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「目を逸らさず、よく見ろ。これは刀傷、打撲の痕ではない。紗紅が戦国の世にいた証」
「……あたしが戦国の世に!?あれは夢じゃなかったって言うの!?」
「俺達は粉雪が舞う寒い夜に出逢い、やがて愛し合った」
「……信也」
「ここはあの世とこの世を繋ぐ入口。この陥没した穴に飛び込めば、本能寺に戻れるやもしれぬな」
「……もう一度穴に飛び込むなんて、馬鹿なこと言わないで」
「紗紅、日本の歴史には裏がある。俺を逃がした明智光秀も帰蝶も、自害などしていない」
「……明智光秀も帰蝶も落ち延びたというの!?信也の言うことが真実かどうか、もう一度歴史を調べてみる。信也はタクシーでアパートに戻ってて。あとで必ず行くから」
――もしもあれが夢ではなく現実で……
信也が織田信長であるならば……
歴史は変わっているはずだ。
あたしはバイクに跨がり、公立図書館に向かった。図書館に飛び込み、歴史書を探し、手当たり次第取り出し机に運ぶ。
あたしと美濃が本当に戦国時代にタイムスリップしたのなら、歴史書のどこかに記載され、歴史は確実に変わっているはずだ。
――戦国時代……織田信長……。
数冊の分厚い本をテーブルに広げ、ページを捲った。どの歴史書もタイムスリップする前と同じことが書かれている。
織田信長は本能寺にて自害。
……でも遺体は発見されていない。
――歴史は何も変わっていない。
信忠はどうなったの?
まさか、信忠は……。
“織田信忠天正10年6月2日没。
京都妙覚寺に滞在していた信忠は、明智光秀謀反を知り、二条御所に向かい誠仁親王を脱出させる。手回りの僅かな軍兵とともに篭城し、明智軍伊勢貞興の襲撃を受けた。遺骸を縁の板をはがし隠すようにと命じ自害。遺骨は明智軍に発見されなかった。”
夢だと思っていたことが……
脳内でひとつに繋がっていく。
記憶の欠片が……
パズルのピースのように組み合わされ、あたしの幻想を現実のものにしていく。
――あれは……夢じゃない――
――その証拠に、信長の遺体も信忠の遺体も発見されていない……。
信長も信忠も、光秀の策略により落ち延びたのだ……。
――歴史を熟知した美濃が、2人を逃がした……。
――美濃は戦国時代で生きている。
夢が現実のものとなり、涙が溢れた。
美濃の行く末が気になり、さらに調べていくと、濃姫には様々な諸説があることに気付いた。濃姫の最期は史実でも判明していない。
ふと目に止まった新刊の中に、戦国時代の雑学や俗説が書かれた一冊の本を見つけた。
【身代わり姫と戦国の蝶】
身代わり姫と……戦国の蝶?
そのタイトルに目が奪われる。ブックカバーは濃姫の姿絵と黒い蝶。その横顔は、どことなく美濃に似ている気がした。
その優しい眼差しと笑みをたたえた美しい口元に魅了され、あたしは夢中でページを捲った。
―――――
【大うつけと身代わり姫】
1547年(天文18年)
和睦のために織田信長に嫁いだ身代わり姫は、斎藤道三の正室である小見の方の子か、はたまた側室の子か、その出生は定かではない。
一説には、病に伏した帰蝶を大うつけと名高い織田信長に嫁がせたくなかった斎藤道三が、身代わり姫を織田信長に嫁がせたとの説もある。
身代わり姫は失語(内言語障害)で、耳は聞こえるが会話をすることが出来なかったそうだ。
歴史的文献では、正室の名は帰蝶とされているが、織田信長に嫁いだ身代わり姫の本名は美濃であり、その容姿は美しく心優しい女性であった。
信長と身代わり姫は不仲で一度も夫婦の契りを交わすことなく、従って2人の間に子はいない。
信長は側室である生駒吉乃との間に、2男1女をもうけたが、男色で秘かに情を通じていた側近がいたとも噂された。
だが、身代わり姫には意中の人がいて、信長の浮気は一切咎めることはなかったそうだ。
―――――
これは……
一体、なに……!?
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