168

 混乱しているあたしを、信也は見据えた。その目はとても鋭い光を放ち、思わずゾクリとした。


 その眼差しに……

 見覚えがあったからだ。


「……信也、元の場所って?」


「俺が戻るべき場所は、本能寺なり」


 あたしは信也の言葉に耳を疑う。


「織田信長のことをこの世の書物で調べ、よくわかった。俺は本能寺で自害するべきだったのだ」


「……冗談はやめて。あなたは織田信也、信長じゃない!どうして死ななければいけないんだよ。死ぬ必要なんてない。だって、明智光秀が信長を逃がしてくれたんだ……」


 思わず口から飛び出した言葉……。

 朧気な記憶が、鮮明に蘇る。


 ――そうだ。

 あの時、燃え盛る本能寺で明智光秀が織田信長を逃がした。


 でもあれは、夢の中の出来事……。

 現実なんかじゃない。


「やはり……そうか。紗紅は……くれないであろう」


 紅……?

 どうしてその名前を……?


 あれは、夢……。


 夢の中であたしが名乗った……名前……。


 だってその証拠に、何十年も戦国時代にいたのに、あたしは歳を取らなかった。


「本能寺にて俺は死ぬはずだった。いや、落ち延びる途中で死んでしまったのやもしれぬ。地震のように地面は揺れ、本能寺は火に包まれ崩れ落ちたのだからな」


「信也は錯乱してるんだよ。歴史書で知り得たことを現実だと錯覚してるんだ。自分が織田信長だと、勘違いしてるだけ。しっかりしてよ!」


 あたしは信也の体を掴み激しく揺する。


 信也は突然あたしの右腕を掴み、Tシャツの袖をまくり上げた。


「……な、何をするの!」


「これは陥没事故で負った傷ではない。小谷城を攻めた際に負った傷だ。俺が手当てした」


 あたしの右腕には……

 傷痕があった。


 これは……

 月華に襲われ、暴行された時に出来た傷だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る