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「結婚前にね。父さんが『自分のルーツを探りたい』って、突然言い出して、2人で旅行したことがあるのよ。
以前、斎藤道三に仕えていた女性の子孫だと名乗る方が、テレビで斎藤道三や帰蝶の話をされていてね。それで、大阪に訪ねて行ったこともあるの」
「……わざわざ大阪まで?」
「ええ、そうよ」
「母さん、その人の住所まだわかる」
「転居されていなければ、父さんの遺品と一緒に保管してあるかもしれないわ。待ってて、見てくるから」
母はタンスの
「この方よ。
大阪在住の橋本多々雄さん。
この本を書いた著者と同じ名前だ。
「母さん、あたしも春休みになったら大阪に行ってもいい?」
「紗紅が大阪に?」
「あたしも確かめたいことがあるんだ。橋本さんから、斎藤道三に纏わる話を聞きたいの」
「……わかった。母さん、紗紅のこと信じてる。旅費なら母さんが出すわ。気が済むまで調べておいで」
「……母さん。いいの?」
「美濃はまだ発見されてないけど、美濃が何処かで生きている気がするの……。母さんにはわかるんだ。美濃が髪の毛を切るなんて、それなりの理由があるに決まっている……。
だから、紗紅も自分の信じた道を強く生きて欲しい。必ず、ここに戻りなさい。ここは紗紅の家なんだからね」
母は泣きながら、あたしの手を握った。
あたしも泣きながら、痩せ細った母の手を握った。
◇
――翌日、病院から信也が目覚めたとの連絡があった。
生死の境を彷徨った信也。
あたしは直ぐに病院に駆けつける。
信也はICU《集中治療室》のベッドの上で、あたしを待っていた。
その眼差しはとても穏やかで、数日前の鋭い眼差しとは異なっていた。
「信也……よかった」
「紗紅……、俺、病院を出たあとのこと、よく覚えてないんだ」
「……覚えてないの?あたしに話したこと、全部忘れてしまったの?」
「記憶障害で錯乱していたと看護師さんから聞いた。でももう大丈夫だ。全部思い出した。俺は織田信也、20歳。天下泰平の従業員で、斎藤紗紅の彼氏。あってるだろ?」
信也はタイムスリップする前の信也に戻っていた。
「夢から覚めたの?」
「夢……?そうだな。紗紅があの世から俺を呼び戻してくれたんだ。先生も看護師さんも驚くくらい、もうピンピンしてるよ」
危篤状態に陥っていたとは思えないほど
血色もよく明るい笑顔。
目の前にいる男性は、織田信也。
――織田信長じゃない……。
そんなはずはない。確かに数日前の信也は、織田信長だった。あたしの刀傷や、紅のことを覚えていたのだから。
天下泰平の社長も、秀さんも、信也は織田信長だって……。
――織田信長は……
この世から……消えてしまった……!?
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