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「紗紅……大丈夫か?」


 信也があたしの肩を優しく抱きしめてくれた。


「斎藤さん、実は桐の箱の中に不思議な物が……。画面は破損し錆び付いていますが、これはどう見ても戦国時代の物とは思えないのです」


 橋本さんは桐の箱の中から、錆び付いた黒い物を取り出した。


「……これは」


「私には、これは携帯電話にしか見えません。どうしてこんなものが桐の箱に入っているのか、不思議でしょうがないのです。多恵の手記には『平手紅より賜りし物、未来の通信機器』と記載されています。まるで現代人が戦国時代にタイムスリップし、置き土産をしたようで。そんなバカげた話は、非現実的ですよね」


 あたしは錆び付いた携帯電話を手に取る。


 ――『家宝に致します』


 最後に見た多恵の笑顔が、脳裏に蘇る。


 多恵は大切に保管していてくれたんだね。


「これはきっと、多恵さんの家宝だったのでしょう」


「多恵の家宝ですか?桐の箱に鍵はないので、多恵の手記を読んだ子孫が、こっそり忍ばせて悪戯したのかもしれませんね。つまらないものをお見せし、すみませんでした」


 あたしは美濃の手紙を写真に収め、桐の箱の中に手紙と錆び付いた携帯電話を納めた。


「貴重な品々をお見せ下さり、ありがとうございました」


「いえ、何かのお役に立ちましたか?」


「……はい。大切な人に逢えました」


「大切な人?」


「……はい。あたしの大切な人に……」


 涙を拭うあたしに、橋本さんは優しい笑みを浮かべた。


「お嬢さんはお父さんによく似ていらっしゃる」


「……えっ?あたしが父に?」


「はい。面影がそっくりですよ。斎藤さんのお父さんがもし生きていらしたら、この本の出版をきっと喜んで下さったでしょう。斎藤さんには感謝しています。もし宜しければ、私の本ですがどうぞお持ち帰り下さい」


 橋本さんは書棚から本を取り出し、見開きにスラスラとサインし、あたしと信也に1冊ずつプレゼントしてくれた。

 

 父のことはよく覚えていない。

 若い頃の父の話を聞き、父にも逢えた気がして嬉しかった。

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