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「信也はこれが夢だと思ってんの?まだ混乱してるんだね。あたしも混乱してるんだ。あれは……一体何だったんだろうって。元気になったら、あたしの話も聞いて欲しい」
「紗紅も混乱しているのか」
「……うん」
「そうか。俺はこの世で紗紅と付き合っていたんだよな」
「そうだよ。まだ付き合い始めたばっかだけど。修理工場のアパートにも行ったことがあるよ。ほら、通称お化け屋敷」
「あのアパートか。あのアパートには色々な人間が迷い込む……」
「色々な人間?」
「秀さんも以前は修理工場にいたんだ」
「秀さん?あの……居酒屋の?そうなんだ」
信也は自分が住んでいるアパートのことや、居酒屋のマスターのことは思い出したようだ。
信也の記憶障害も、少しずつ回復に向かっている……。
――そう言えば……
あの居酒屋の店主、誰かに似ている気がする。
誰だっけ……。
――数日後、あたしは順調に回復し、退院することになった。信也はまだ記憶障害があるため、もう暫く入院することになった。
あたしが退院することを知らせると、信也は一瞬寂しそうな目をした。
「行くのか」
「うん。明日また来る。信也の着替えもアパートから持ってきてあげる。修理工場の社長さんに入院してることを話してくるね」
「悪いな」
事故に遭う前より、信也は口数が少なくなった。口調も少し変わった気がする。
友人である居酒屋のマスターや修理工場の社長さんに逢えば、信也の記憶障害も完治するかもしれない。
◇
あたしはその日の午後退院し、母と公営住宅に戻った。母は仏壇に手を合わせ、あたしの退院を亡き父に報告し、涙を流した。
あたしは……もう何年も、仏壇に手を合わせたことはなかった。反抗し荒れた生活をしていたから、父に合わせる顔がなかったんだ。
線香の白い煙が、狭い室内にゆらゆらと立ち上がる。
仏壇には父の遺影があり、遺影の横には、幼稚園児のあたしと美濃を膝に抱き、幸せそうに笑っている父の写真が飾られていた。
あたしは……
今まで、何をやってたんだろう。
あたしのせいで……
美濃を死なせてしまったんだ……。
仏壇の前で、肩を震わせて泣くあたしを、母は抱き締めてくれた。
「……生きていてくれてありがとう」
「母さん……。あたしを叱らないの?あたしが美濃を殺したんだよ」
「美濃は……きっとどこかで生きてる。紗紅が殺したんじゃない。だって……遺体は発見されなかったんだから」
母はまだ、美濃の死を受け入れてはいない。あたしもそう思いたかったけど……心のどこかで、美濃に対する罪悪感が拭えなかった。
「……母さんごめんなさい。母さんごめんなさい」
どんなに泣いても……
どんなに謝っても……
美濃は戻りはしないのに。
あたしはただ泣くことしか……
出来なかった。
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