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「信也はこれが夢だと思ってんの?まだ混乱してるんだね。あたしも混乱してるんだ。あれは……一体何だったんだろうって。元気になったら、あたしの話も聞いて欲しい」


「紗紅も混乱しているのか」


「……うん」


「そうか。俺はこの世で紗紅と付き合っていたんだよな」


「そうだよ。まだ付き合い始めたばっかだけど。修理工場のアパートにも行ったことがあるよ。ほら、通称お化け屋敷」


「あのアパートか。あのアパートには色々な人間が迷い込む……」


「色々な人間?」


「秀さんも以前は修理工場にいたんだ」


「秀さん?あの……居酒屋の?そうなんだ」


 信也は自分が住んでいるアパートのことや、居酒屋のマスターのことは思い出したようだ。


 信也の記憶障害も、少しずつ回復に向かっている……。

 

 ――そう言えば……

 あの居酒屋の店主、誰かに似ている気がする。


 誰だっけ……。


 ――数日後、あたしは順調に回復し、退院することになった。信也はまだ記憶障害があるため、もう暫く入院することになった。


 あたしが退院することを知らせると、信也は一瞬寂しそうな目をした。


「行くのか」


「うん。明日また来る。信也の着替えもアパートから持ってきてあげる。修理工場の社長さんに入院してることを話してくるね」


「悪いな」


 事故に遭う前より、信也は口数が少なくなった。口調も少し変わった気がする。


 友人である居酒屋のマスターや修理工場の社長さんに逢えば、信也の記憶障害も完治するかもしれない。



 あたしはその日の午後退院し、母と公営住宅に戻った。母は仏壇に手を合わせ、あたしの退院を亡き父に報告し、涙を流した。


 あたしは……もう何年も、仏壇に手を合わせたことはなかった。反抗し荒れた生活をしていたから、父に合わせる顔がなかったんだ。


 線香の白い煙が、狭い室内にゆらゆらと立ち上がる。


 仏壇には父の遺影があり、遺影の横には、幼稚園児のあたしと美濃を膝に抱き、幸せそうに笑っている父の写真が飾られていた。


 あたしは……

 今まで、何をやってたんだろう。


 あたしのせいで……

 美濃を死なせてしまったんだ……。


 仏壇の前で、肩を震わせて泣くあたしを、母は抱き締めてくれた。


「……生きていてくれてありがとう」


「母さん……。あたしを叱らないの?あたしが美濃を殺したんだよ」


「美濃は……きっとどこかで生きてる。紗紅が殺したんじゃない。だって……遺体は発見されなかったんだから」


 母はまだ、美濃の死を受け入れてはいない。あたしもそう思いたかったけど……心のどこかで、美濃に対する罪悪感が拭えなかった。


「……母さんごめんなさい。母さんごめんなさい」


 どんなに泣いても……

 どんなに謝っても……

 美濃は戻りはしないのに。


 あたしはただ泣くことしか……

 出来なかった。

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