173
――エレベーターを降りると、ICU(集中治療室)のドアの前で、1人の男性が立っていた。
「あなたは、居酒屋のマスター……」
「君は……あの時の不良娘」
「……はい」
そこにいたのは、あの居酒屋のマスター。
秀はあたしをまじまじと見つめ、暫くして「……あ―――!?」と、声を上げた。
「平手紅……!?お主も、この世に迷い込んでいたのか!?」
「平手紅……?どうしてその名前を!?」
「お主、女装をしとるのか。いつこの時代にタイムスリップしたのだ?女装とは、さすがの俺も考えつかなかったな」
あたしは秀の話に目を見開く。
秀はあたしに『タイムスリップした』と言い切ったのだ。
「……秀さん、ちょっといいですか?」
秀をICUの隣にある談話室に連れ込み、ずっと不思議に思っていたことを問う。
「秀さん、タイムスリップとは?」
「お主はこの時代の新参者なのか?タイムスリップとは時空を超え過去や未来に行くことだ」
「秀さんは過去からこの時代に?」
「俺と信長は4年前に徳川家康の『天下泰平』で再会した。徳川家康は狸親父じゃ。若い頃からこの世に時々タイムスリップし、密かに歴史を学び、わしらを欺き天下人になったのだからな。
しかも大判小判を山ほど懐に忍ばせたまま、この世に自由にタイムスリップする技を習得し、その金子を売り捌き土地と工場を買い取り、修理工場の社長となったのだ。徳川家康に頼むと、この時代で生きるために必要な戸籍も学歴も手に入るぞ。
どうやらあの場所には、戦国時代と現世を繋ぐ時空の裂け目があるようだ」
「……まさか、隣室の浅井さんと毛利さんって……」
「
「……他にも戦国武将が、この時代に!?」
「沢山の武将がこの世に紛れ込み、言葉や文化を学び、現代人の真似をして暮らしておる。要領のいい奴は、有名人になりガポガポ金を稼いでおるわ。
わしもいずれ、この世の天下を獲るつもりだ。老いぼれが若返ったのだ。人生楽しまねば損であろう。お主は何という名にしたのだ?あの頃とちっとも変わらぬな。女装がよく似合っておる」
「……女装ではありません。あたしは女です。斎藤紗紅、これがあたしの名前。秀さん、あたしは本当に戦国時代にいたんだよね」
秀はあたしに顔を近づける。
その威圧感な眼差しが、羽柴秀吉の眼差しと重なる。
「何を
この世の歴史書には、わしが明智光秀を捕らえ討ち取ったと書かれておるが、あれは誤りだ。わしは明智光秀を討ち取ってはおらぬ。『明智光秀自害』との知らせを信じ捕り逃がしてしもうた。だが、そのようなことをおめおめと公言できるはずもなく、討ち取ったと嘘を吐いたのだ。
明智光秀は落ち武者狩りに遭い自害したとの説もあるが、わしは遺体を確認しておらぬ。全ては、天下人、羽柴秀吉の名を世に知らしめるためのはったりだ」
豊臣秀吉は……
明智光秀を討ち取ってはいない?
だとしたら……
あの本に書かれていたことは……!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます