SHOCK 16

165

 ◇


 初めて信也のアパートを訪れたのは夜だった。その時、修理工場の看板を見ることはなかったが、日中見ると工場の外壁はボロボロで、車庫の錆び付いたトタンが風に煽られパタパタと音を鳴らし、今にも飛んでいきそうだった。


【天下泰平】と書かれた看板だけが、妙に真新しくピカピカと光っている。


「本当にお化け屋敷みたいだな」


 修理工場の中で、年配の男性がバイクの修理をしていた。人の良さそうなお爺さんだ。


 あたしはバイクを停め、男性に声をかける。


「こんにちは」


「いらっしゃい。バイクの修理かね?」


 男性は帽子を脱ぎ、あたしに頭を下げた。


「いえ、社長さんいますか?」


「天下泰平の社長はわしだが、お嬢さんは?」


「あたしは織田さんの友達です。入院されているので、着替えを取りに来ました」


「信也のお友達ですか。はて、以前何処かで逢いましたかのう?」


「……いえ」


「そうですか?さて、誰じゃったかのう」


 社長はあたしの顔をマジマジと見ている。

 社長こそ、誰かに似ている気もするが思い出せない。


「あの……社長さんのお名前は?」


「わしか、徳川家康とくがわいえやすじゃ」


「……徳川家康?戦国武将と同じですね」


「ほほう。若いのに戦国武将を知っておるのか?」


「はい。信也が織田信長のファンなんです」


「ファンとな?なる程、その手があったか。信也は息を吹き返したのだな?」


「はい。でも記憶障害で……。混乱しているみたいなんだ。社長さんの顔を見れば落ち着きを取り戻すかもしれません」


「記憶障害?……信也が混乱するのも無理はない。誰しも錯乱するものじゃ。わしのように命を全うしこの世に来たならば、思い残すこともないじゃろうが、信也やひでのように無念であればあるほど、この世でうつけに戻ってしまうのじゃからのう。

 世渡り上手ならば、この世で上手く生きられたものを、信也は協調性も適応能力にも欠けておる。この4年間、必死に己を抑え生きてきたようじゃが、陥没事故に遭い、あの世のことを思い出してしまったのじゃろう」


 この社長……

 さっきから、何を言ってるの?


 この世とか、あの世とか、信也は生きているのに、わけわかんない。


「信也は4年前からここで社長さんにお世話になってるんですよね」


「そうじゃ。わしはこの地に来て、かれこれ20年になるが、どこに落ちるかそればかりは誰にもわからぬからのう」


 どこに落ちるか……?


 家族を亡くし、天涯孤独となった信也は

暴走族に入り荒れた時期もあった。そんな信也を見放さず、ずっと見守ってくれたのは、この社長さんだったと聞いた。


 でも、ちょっと変わり者。


「あの……鍵を貸して貰えますか?着替えを纏めたら、病院に案内します」


 あたしは社長から信也の部屋の合い鍵を受け取り、階段を駆け上がる。隣室の表札は浅井あざい、その隣室は毛利もうりとなっていた。


 部屋に入ると、ギシギシと床が悲鳴を上げる。カラーボックスから衣類を掴みバッグに詰める。見上げると、本棚には歴史書と戦国時代のDVD。


『通称お化け屋敷』


 ふと、信也の言葉を思い出し、歴史書を手に取る。


 室内には変わった様子はない。

 部屋の隅に木刀が1本あるだけ。


 元暴走族の信也、部屋に木刀があっても不思議ではないが、その木刀を手に取ると、その感触に妙に懐かしい気がした。


 社長が徳川で、隣室が毛利と浅井。

 偶然にしては、何か変だ。


 まさか、居酒屋のマスターは豊臣じゃないよね?





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る