148

 多恵は目を丸くし、特攻服を見上げた。

 黒い生地は色褪せてはいたが、背中の刺繍は色鮮やかなままだった。


「紅殿……それは南蛮のお召しものですか……?」


「これは特攻服だ。俺の勲章」


「……勲章?でございますか?」


 あたしは着物を脱ぎ捨て、ズボンに足を通し特攻服を羽織る。黒い服の背中には、色鮮やかな赤い牡丹の花に戯れる黒い蝶と紫色の蝶が刺繍され、赤い文字で黒紅連合と書かれていた。


 特攻服のポケットには黒い口紅と携帯電話。千円札が数枚。


「それは何でございますか?」


「これは携帯電話だよ。未来の通信機器だ。この時代には使えないが、これさえあれば何処にいても話ができ、写真も動画も撮れる。インターネットで世界中の人と繋がることも出来る」


「……未来?通信機器?インターネットとな?わたくしにはさっぱりわかりませぬ」


「この国の未来だ。2016年、日本はいくさのない平和な世になっている」


「……はて、2016年とな?戦のない平和な世とは、紅殿、ご冗談を。今は1582年天正10年でございますよ」


「多恵、よく聞くがよい。於濃の方様は帰蝶様ではない。於濃の方様は帰蝶様の身代わりなのだ」


 多恵はコロコロと笑い転げた。


「何を仰有います。わたくしはご幼少の頃より帰蝶様にお仕えしております。身代わりだなんて、そのようなおふざけを。このわたくしが見間違うわけがございませぬ」


「それほどまでに似ているのか。斎藤道三が謀るはずだな。上様に輿石れした帰蝶の本当の名は美濃。俺の実の姉だ。俺と於濃の方様は姉妹だったんだよ」


「な、なんと。紅殿と帰蝶様が姉妹!?」


「多恵、於濃の方様の行方を問われても、知らぬ存ぜぬで押し通すがよい。於濃の方様はもうここには戻らぬであろう。明智光秀殿と添い遂げられるはずだ」


「……光秀殿と」


 ――美濃、そうだよね。

 美濃は、その覚悟で安土城から飛び立った。


 蝶が夜空に羽ばたくように……

 愛する人のもとへ……。


「紅殿、わたくしにはさっぱりわかりませぬ。狐につままれているようじゃ」


「そうだな。到底理解なんて出来ないよな。多恵、俺は上様と必ずここに戻ってくる。待っておるがよい」


「はい」


「その携帯電話は多恵にあげるよ」


「それはそれは、有難き幸せ。我が家宝に致します」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る