそれをクビじゃと?巫山戯たことを抜かすなッ!」
色をなして伏見宮を怒鳴りつける東郷。それを白けたように見つめながら、彼はため息とともに告げる。
「そんなことは知っています。しかし今のあなたはどうです?海軍省や軍令部の決めたことを一々引っ掻き回してるだけの老害じゃないか」
おまけに外交にまで口を挟んできて、おかげで外務省との関係は最悪ですよ、と嫌味ったらしく付け加える。しかし東郷の記憶が正しければ、ロンドン条約反対派の神輿にと彼を担ぎ出したのは他でもない伏見宮の一派だ。
「外交?あれは殿下や加藤がわしを焚き付けたんじゃろうが!」
必死に反論する東郷。これでやっと大人しくなるかと思いきや、伏見宮は冷ややかに笑って驚愕の言葉を放つ。
「私?何を訳の分からんことを。そんなの加藤や末次みたいなアホを炙り出すための演技に決まってるでしょう」
とにかく、と伏見宮は続ける。
「『三笠』だってもう記念艦になったんだ。なのにあなただけ未だに海軍に居残り続けているなんて滑稽でしょ。……まあ元帥だから
一方的にそう結ぶと、話は終わったとばかりに隣室に控えていた副官を呼ぶ。
「副官、元帥が帰られる。見送って差し上げなさい。……ああ、それともちろん加藤末次等あなたを祭り上げた馬鹿どもはきっちりシメておくのでご心配なさらず」
そして伏見宮はもう東郷への関心を失ったようにデスクにあった書類に目を通し始める。
「こ、こんなことが、こんなことが許されるかァァァァァァァァァァ!!!!」
訳の分からないことを口走りながら、伏見宮の副官に引きずられるようにして部屋を出て行く東郷。
それは、東郷を神輿に乗せた所謂『艦隊派』が終焉したことを物語っていた。
「…………………さて、これでようやく始まりだ》。財部、谷口、山梨、左近司、寺島、堀、下村、《《行くぞ」
老元帥の絶叫が聞こえなくなると、不意に伏見宮がポツリと呟いた。そして、それが合図であったかのように、部屋に幾人かの将官が入ってくる。
「殿下、加藤大将、末次中将ほか『艦隊派』主要幹部の予備役入りが決定されました」
そのうちの一人が敬礼とともに伏見宮に笑いかける。
「上出来だ!……さて、次は陸軍のアホどもをどうにかせにゃあかんな…」
だがとりあえずは今日の勝利を祝おう、とどこからともなくウイスキーの瓶を取り出し、ニンマリと笑う。
「そいつぁいいですな。“東郷バカネ”を肴に一杯!」
「ははは、殿下もなかなか良い性格になられましたな」
各員真っ黒な笑みを浮かべながら、軍令部長室での小宴会が始まった。
※
「はい王手ェェェェェェェェ!!俺の勝ちぃ!」
そのころ海軍航空本部では、一人の海軍少将が部下と将棋を指していた。
………将棋というか、賭け将棋だったが。
「はっはっは、ざまぁねぇ。またお前の借金増えちまったぜ!」
しばらく笑っていたが、突然「今何時だ」と部下に尋ね、返答を聞くと
「そうか……殿下もうやり終えたのか」
と、どこか遠くを見るように目を細めていたが、やがて元の馬鹿笑いを始め、再戦しないかと部下を誘う。
彼の名は、山本五十六。伏見宮の知恵袋兼謀略担当である掘悌吉少将の盟友にして、海軍航空本部技術部長の中年将官だ。
後の大戦において、大日本帝国海軍聯合艦隊司令長官となる男である。
そして、さらにもう一つ、自他ともに認める
————ギャンブル狂いであった
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