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 あたしはバイクを走らせ、信也のアパートに向かった。修理工場の前にバイクを停めると、社長があたしに駆け寄る。


「社長さん、信也戻ってますか?」


「お嬢さん、大変じゃ!信也が埠頭で倒れ、救急車で搬送されたそうじゃ」


「……信也が……倒れた?」


「陥没事故の復旧工事をしている作業員の目を盗み、穴に飛び込んだそうじゃ」


「……そんな」


「信也がそれほどまでに錯乱しておるとは……。そんなことをしても、戻ることも死ぬことも出来ぬのに……」


 戻ることも……?

 死ぬことも……?


 ――『ここはあの世とこの世を繋ぐ入口。この陥没した穴に飛び込めば、本能寺に戻れるやもしれぬな』


 別れ際に、信也が言った言葉を思い出す。


「社長さん、搬送されたのは、どこの病院ですか?」


「入院しとった病院じゃよ」


「あたし……今から病院に行きます」


「信也のこと、宜しく頼みます。小判こばんなら幾らでもある。十分休ませてやるがいい。信也はこの世とあの世に引っ張られておるのだろう。可哀相に……」

 

 ――小判……。

 この世とあの世に引っ張られている……。


 社長の言葉が、あたしをさらに混乱させた。


 ◇


 ―西都大学附属病院―


「すみません。救急車で搬送された織田信也さんは!?」


 受付の女性が、カルテを見ながら応えてくれた。


「織田信也さんのご家族の方ですか?面会はご家族しか出来ません」


「……私は、恋人です」


「織田信也さんはICU(集中治療室)ですよ」


 あたしは直ぐさまエレベーターに乗り込み、ICUに向かう。


 ――もしかしたら……

 信也は……。


 エレベーターが静かに上昇する。

 最悪の事態が脳裏を過ぎり、涙が溢れ体の震えが止まらなかった。

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