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 ――エレベーターを降りると、ICU(集中治療室)のドアの前で、1人の男性が立っていた。


「あなたは、居酒屋のマスター……」


「君は……あの時の不良娘」


「……はい」


 そこにいたのは、あの居酒屋のマスター。豊臣秀とよとみひでだった。


 秀はあたしをまじまじと見つめ、暫くして「……あ―――!?」と、声を上げた。


「平手紅……!?お主も、この世に迷い込んでいたのか!?」


「平手紅……?どうしてその名前を!?」


「お主、女装をしとるのか。いつこの時代にタイムスリップしたのだ?女装とは、さすがの俺も考えつかなかったな」


 あたしは秀の話に目を見開く。

 秀はあたしに『タイムスリップした』と言い切ったのだ。


「……秀さん、ちょっといいですか?」


 秀をICUの隣にある談話室に連れ込み、ずっと不思議に思っていたことを問う。


「秀さん、タイムスリップとは?」


「お主はこの時代の新参者なのか?タイムスリップとは時空を超え過去や未来に行くことだ」


「秀さんは過去からこの時代に?」


「俺と信長は4年前に徳川家康の『天下泰平』で再会した。徳川家康は狸親父じゃ。若い頃からこの世に時々タイムスリップし、密かに歴史を学び、わしらを欺き天下人になったのだからな。

 しかも大判小判を山ほど懐に忍ばせたまま、この世に自由にタイムスリップする技を習得し、その金子を売り捌き土地と工場を買い取り、修理工場の社長となったのだ。徳川家康に頼むと、この時代で生きるために必要な戸籍も学歴も手に入るぞ。

 どうやらあの場所には、戦国時代と現世を繋ぐ時空の裂け目があるようだ」


「……まさか、隣室の浅井さんと毛利さんって……」


浅井長政あざいながまさ毛利元就もうりもとなりだよ。徳川家康やわしのように病死でタイムスリップした者は、この運命をすんなり受け入れることも出来るが、信長のように謀反により自害を強いられた者は、どうも納得がいかないらしい。あの世に戻ろうと、自ら穴に飛び込むとは、まさに平成の大うつけよのう」


「……他にも戦国武将が、この時代に!?」


「沢山の武将がこの世に紛れ込み、言葉や文化を学び、現代人の真似をして暮らしておる。要領のいい奴は、有名人になりガポガポ金を稼いでおるわ。

 わしもいずれ、この世の天下を獲るつもりだ。老いぼれが若返ったのだ。人生楽しまねば損であろう。お主は何という名にしたのだ?あの頃とちっとも変わらぬな。女装がよく似合っておる」


「……女装ではありません。あたしは女です。斎藤紗紅、これがあたしの名前。秀さん、あたしは本当に戦国時代にいたんだよね」


 秀はあたしに顔を近づける。

 その威圧感な眼差しが、羽柴秀吉の眼差しと重なる。


「何をとぼけたことを。お主はあの時代に生きておったではないか。本能寺の戦いで、信長と平手紅の遺体は発見されなかった。わしは信長の仇を討つために、明智軍と戦った。

 この世の歴史書には、わしが明智光秀を捕らえ討ち取ったと書かれておるが、あれは誤りだ。わしは明智光秀を討ち取ってはおらぬ。『明智光秀自害』との知らせを信じ捕り逃がしてしもうた。だが、そのようなことをおめおめと公言できるはずもなく、討ち取ったと嘘を吐いたのだ。

 明智光秀は落ち武者狩りに遭い自害したとの説もあるが、わしは遺体を確認しておらぬ。全ては、天下人、羽柴秀吉の名を世に知らしめるためのだ」


 豊臣秀吉は……

 明智光秀を討ち取ってはいない?


 だとしたら……

 あの本に書かれていたことは……!?









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