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 あたしは黒い口紅を唇に塗る。

 多恵はギョッとした眼差しで、あたしを見つめた。


「まるで黒鬼でござりますな」


 美濃から譲り受けた斎藤家の短刀と、美濃の切り落とした髪の毛を和紙に包み、内ポケットに忍ばせた。


「多恵、真剣ではなく木刀を持って来てはくれぬか」


「刀ではなく、木刀でございますか?それでは敵と戦えませぬ」


「敵を倒すには、木刀で十分だ。俺はもう人を殺めない」


 合戦で自分の身を守るために、あたしは刀を奮い敵陣に乗り込み人を殺めた。


 赤き血に染まり、あたしも信長と同じ鬼になった。


 でも、もう誰も殺さない。


 髪を後ろに束ね、ポニーテールにする。


 多恵は直ぐさま木刀を用意し、あたしに差し出した。


「紅殿、上様の後を追われるのでしょう。馬の用意もして参りました。どうか、ご無事で。多恵は安土城にて、上様と紅殿のご帰還を心よりお待ちしております」


「ありがとう。これが最後のいくさだ。俺はこの戦が終わったら、上様の側にお仕えし女として生きる。その時は、宜しくな」


「まあ、それは素晴らしい。紅殿は美人ゆえ、美しいお方様となられるでしょう」


 あたしは多恵に笑みを浮かべ部屋を出た。


 あたしの風貌に、侍女や家臣は目を見開き道を開けた。うまやには1頭の白馬が柵に繋いであった。


 あたしは白馬に跨がり、手綱を掴む。


 信長の行き先はひとつ。

 歴史書通りなら、本能寺しか考えられない。


 ポツポツと小雨が落ち、あたしの髪を濡らす。


「行くぞ!」


 白馬を走らせ、信長の後を追う。


 ――美濃……。

 あたしもすぐに行くよ。


 だから……

 光秀の謀反を食い止めて。


 決して、死に急がないで。

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