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(わらわに遠慮などいらぬ。男にならねばいけない理由があったのであろう)


 紅は動揺し、視線を泳がせた。


(そなたは女なのじゃ。もう女として生きるがよい。上様もそれを望んでおられる)


 紅は目に涙を浮かべ、首を左右に振った。大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちる。


(そなたこそが、まことの正室なのじゃ)


 私は紅に背を向け、着物を脱いだ。

 紅の着ていた半着と袴を身に付け、斎藤道三から賜った斎藤家の家紋が入った短刀で、長い黒髪を紅と同じ長さに切り落とす。


「於濃の方様!何をなさるおつもりですか!」


 私は和紙の上に切り落とした髪を乗せた。短くした髪をひとつに束ね、いつも紅がしているように、ポニーテールにし後ろで結わえた。


(これは斎藤道三より賜りし短刀じゃ。そなたが持っていて下さい)


「於濃の方様!どこに行かれるおつもりですか!」


(紅殿の馬と、刀を拝借致します)


「馬と……刀……?まさか……!?」


 私は紅に真っ直ぐ視線を向ける。

 もうこれで、紅に2度と逢うことはないだろう。


 万感の想いで紅を見つめた。紅の美しい姿が涙で霞む。

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